『ブレット・トレイン(字幕)』

TOHOシネマズ日比谷、コンセッション上部の壁に掲示された『ブレット・トレイン』大型タペストリー。(2022/8/26撮影)
TOHOシネマズ日比谷、コンセッション上部の壁に掲示された『ブレット・トレイン』大型タペストリー。(2022/8/26撮影)

原題:“Bullet Train” / 原作:伊坂幸太郎『マリアビートル』(角川文庫・刊) / 監督:デヴィッド・リーチ / 脚本:ザック・オルケウィッツ / 製作:ケリー・マコーミック、デヴィッド・リーチ、アントワーン・フークア / 製作総指揮:ブリタニー・モリッシー、ブレント・オコナー、リョースケ・サエクギサ、カット・サミック、ユーマ・テラダ / 撮影監督:ジョナサン・セラ / プロダクション・デザイナー:デヴィッド・シューネマン / 編集:エリザベット・ロナルズドッター / 衣装:セーラ・エヴリン / キャスティング:リンゼイ・グレアム、メアリー・ヴェルニュー / 音楽:ドミニク・ルイス / 出演:ブラッド・ピット、ジョーイ・キング、アンドリュー・小路、アーロン・テイラー=ジョンソン、ブライアン・タイリー・ヘンリー、真田広之、マイケル・シャノン、バッド・バニー(ベニート・A・マルティネス・オカシオ)、ザジー・ビーツ、ローガン・ラーマン、サンドラ・ブロック、マシ・オカ、福原かれん、ライアン・レイノルズ / 87ノース製作 / 配給:Sony Pictures Entertainment
2022年アメリカ作品 / 上映時間:2時間6分 / 日本語字幕:松浦美奈 / 吹替翻訳:小寺陽子 / R15+
2022年9月1日日本公開
公式サイト : https://www.bullettrain-movie.jp/
TOHOシネマズ上野にて初見(2022/9/10)


[粗筋]
 木村(アンドリュー・小路)は復讐心に燃えていた。たったひとりの息子・渉が、何者かによって屋上から突き落とされ、昏睡状態に陥っている。父である長老(真田広之)は、わずか3時間とはいえ、目を離した木村を叱責し、木村自身も己の非を痛感していた。その日、東京発京都行きの新幹線に、渉を襲った犯人が乗り込んでいる、という情報を得た木村は、拳銃を携えて向かった――
 同じ新幹線に乗り込もうとしていたレディバグ(ブラッド・ピット)は憂鬱だった。殺し屋として腕は立つが、任務のたびに無関係な人間が巻き込まれる状況を憂い、カウンセラーの助言に従って“穏やかな仕事”がしたかった。そんな彼に代理人のマリア(サンドラ・ブロック)が回してきた仕事は、盗み。もともとカーヴァーに斡旋した仕事だったが、頭痛で休みたがり、レディバグにお鉢が回ってきたのである。用意された武器に拳銃も含まれていたが、レディバグは手をつけず、狙うブリーフケースが載せられた新幹線に飛び乗った。
 問題のブリーフケースを持ち込んだ当事者であるレモン(ブライアン・タイリー・ヘンリー)とタンジェリン(アーロン・テイラー=ジョンソン)もまた憂鬱だった。人種は違うが幼少から兄弟のように育ち“双子”と呼ばれるふたりに仕事を依頼したのは、通称《白い死神》(マイケル・シャノン)である。用心棒として潜り込んだヤクザの組織を裏切りで壊滅させ、その地盤に自らの王国を築いた、伝説の人物だった。“双子”への依頼は、このブリーフケースと共に、《白い死神》の不肖の息子(ローガン・ラーマン)を京都まで無事に送り届けること。だが、彼らが油断している隙に、ブリーフケースはレディバグの腕の中にあった。
 首尾よく目的のものを手に入れたレディバグは、次の品川駅で下車するはずだった。しかし、下りようとした目の前に現れた男に襲われ、車内に押し戻されてしまう。レディバグを襲ったのは、ウルフ(バッド・バニー)――レッドバグには見覚えがあった。メキシコで組織の殺し屋として辣腕を振るったが、結婚式で新婦をはじめ身内をすべて殺された男である。確かにまるで無縁ではないが、皆殺しにしたのはレディバグではない。しかし、憎悪の炎を滾らせたウルフは意に介さなかった。“穏やかな仕事”を望んでいたはずが、レディバグはさっそく、不運に巻き込まれていた――


