『ドクター・スリープ』


『ドクター・スリープ』Blu-ray DiscのAmazon.co.jp商品ページ。

原題:“Doctor Sleep” / 原作:スティーブン・キング / 監督、脚本&編集:マイク・フラナガン / 製作:ジョン・バーグ、トレヴァー・メイシー / 製作総指揮:アキヴァ・ゴールズマン、ロイ・リー、D・スコット・ランプキン、ケヴィン・マコーミック / 撮影監督:マイケル・フィモナリ / プロダクション・デザイナー:メイハー・アーマッド / 衣装:テリー・アンダーソン / キャスティング:アン・マッカーシー、ケリー・ロイ / 音楽:ザ・ニュートン・ブラザース / 出演:ユアン・マクレガー、レベッカ・ファーガソン、カイリー・カラン、クリフ・カーティス、ザーン・マクラーノン、エミリー・アリン・リンド、セレーナ・アンドゥーズ、ロバート・ロングストリート、カレル・ストルイケン、ケイティ・パーカー、ジェームズ・フラナガン、メット・クラーク、ザッカリー・モモー、ジョスリン・ドナヒュー、ダコタ・ヒックマン、カール・ランブリー、ヘンリー・トーマス、ブルース・グリーンウッド、サイリー・フックス、アレックス・エッソー、ロジャー・デイル・フロイド / イントレピッド・ピクチャーズ/ヴァーティゴ・エンタテインメント製作 / 配給&映像ソフト発売元:Warner Bros.
2019年イギリス、アメリカ合作 / 上映時間:2時間35分 / 日本語字幕:? / PG12
2019年11月29日日本公開
2020年8月5日映像ソフト最新盤発売 [DVD VideoBlu-ray Disc4K ULTRA HD & Blu-rayセットo4K ULTRA HD & Blu-rayセット Amazon.co.jp限定盤]
公式サイト : http://doctor-sleep.jp/
NETFLIX作品ページ : https://www.netflix.com/jp/title/81100780
Netflixにて初見(2021/8/02)


[粗筋]
《展望ホテル》の事件以降、ダニー・トランス(ロジャー・デイル・フロイド)はあの場で見た幻影と恐怖に繰り返し苛まれている。彼に、彼が持つ能力の名を《シャイニング》と教えてくれたハロランは亡霊となってダニーを導き続けていたが、ダニーは遂に、能力を封印することを決意する。
 それから30年の時が流れた。成長し、ダン(ユアン・マクレガー)と名乗ることの多くなったかつての少年は、土地と職業を転々とする暮らしを送っていた。だが、公園でミニチュアの街を展示する風変わりな男ビリー(クリフ・カーティス)と知り合うと、彼の伝手でホスピスの清掃員の職を得た。そこで初めてダンは自らの能力の有効な使い途を悟った。死期を知るとやって来る猫とともに、最期を迎えた患者に寄り添い、導くこと。
 それから8年、ダンは父ジャック同様に溺れていた酒からも抜けだし、穏やかな生活を築いていた。忌まわしい記憶と結びついた自身の能力とも折り合いをつけ、勤務先で式を迎えた人びとを導き、借りたアパートの壁にときおりメッセージを残す“仲間”とのやり取りを重ねている。
 だがある日、その“仲間”が恐るべき場面を幻視した。投手の思考を読んで少年野球で活躍していた少年が、ローズ・ザ・ハット(レベッカ・ファーガソン)を中心とする異様な一団によって捕らえられ、生気を吸い取られたうえで殺害されたのだ。“仲間”の少女アブラ・ストーン(カイリー・カラン)は壮絶な状況を目の当たりにして絶叫し、ローズたちに存在を気取られてしまう。
 ローズたちが、能力者から生気を吸い取り生き存えている。彼女たちに狙われる立場となったアブラは、直接ダンに救いを求めにやって来た。あの事件から40年近く経って、ダンは改めて自らの能力を“活用”しはじめる――


