『シャイニング 北米公開版〈デジタル・リマスター版〉』

TOHOシネマズ日本橋、エレベーター正面に掲示された『シャイニング 北米公開版〈デジタル・リマスター版〉』上映当時の午前十時の映画祭11案内ポスター。
TOHOシネマズ日本橋、エレベーター正面に掲示された『シャイニング 北米公開版〈デジタル・リマスター版〉』上映当時の午前十時の映画祭11案内ポスター。

原題:“The Shining” / 原作:スティーブン・キング / 監督&製作:スタンリー・キューブリック / 脚本:スタンリー・キューブリック、ダイアン・ジョンソン / 製作総指揮:ヤン・ハーラン / 撮影監督:ジョン・オルコット / プロダクション・デザイナー:ロイ・ウォーカー / 編集:レイ・ラヴジョイ / 衣装:ミレーナ・カノネロ / キャスティング:ジェームズ・リガット / 音楽:バルトーク・ベーラ、クシシュトフ・ペンデレツキ、リゲティジェルジュ、ウェンディ・カルロス、アル・ボウリー / 出演:ジャック・ニコルソン、シェリー・デュヴァル、ダニー・ロイド、スキャットマン・クローザース、バリー・ネルソン、フィリップ・ストーン、ジョー・ターケル、アン・ジャクソン、トニー・バートン、リア・ベルダム、ビリー・ギブソン、リサ・バーンズ、ルイーズ・バーンズ / 配給:Warner Bros.
1980年イギリス、アメリカ合作 / 上映時間:2時間23分 / 日本語字幕:高瀬鎮夫 / PG12
1980年12月13日日本公開
午前十時の映画祭11(2021/04/02~2022/03/31開催)上映作品
2019年10月30日映像ソフト日本最新盤発売 [4K ULTRA HD & HD Blu-ray]
NETFLIX作品ページ : https://www.netflix.com/watch/959008
TOHOシネマズ日本橋にて初見(2021/07/27)


[粗筋]
《展望ホテル》はコロラドの高地にある。夏場は優れた眺望を楽しむ観光客で賑わうが、冬場は6メートルも雪が積もるため、閉鎖されていた。
 もと教師で小説家志望のジャック・トランス(ジャック・ニコルソン)はこの《展望ホテル》冬期の管理人として雇われる。積雪で建物に被害が出ることを防ぐため、定期的に場所を変えて暖房をつけるのが主な業務だった。
 ジャックの妻ウェンディ(シェリー・デュヴァル)とひとり息子のダニー(ダニー・ロイド)も、ジャックとともにホテルへと引っ越した。すべての従業員が撤収するため、広大なホテルには彼ら3人しかいない。最初は静けさに恐怖を覚えていたウェンディも、ひと月もするうちにこの環境に慣れていった。
 だが、男たちは違っていた。
 かねてから、“想像上の友達”トニーを介して、過去や未来の光景を幻視していたダニーは、ホテルの料理人ディック・ハロラン(スキャットマン・クローザース)から、それが《シャイニング》という超能力であることを教えられる。このダニーの奇妙な力は、ホテルのあちこちに、双子の姉妹と、陰惨な光景を垣間見せた。
 ジャックはこの半年にわたる滞在のあいだに、小説を書き上げるつもりだったが、執筆は思うように捗らなかった。酔った勢いで息子を怪我させて以来、酒を絶っているが、ホテルでの蟄居が続くにつれ渇望を抑えられなくなっていく。やがて彼も、息子とは異なる種類の幻覚を目にするようになっていく――


