『クリムゾン・ピーク』

TOHOシネマズシャンテ、施設外壁の看板。

原題:“Crimson Peak” / 監督:ギレルモ・デル・トロ / 脚本:ギレルモ・デル・トロ、マシュー・ロビンス / 製作:ギレルモ・デル・トロ、トーマス・タル、ジョン・ジャシュニ / 製作総指揮:ジリアン・シェア / 撮影監督:ダン・ローストセン,DFF / プロダクション・デザイナー:トム・サンダース / 編集:ベルナ・ヴィラプラーナ / 衣装:ケイト・ホーリー / 音楽:フェルナンド・ヴェラスケス / 出演:ミア・ワシコウスカジェシカ・チャスティン、トム・ヒドルストンチャーリー・ハナム、ビル・ビーヴァー / レジェンダリー・ピクチャーズ/DDY製作 / 配給:東宝東和

2015年アメリカ、カナダ合作 / 上映時間:1時間59分 / 日本語字幕:林完治

2016年1月8日日本公開

公式サイト : http://crimsonpeak.jp/

TOHOシネマズシャンテにて初見(2016/1/20)



[粗筋]

 20世紀初頭のニューヨークで、イーディス・カッシング(ミア・ワシコウスカ)とトーマス・シャープ(トム・ヒドルストン)は出会った。

 イーディスの父カーター(ビル・ビーヴァー)は優秀な実業家で、大金を動かせる立場にある。イギリスの貴族ながら、領地の収入減となっていた粘土の採掘場が枯渇し困窮していたトーマスは、深い地層から粘土を掘り出すための掘削機を開発、その製造資金の出資者を求めて、姉のルシール(ジェシカ・チャスティン)を伴い諸国を渡り歩いていたのだ。

 物腰は如何にも紳士的で知性にも溢れ、小説家志望であるイーディスの文章を賞賛して止まないトーマスに、イーディスは惹かれていくが、しかし父は何故かトーマスに冷淡だった。

 そして事件は立て続けに起きる。カッシング家の邸宅で催された会食の席で、突如トーマスはアメリカを去る決意を口にすると、それまで賞賛していたイーディスの文章を痛烈に批判した。ショックにイーディスは夜を泣き明かすが、あくる日、彼女のもとに返還された小説の束には、トーマスからの謝罪の手紙が挟まっていた。シャープ姉弟を快く思わないカーターに諭され、娘が未練を残さぬようにして立ち去れ、と命令されたが故の行動だった、と知り、イーディスはトーマスのもとに駆けつける。

 トーマスへの愛を確信したイーディスだったが、直後に更なる事件が起きる。使い慣れているはずのシャワー室で、頭を激しく損傷した状態で、父が発見されたのだ。嘆き悲しむイーディスだが、これでイーディスをアメリカに縛るものはなくなった――イーディスはトーマスと結婚し、イギリスへと渡る決心をする。

 想像力豊かなイーディスも、しかしこのときは考えもしなかった――彼女が幼い頃に亡くなった母が、幽霊となり警告した危険に、自に歩み寄ろうとしていたことなど……。

[感想]

 ギレルモ・デル・トロ監督というと、ハリウッドにおいては『ヘルボーイ』シリーズ、一部マニアを熱狂させた『パシフィック・リム』、そして自身の長年にわたる構想を映像化したドラマ『ストレイン』といった、娯楽作品が多い印象だ。だが、本国スペインにおいてはちょっとカラーが異なる。『デビルズ・バックボーン』、『パンズ・ラビリンス』とスペインの歴史を背景としたもの悲しさのあるホラー――というよりは“幻想怪奇もの”を発表している。本篇はアメリカとイギリスを舞台とした英語作品だが、主題やムードはスペインで作られた作品群を踏襲している印象だ。

パシフィック・リム』などとの大きな違いは、作品全体を覆うもの悲しさ、に集約されるのではなかろうか。理由は様々にあり、ストーリーに抵触しかねないのであんまり具体的に触れるべきではないのだろうが、その原因は簡単に言って“無力感”にあるように思う。

