『カプリコン・1』

TOHOシネマズシャンテ、階段踊り場の壁面に掲示された、『カプリコン・1』上映当時の午前十時の映画祭16案内ポスター。
TOHOシネマズシャンテ、階段踊り場の壁面に掲示された、『カプリコン・1』上映当時の午前十時の映画祭16案内ポスター。

原題:“Capricorn One” / 監督&脚本:ピーター・ハイアムズ / 製作:ポール・N・ラザルス三世 / 撮影監督:ビル・バトラー / プロダクション・デザイナー:アルバート・ブレナー / 編集:ジェームズ・ミッチェル / 衣装:パトリシア・ノリス / キャスティング:ジェーン・フェインバーグ、マイク・フェントン / 音楽:ジェリー・ゴールドスミス / 出演:エリオット・グールド、ジェームズ・ブローリン、カレン・ブラック、テリー・サヴァラス、サム・ウォーターストン、O・J・シンプソン、ハル・ホルブルック、ブレンダ・ヴァッカロ、デヴィッド・ハドルストン、デニース・ニコラス、アラン・ファッジ、デヴィッド・ドイル、ロバート・ウォーデン / 配給:東宝東和 / 映像ソフト日本最新盤発売元:KING RECORDS
1977年アメリカ作品 / 上映時間:2時間9分 / 日本語字幕:木原たけし
1977年12月17日本公開
午前十時の映画祭16(2026/04/03~2027/03/18開催)上映作品
2025年8月6日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD VideoBlu-ray Disc]
DVDにて初見(2010/09/27)
TOHOシネマズシャンテにて再鑑賞(2026/7/14)

[粗筋]
 その年の1月4日、総費用300億ドル、アメリカの威信を賭けた火星への有人飛行計画が、いよいよ発射の時を迎えた。大勢の観衆が見守る中、チャールズ・ブルーベイカー大佐(ジェームズ・ブローリン)、ピーター・ウィリス中佐(サム・ウォーターストン)、ジョン・ウォーカー中佐(O・J・シンプソン)の3人は操縦室に乗り込んだが、カウントダウンの真っ最中に訪れたひとりの男によって強引に降船させられる。
 飛行機で3人が連れて行かれた先で待っていたのは、長年にわたってこの火星探査計画を牽引してきたジェームズ・ケロウェイ博士(ハル・ホルブルック)であった。彼は、この飛行計画が大きな失態を犯したことを告げる――生命維持のために必要な装置が欠陥品で、8ヶ月に及ぶ宇宙旅行を継続できないことが判明したのだ。
 しかし、これまでに投じた巨費のため、NASAが今後も宇宙開発を継続するためにも、失態を公表するわけにはいかない。そこで、宇宙飛行士たちをとある施設に閉じ込め、その中に構築された、宇宙船と火星の地表を模したセットを用いて、リアルタイムでの中継や家族との通話をごまかして、3人が順調に計画を進めているように装うことを目論んだのだ。
 世界中のほとんどの人々は、何ヶ月かおきに届けられる華やかな成果を疑いもしなかったが、ヒューストンの技師のひとりエリオット・ウィッター(ロバート・ウォーデン)が違和感を抱いた。エリオットは、友人であるテレビ局の記者ロバート・コールフィールド(エリオット・グールド)に漏らすが、それから間もなく、忽然と姿を消してしまう。そのことが、疑念をコールフィールドの胸に植え付ける……