[感想]
 伊坂幸太郎の小説をハリウッドで映画化する、と聞いたとき、率直に言えば不安を禁じ得なかった。日本に理解があり製作者としても手腕を発揮するブラッド・ピットが主演であっても、けっきょくはスタッフの共通認識、そしてそれを束ねる監督が作品を決する。デヴィッド・リーチはスタントマンとして活躍したのちに『ジョン・ウィック』の共同監督として頭角を顕し、その後もアクション映画で成果を上げてきた人物だが、エンタテインメント性が高いとは言い条、ミステリを主に手懸けてきた伊坂作品にはサスペンスやサプライズの趣向があり、リーチ監督の実力はその意味において未知数だ。期待はしつつも、不安も断ち切ることは出来なかった。
 だが、公開に先駆けた数ヶ月前に発表された予告篇で、不安は別種の期待によって塗り替えられた。そして、本国公開から間もなく日本上陸した本篇は、ある意味では期待を大幅に上回る傑作――否、怪作にして快作だった。
 ハリウッドで日本の小説や漫画、映画のリメイクを行うと、しばしば不自然な改変が実施されがちだ。舞台を移して違和感が生じる、という程度ならましな方で、あまりに多くの変更が施されて無惨な仕上がりになってしまうこともある――具体的な作品名も挙げられるが、控えておく。
 しかし本篇は、序盤からあまりにもブッ飛んでいて、細部の不自然さがどうでもよくなる。日本、それも東京から京都に向かう新幹線のなかが主な舞台となり、途中で耳馴染みのある地名が頻出するが、そこで登場するものはすべてが頓珍漢だ。東京駅には謎の長いエスカレーターがあり(あんなに高さはないし幅もない)、新幹線はオリエント急行もかくや、というくらい多彩な設備が用意されている。通り過ぎる各地の風景も、どことなくそれっぽいが、異国のひとがイメージする日本というものがこれでもかとばかりに詰めこまれている。
 日本人としては腹を立ててもいいレベルだが、恐らく、多くのひとは怒るより先に楽しくなってくるはずだ。もはや意識して、現実に合わせることを放棄したようなこの映画ならではの“ニッポン”はさながらファンタジーだ。現実と同一視すること自体が馬鹿馬鹿しくなり、気づけば「どんな風にニッポンを解釈し、イジってくるのか?」を鑑賞する面白さに目醒めてしまう。
 生憎と本篇の原作には接していないので、本篇のストーリーがどの程度、原作を押さえ、どこを改変しているのか、検証する術は現時点の私にはない。だが、随所で跋扈する個性豊かなキャラクター、それぞれに重い過去や様々な思惑を抱いているがゆえに繰り広げられる予想困難な展開、そしてクライマックスにはきっちりと驚きも用意している。いささか乱暴な印象も禁じ得ないが、その強引ささえも、本篇において構築された唯一無二の“ニッポン”世界ではアリなのでは? と思わせてしまうのだから、このパワーは凄まじい。
 物語の構成はサスペンスだが、しかしさすがに元スタントマンとして、監督としてもアクション映画で名を上げたデヴィッド・リーチだけあって、アクション表現のクオリティと多彩さも特筆に値する。重量感もスピード感も豊かでありながら、シチュエーション、見せ方に幾つもの工夫が凝らされ、サスペンスの要素を忘れてしまうほどに観る者を興奮させる。格闘中に第三者が割り込んできてやり過ごそうとしたり、別の人物たちが暢気に会話を繰り広げる背後で死闘が展開していたり、とユーモアもふんだんに交え、エンタテインメントとしての演出もそつがない。そして、そのテクニックや工夫が贅沢なばかりに詰めこまれたクライマックスの見応えは桁が外れている。
 いささか激しすぎるアクションは、流血表現そのものは(想像するよりは)少ないものの、抵抗を覚えるひともいるだろう。また何より、ブッ飛んだ“ニッポン”の描写がどうしても許容できないひとには厳しい作品かも知れない。しかし、その2点が気にならないなら、類を観ない狂騒と陶酔に浸れるはずだ。決してお上品ではないが、だからこそ面白い。


関連作品:
デッドプール2』/『ワイルド・スピード/スーパーコンボ
アヒルと鴨のコインロッカー』/『陽気なギャングが地球を回す
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