『死亡遊戯』


原題:“Game of Death” / 監督:ロバート・クローズ / 脚本:ジャン・スピアーズ / 製作:レイモンド・チョウ / 武術指導:サモ・ハン・キンポー / 撮影監督:ゴッドフリー・A・ゴダー / 特殊効果:ファー・イースト・エフェクツ  / 録音:ダニー・ダニエル / メインタイトル&エンドタイトルデザイン:ジョン・クリストファー・ストロングIII世 / 音楽:ジョン・バリー / 出演:ブルース・リー、ギグ・ヤング、ディーン・ジャガー、ヒュー・オブライエン、コリーン・キャンプ、ロバート・ウォール、カリーン・アブドゥル・ジャバール、ダニー・イノサント、メル・ノヴァク、ユン・ワー、ユン・ピョウ、タン・ロン、アルバート・シャム、サモ・ハン・キンポー / 初公開時配給:東宝東和 / 映像ソフト発売元:TWIN
1978年アメリカ、香港合作 / 上映時間:1時間40分 / 日本語字幕:清水俊二
1978年4月15日日本公開
2013年11月8日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|Blu-ray Disc:amazon|傑作カンフー映画 ブルーレイコレクション版:amazon]
NETFLIX作品ページ : https://www.netflix.com/title/70144642
Blu-ray Discにて初見(2015/03/13)

[粗筋]
 カンフー映画で大スターとなったビリー・ロー(ブルース・リー)は、ある組織に付け狙われていた。
 組織のボスはドクター・ランド(ディーン・ジャガー)といい、金儲けのためには手段を選ばない男だった。ランドは各国の武術の達人を招いての大会を企画しているが、参加を拒絶する者は配下の手練に始末させている。ビリーにも声がかかっていたが、彼は頑なに拒絶を続けていた。
 ランドは遂に痺れを切らし、強硬策に打って出た。ビリーを罠にかけ暴行を加え、更にはビリーの恋人である歌手のアン(コリーン・キャンプ)殺害を仄めかして翻意を迫る。だが、それでも屈する気配がなく、アンをアメリカに帰して安全を確保しようとするビリーに、とうとう組織は銃口を向ける。
 撮影のどさくさに紛れて放たれた銃弾により、顔が変形するほどの重傷を負ったものの辛うじて生き長らえたビリーは、しかしこれを好機と捉え、世間には死んだように装った。復讐のため、そしてアンを守るために、ビリーは組織の幹部たちに狙いを定めた――