[感想]
 アポロ11号の月面着陸が、実は地球上で撮影されたものだ、という都市伝説が、いったいいつ頃から広まったのか、検証する材料の持ち合わせがないので何とも言えないが、本篇の着想は似たようなところにあったのだろう。もしこの大規模な計画が、直前で頓挫してしまったら。その一部始終がすべて虚構であったなら。環境の制約のため、検証する素材も乏しいが、それ故に疑いを容れる余地はある。
 本篇は、そこから想像できる要素や出来事を巧みに網羅することで、ジャンルを絞りきれない、だがエンタテインメントであることは疑いようもない物語を組み立てている。
 いまから30年以上も前の作品であるだけに、演出や撮影技術の古めかしさは否めないし、そもそも多くの人物が登場するわりには、終盤で鍵を握ってくるテレビ局の記者以外、あまり個性を際立たせていないので、ドラマとしての膨らみに乏しい嫌味はある。だが、本篇の構成の巧みさは、そういう欠点を補って余りあるほどだ。
 最初は普通にロケット打ち上げまでの過程をドキュメンタリー風に描いているように見せかけるが、ロケットの操縦室にひとりの男が近づくあたりから急に雰囲気が変わってくる。ロケットが飛び去ったあとは、ヒューストンや宇宙飛行士たちの家族の姿と、何処かに閉じ込められ悶々とする宇宙飛行士の姿に、少しずつ怪しげな気配に絡め取られていく記者の姿とを並行して描き、謀略劇の様相を呈していく。尺も半ばを過ぎると、更に様相は一変し、ジリジリとした恐怖の漲るサスペンスへと発展する。目まぐるしく変化するムードに翻弄されるがまま、気づけばクライマックスまで連れ去られているという趣なのだ。ここまで多彩な印象を与える作品も珍しい。
 他方で、決して統一感を欠いているように感じないのは、佳境で見せる長広舌がものを言っていると思われる。冒頭では、宇宙飛行士たちに事情を話す前にケロウェイ博士が行う演説めいた話があり、中盤では火星の地表と宇宙船のセットを背景に宇宙飛行士たちが見せる会話、そして終盤の逃避行で、三方に別れた宇宙飛行士たちが孤独と戦いながら漏らす独白である。いずれもいささか芝居がかっているが、直後の描写と相俟って妙に胸に残る。表現としては幾分間延びしている、とも言えるのに、全体の緊迫感を削いでいないのが出色だ。
 結末の編集の仕方は少々行きすぎで、人によっては笑いを誘われるかも知れないが、それでもきちんと重要な描写との連携は取れているし、カタルシスも大きい。のめり込んだ人なら、その場で快哉を上げたくなるほどのラストシーンだ。
 複数の視点を絡めながらも冒頭から結末まで決して観る者の関心を逸らさず、ジャンルが定めにくいほど様々な趣向を盛り込みながらもエンタテインメントとしての筋を外さない、上質の作品である。やや掘り下げに乏しく、映像的にも表現的にも古びていることは否めないが、それを踏まえても面白さは否定できない。

2026/7/14追記
 ――以上は、DVDで鑑賞したときの感想である。
 初鑑賞から約16年、本篇が午前十時の映画祭16に採用されたので、初めて大スクリーンで鑑賞した。
 これは、大スクリーンで鑑賞するべきだった。
 ドラマとして緻密な展開もさることながら、サスペンスに発展する中盤以降は、大スクリーンでこそその醍醐味を味わえるシーンが非常に多い。
 特筆すべきはクライマックスの壮絶な追跡劇だが、登場人物数名で別々に展開するドラマの見せ方が秀逸なのである。決して直接的ではない、しかし重々しく衝撃をもたらす描写があまりにも忘れがたい。
 そして、そういう場面を踏まえたあとだと、最初の感想で記した“結末の編集”も決して浮いてはいない。むしろ、あのひと幕で明白すぎる“その後”を敢えて過剰に描き加えず、カタルシスをもたらす演出としては的確とさえ言える。
 午前十時の映画祭の選考委員のひとり笠井信輔が、ラインナップ発表後のコメントで特にこの作品に対する思い入れを語っていたが、それも頷ける。DVDで観ても充分に面白かったけれど、その真価はやはり、大スクリーンでこそ堪能できる。

関連作品:
ヤング・ブラッド』/『サウンド・オブ・サンダー
ロング・グッドバイ』/『ミクロの決死圏』/『マーダー・ライド・ショー』/『キャノンボール2』/『タワーリング・インフェルノ』/『ジュリア』/『真夜中のカーボーイ』/『シザーハンズ
風と共に去りぬ』/『博士の異常な愛情/または私は如何にして心配するのを止めて水爆を・愛する・ようになったか』/『大統領の陰謀』/『2001年宇宙の旅』/『トータル・リコール(1990・4Kデジタルリマスター)』/『インターステラー』/『ザ・ムーン

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