『デビルズ・バックボーン』も『パンズ・ラビリンス』も中心人物は幼く、自らの置かれた環境に抵抗するどころか、逃げ出すことも叶わない。そんな中で出現する非現実が、現実の出来事と絡み合うことでドラマが生まれていく。本篇も、扱いは前述の2作品と異なるが、弱者であるが故の悲劇が描かれている。

 もうひとつ特徴的なのは、物語の舞台についてのこだわりだ。この点はスペインをベースに制作された作品に限らず、ギレルモ・デル・トロ監督作品ではほぼ一貫している。『ヘルボーイ』を見ても、『パシフィック・リム』を見ても、設定や舞台美術へのこだわりは強く、完成された映像はまさに異世界さながらだ。『デビルズ・バックボーン』の時点ではそこまで徹底はしていなかった覚えがあるが、『ヘルボーイ』などでの成功を経たのちに製作された『パンズ・ラビリンス』など、異世界がグロテスクな美しさを究める一方で、現実世界の美術も丹念に組み立て、時代の重苦しさを画面全体で表現している。

 舞台が2ヶ国に跨がる本篇は、スペインでの作品のように、社会的事情が密接には絡まないものの、イギリスで言えばヴィクトリア朝の時代の空気を美術により緻密に描き出し、一連の作品とも共通する異世界めいた雰囲気を醸している。特にイギリス、シャープ家の領地のヴィジュアルは、一族の凋落ぶりを窺える荒廃ぶりが、儚い美しさを湛えている。

 幽霊屋敷ものの系譜に連なるゴシック風の佇まいのなかで繰り広げられる物語は、やはりゴースト・ストーリーの趣だが、見せ方にはかなりのひねりがある。人によっては早くに察することも出来る程度の背景ではあるのだが、それを重層的に捉え、ドラマとして見事に昇華させているのである。

 そのつもりになれば解りやすい、とは言い条、未鑑賞の方のためになるべく伏せて書かねばならないのがもどかしいが、単純に“意外性”という点から考えればシンプルすぎる背景だが、そこに意外性を添えるための演出、表現が実に綺麗に組み立てられている。察しがついていてさえ、終盤近くまで翻弄されるほどに構成は丁寧だ。そして、その構造が浮き彫りにしていく登場人物たちの生き様、更には奇妙な現象の背景はいずれももの悲しい。『デビルズ・バックボーン』と『パンズ・ラビリンス』はいずれも、弱者であるが故の悲劇が背景にあることは前述したが、このあたりが本篇と2作品とで通底しているのだ。

 秘められた感情が露わとなるクライマックスのあとに訪れる結末もまたもの悲しい。しかし、その描写は最後まで美しいままだ。もちろん美術や構図の妙もあるのだが、表出した光景の下に、無数の悲劇が閉じ込められていることを実感させられるが故だろう。

 最後の“対決”がやや派手さに欠けることが惜しまれることと、ホラーとして捉えると、すれっからしを慄然とさせる描写がなかったのが物足りないところだが、その点を除けば、個人的には高く評価する。ギレルモ・デル・トロ監督の美学が横溢する、堂々たる幻想怪奇譚である――北米では当たらなかった、というのが不思議で仕方ない。

関連作品:

デビルズ・バックボーン』/『パンズ・ラビリンス』/『ダーク・フェアリー

ヘルボーイ』/『ヘルボーイ/ゴールデン・アーミー』/『パシフィック・リム

アリス・イン・ワンダーランド』/『嗤う分身』/『ゼロ・ダーク・サーティ』/『ミッドナイト・イン・パリ』/『マイティ・ソー/ダーク・ワールド』/『トゥモロー・ワールド

レベッカ』/『たたり』/『ヘルハウス』/『アザーズ』/『スケルトン・キー』/『永遠のこどもたち』/『グレイヴ・エンカウンターズ』/『ダーク・シャドウ』/『死霊館』/『鑑定士と顔のない依頼人』/『思い出のマーニー』/『記憶探偵と鍵のかかった少女

コメント

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