『ドクター・スリープ』予告篇映像より引用。
『ドクター・スリープ』予告篇映像より引用。


[感想]
 映画史の中で異彩を放つ鬼才、スタンリー・キューブリック監督が製作した傑作ホラー『シャイニング』の正統的な続篇――という表現では少々足りないかも知れない。
 同作はもともとはモダン・ホラーを構築した巨人スティーブン・キングの小説を映画化したものだったが、キューブリックは根本の設定などは保ちつつも大幅な脚色を実施した。そのため、タイトルにもなる《シャイニング》と呼ぶ特殊能力が事件とどのような関わりを持っているのか、どこまでが超常現象だったのか、など不明瞭になった点も多い。とりわけ原作者の反発は強く、公にキューブリック版を批判、のちに原作に近いドラマ版も製作されたが、それでも怒りは収まらなかったらしい。
 しかしその一方でキューブリック版の知名度は高く、世評も高い。未だにホラー映画の表現として一級の存在感を発揮しているし、特に主人公の狂気を体現しきったジャック・ニコルソンの怪演は、映画ファンならずとも記憶しているほどに浸透している。
 本篇はスティーブン・キング自身が執筆した、正式な続篇に基づいている。これを映画化する、ということは、現代において原作者の意向を完璧に無視することは出来ない――まして、『シャイニング』発表当時よりも文名の高まったキングの不興を買えば実現は難しい。だがその一方で、傑作としていまも支持されるキューブリック版『シャイニング』の存在をそっくり無視することも不可能だ。いくら作り手が「別物です」と言い張ろうと、観る側は意識せざるを得ない。つまり、はじめから用意されているハードルがかなり高いのだ。
 その意味で、本篇は間違いなく、充分いい仕事をしている。少なくとも私の知る限り、原作者は本篇を声高に批判したりしていないし、他方でキューブリック版を評価する側からもその意味で否定的な声はあまり聞かない。実際、つい数日前にキューブリック版『シャイニング』を観た立場から言えば、続篇として完璧と言っていい仕上がりだった。
 如何せん、原作自体は前作、本篇ともに未読なので推測するしかないのだが、恐らくキューブリック版『シャイニング』に不満を持つひとにとっていちばん気になるところは、題名にもある《シャイニング》という能力の意義が劇中で明確にされてない、という点だろう。意識的に、幻覚や超常現象と現実との境を曖昧にした描き方それ自体がキューブリック版『シャイニング』を傑作にしていることも事実なのだが、だからこそ受け入れがたい、という考え方も納得はいく。世界観を成立させている大前提が、必ずしも観客に伝わらない、というのは、そこに面白さや価値を見出すほどに不満に繋がる。
 その点、本篇は冒頭から、能力の名前こそ出て来ないが、明らかに《シャイニング》の持ち主たちが鍵となって物語が展開していくことが明示される。暗躍する一団と、自らの能力や《展望ホテル》での体験を引きずり心を病んだダニーの物語はすぐには交錯しないが、確実にその力こそ焦点となることは窺える。
 一方で、なまじ常人にない力を持つが故の懊悩を、これも『シャイニング』より遙かに丁寧に汲み取っている。前作で得た精神的指導者の助言により、危険な存在を封じる術は身につけたが、それゆえに普通に暮らせず定住を避けていたダニーもそうだが、能力者を喰らうようになったローズ・ザ・ハットの仲間たちにも、そういう行動に走らせるような苦しみがあったことを、アンディ(エミリー・アリン・リンド)を仲間に加えるくだりから匂わせている。そうした描写は、まだ自分の能力と周囲のひとびとの理解とのバランスを掴みかねている少女アブラが物語に本格的に関わってくることで、更に際立っていく。
 だが、本篇は能力者というもののリアリティを描こうとする一方、決して現実の枠内で物語を運ぼうとしない。それぞれが強い能力を持ちながらもさながら群体のように振る舞うローズ・ザ・ハットたちに対抗するため、ダニーとアブラもその能力を駆使していく様は、さながら“超能力大戦”だ。双方の能力のレベル、経験値の駆け引きが、一方を危険に晒すかと思えば、予測を上回り凌駕していくなど、バトル物の趣さえある振り幅で展開していく――それゆえに、率直に言えば、“ホラー”と言いながらも怖さより興奮の方が強い、というのは、ひとによってはあまり評価しづらいポイントかも知れない。しかし、用意したモチーフを徹底的に掘り下げる、という観点からだと、そのレベルは高い。
 そして、描写を細かに蓄積したうえで、終盤に“あの場所”へと辿り着くのだが、もはや怖さよりもカタルシスの方が著しい――但し、キューブリック版、原作、ドラマ版いずれにしても、前作の知識がないとこの昂揚感は味わえるかどうか、いささか微妙だと思う。キューブリック版『シャイニング』をつい数日前に観たばかりだった私には、象徴的なアングル、モチーフを徹底的に流用するくだりは、回っているあいだにサスペンスならではの緊張感を滲ませながらも、感動すら覚えてしまう。経過した時間も考慮した緻密な再現ぶりは、本篇のスタッフがキューブリック版『シャイニング』に捧げた敬意の深さを窺わせる。
 先行する物語に最大限の敬意を払いつつ、しかし物語のクライマックス、そして終息は、きちんと本篇で描いた要素を軸に組み立てている。能力の強さと、前作の事件がもたらしたトラウマにより己の人生を見いだせずにいたダニーの最後の選択と辿り着いた境地には、感動すら覚える。本篇の物語を経たあとなら、間違いなくダニーの選択にはそれだけの意味と価値があるのだ。
 ホラー映画としての怖さがあるか? と問われると少々厳しい――純真なひとや感受性の強いひとなら充分に怖いかも知れないが、多くの人はあまり恐怖を感じないだろう。しかし、ホラーの要素、幻想文学のガジェットを巧みに引用した冒険ドラマとして捉えれば、極めて質は高い。そして、主たるパーツがすべてホラーで成立しているのだから、本篇は間違いなく優れたホラー映画なのだ――本篇だけ鑑賞しても楽しめる可能性はある、とは思うが、心置きなくその魅力を堪能したいのなら、どのヴァージョンであれ、先行する『シャイニング』に触れておくことをお薦めする。


関連作品:
シャイニング 北米公開版〈デジタル・リマスター版〉
キャリー(1976)』/『スタンド・バイ・ミー』/『ショーシャンクの空に』/『ドリームキャッチャー』/『シークレット・ウィンドウ』/『ミスト』/『1408号室』/『キャリー(2013)
ジャックと天空の巨人』/『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』/『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』/『J・エドガー』/『ヴェノム』/『アクアマン』/『ワイルド・スピード SKY MISSION』/『E.T. 20周年アニバーサリー特別版
カサブランカ』/『クロニクル』/『デッドプール2』/『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』/『レッド・ライト』/『モールス』/『クリムゾン・ピーク』/『ゴーストランドの惨劇

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