[感想]
 本篇を観たことがなかったとしても、主演のジャック・ニコルソンが扉の裂け目から、狂気に満ちた表情で中を窺う、あのイメージを記憶しているひとは相当に多いはずだ。あのひと幕だけでも、本篇は映画史に大きな爪痕を残した、と断言できる。
 しかしその実、本篇はほぼ余すところなど何ひとつなく、ホラー映画として完璧、と言っていい。これほどのクオリティを備えたホラー映画は、たぶん今後もそう簡単には生まれるまい。
 本篇の凄みは冒頭から発揮されている。面接のためにホテルへと向かうジャックの自動車を、空撮で追いかける――と記せば簡単だが、本能的な不安を掻き立てる不気味な音楽に合わせ、馴湖の小島を掠めたあとで、ゆっくりとジャックの自動車へと迫っていくこの一連の映像、演出だけで、既に得も言われぬ薄気味悪い雰囲気を醸成している。
 序盤では決して、事件に発展しそうな要素は多くない。だが、空想上の友達・トニーとのやり取りでダニーが魅せる仕草、その合間に挟まる意味深な幻覚。そして、ある意味で整然としすぎた《展墓ホテル》のヴィジョンそのものも、言いようのない不安を掻き立てる。一見、穏やかな家族のやり取りでもしばしば鳴り響く不気味な音楽もまた、その裏にある複雑な感情、目に見えぬ悪意といったものを窺わせる。それらは中盤以降、静謐と緊張が募っていくにつれて、急速に狂気や恐怖へと結実していく。
 ホラーと言い条、突然なにかが出没する、大きな音で脅かす、といった、この時代でもしばしば見かける手法はいっさい使っていない。本篇はひたすらに予兆と、ジャックが体現していく狂気によって恐怖を作り出す。言うだけならば簡単だが、ここまで丁寧に、緻密に作り上げた例は、40年以上経過したいまでも稀有だ。映画としての美しさも間然しようがなく、いまもってホラー映画のひとつの理想と言える。
 しかし何より秀逸なのはジャック・ニコルソンだ。冒頭は、いささか癖があるが、家族を愛する普通の男として現れる。しかし、ホテルが閉鎖され、外界との接触を断たれ、自らの執筆が行き詰まり、そして日々去来する、現実ではあり得ない出来事によって、じりじりと正気を失っていく。むろんもっとも衝撃的なのはクライマックスなのだが、終盤にさしかかったあたり、執筆を邪魔している、と妻ウェンディを罵るくだりの鬼気迫る表情がまた出色だ。それまでも感じていた危うさが、一気に本格的な恐怖へと傾斜する感覚が味わえる。
 キューブリックの完璧主義に立脚した演出であれば、ほかの俳優でもかなりのクオリティに高めることは可能だったかも知れない。しかし40年以上経たいま鑑賞してもなお、ジャック・ニコルソン以上の演技、インパクトを実現できた俳優がいたとは考えにくい。
 本篇の中では明確にされていないが、原作ではこの《シャイニング》という能力をホテルそのものが備え、邪悪な意思で以てジャックに影響を及ぼしている、という具合に描かれているようだ。劇中、その事実を明白にしていないし、なんならそうした怪奇現象を一切無視しても成立してしまう組み立てになっている。原作から大きく脚色を施した本篇の内容に、原作者は露骨に不快感を示し、未だに遺恨を残す結果となっているが、個人的に、キューブリック監督は決して原作を軽んじたわけではない、と感じた。映画そのものを鑑賞しても、その根底にある設定を無視したわけではないのは描写からも窺える。怪奇現象を抜きにしても説明がつくドラマにしたのは、そうすることで余白を作り、観客の想像を喚起して、更なる恐怖を植え付けようとしたが故だろう。観るひとには、ジャックが狂気に駆られる様に慄然とするサイコホラーの趣だが、別の観方をすれば、本篇はれっきとしたオカルト映画でもある。
 昨今は、オリジナルとなった小説やコミックに忠実であるほどに尊ばれる傾向があるが、そのまま作ったとしても、優れた“映画”になるとは限らない。大幅に手を加えて本質を破壊する場合もあるが、少なくとも本篇は――原作を読んでいないので「破壊していない」とまでは断定しないが、少なくとも映画としては仰ぎ見るほどの高みに到達している。恐らく今後も、ホラー映画というもののひとつの理想として君臨し続けるに違いない、稀有な傑作である。……もっと早いとこ観ときゃ良かった。


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