『死亡遊戯』本篇映像より引用。
『死亡遊戯』本篇映像より引用。


[感想]
 本篇はもともとブルース・リーの監督第2作として準備が始まったという。しかし、一部のファイト・シーンの撮影を済ませたところで『燃えよドラゴン』の企画が決まり、本篇の撮影は一時棚上げとなる。『燃えよドラゴン』は国際的に大ヒットを遂げたが、しかしその成功を確かめることなく、ブルース・リーは32歳の若さで逝去した。普通ならばそのままお蔵入りになるところだろうが、この当時、ブルース・リーや彼の生み出すアクションへの渇望はよほど凄まじいものがあったらしい。『燃えよドラゴン』の監督ロバート・クルーズに、同作に出演もしているサモ・ハン・キンポー(ただしこちらはノンクレジット)が追加撮影を行い、完成させたのが本篇、というわけである。
 このくらいの予備知識を持ったうえで鑑賞したからなおさらなのだろうが、恐らく先入観を抜きにして観ても、冒頭からつぎはぎ感の強い作品である。
 冒頭、撮影中という体裁で描かれるアクション・シーンは『ドラゴンへの道』そのまま、それを撮影するクルーたちのショットと画質に差がある。たまたま、この感想のために『ドラゴンへの道』と本篇を立て続けに鑑賞した私の目にはあまりにも明白すぎる違いだったが、恐らく先入観なしに観ても不自然さは拭えないのではなかろうか。
 しかし、残された僅かなフィルムを長篇映画に仕立てるための努力は実に涙ぐましいものがある。顔立ちの似た俳優に、後ろ姿やサングラス姿でドラマ部分を演じさせ、しまいにはいちど死んだことにして、整形を施された体で登場させる。悪役やヒロインのやり取りに多くの尺を費やし、残されたフィルムや、どうにか追加した見せ場へと何とか繋いでいく。
 それゆえに、アクションでなくても風格のあったリーの佇まいはどうしても再現し切れていない。追加撮影されたと思しいアクション・シーンには、この当時既に一線で活躍するアクション監督であったサモ・ハン・キンポーが携わり、一部はジャッキーとも並び称されたユン・ピョウがリーの代役を務めていて、それ自体質は高いが、やはりリーのアクションとは発想が異なるのが明白で違和感が先に立つ。また、既に確立されてしまったイメージになぞらえるためだろう、後付けで吹き込まれたと思しいリーの声にやたらと“怪鳥音”を加えているが、いささか過剰のきらいがあって、個人的には鬱陶しく感じた。いちおう、本人の口許の動きに合わせてはいるが、生前に出演していた作品でもここまで執拗に叫んではいなかったのだが、膨らんでしまったイメージに寄せすぎたのかも知れない。
 シナリオ自体にもだいぶ無理がある――とは言い条、このくらいの時期の香港映画は、内容の盗用を怖れ、脚本をきちんと用意しないまま撮影に入ることも多かったという。リーの生前、本篇終盤のアクション・シーンだけ撮影が済んでいた本篇も、リーが全篇の明確な構想を残していなかったらしい。だから、果たして彼が存命だったところで、果たして本篇がストーリー的に成熟したものになったか、は解らない。実際、自身の監督作『ドラゴンへの道』も、本質的に最後の作品となった『燃えよドラゴン』も、お話は決して整ってはいない。
 とはいえ、本人不在のなかでストーリーを組み立てるために重ねた試行錯誤が、本篇に唯一無二の個性をもたらしたことは間違いない。リーの不在をサングラスや後ろ姿でごまかし、更には劇中、死を偽装するために催したという設定になっている葬儀の場面は、実際のブルース・リーの葬儀を撮影したものを利用している。この、無数の嘘に本物のブルース・リーと彼の“死”をそのまま織り交ぜた、まさしく虚実ない交ぜになった作りが、本篇の荒々しい構成に奇妙な風味を加えている。撮影途中で死亡、本人不在のなか策を凝らして完成にこぎ着けた、という作品は他にも存在する(近年なら、ポール・ウォーカーの死を乗り越えて完成させた『ワイルド・スピード SKY MISSION』なんてのもある)が、本篇のように主演俳優のスター性そのものを取り込もうとした試みは恐らく空前絶後だろう。
 お世辞にも出来がいい、とは言えない。ブルース・リーの雄姿を堪能したい、と欲しているひとには、やはり代役の立ち回りは、アクションのクオリティ自体は低くなくにしても不満がある。代役から本人のアクションに繋げるためでしかないストーリーも、予備知識なしで観ればあまりにも荒唐無稽で、素直に入り込むのは難しいだろう。しかし、死後5年を経て完成された本篇には、世界の映画ファンがその早逝を心から惜しんだアクション俳優のスター性がそのまま詰め込まれている。今後も大いに珍重されつづける1本なのだろう。


関連作品:
ドラゴン危機一発』/『ドラゴン 怒りの鉄拳』/『ドラゴンへの道』/『燃えよドラゴン
ジャッキー・チェンの秘龍拳/少林門』/『ユン・ピョウinドラ息子カンフー』/『地獄の黙示録 劇場公開版<デジタルリマスター>』/『スペンサー・コンフィデンシャル』/『五福星』/『プロテクター
ワイルド・スピード SKY MISSION』/『Dr.パルナサスの鏡

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