『桜田門外ノ変』

原作:吉村昭(新潮文庫・刊) / 監督:佐藤純彌 / 脚本:江良至、佐藤純彌 / 企画:橘川栄作 / プロデューサー:三上靖彦、川崎隆、鈴木義久 / 撮影監督:川上皓一 / 照明:川井稔 / 美術:松宮敏之 / 装飾:大坂和美 / 編集:川島章正 / 殺陣:久世浩 / 音楽:長岡成貢 / 主題歌:alan『悲しみは雪に眠る』 / 出演:大沢たかお、長谷川京子、柄本明、生瀬勝久、渡辺裕之、加藤清史郎、中村ゆり、渡部豪太、須賀健太、本田博太郎、温水洋一、ユキリョウイチ、北村有起哉、田中要次、坂東巳之助、永澤俊矢、池内博之、榎木孝明、西村雅彦、伊武雅刀、北大路欣也 / ナレーション:小林研二 / 製作プロダクション:ユニークブレインズ / 配給&映像ソフト発売元:東映
2010年日本作品 / 上映時間:2時間17分
2010年10月16日日本公開
2018年11月2日映像ソフト最新盤発売 [DVD Video:amazon]
DVD Videoにて初見(2021/1/14)


[粗筋]
 1860年3月3日、桜田門より江戸城に登ろうとしていた彦根藩の駕籠を、水戸藩士17名が襲撃した。彦根藩主で江戸幕府大老・井伊直弼(伊武雅刀)の首を取ると、刺客たちは散り散りに逃走した。深手を負った者たちは自刃、一部のものは細川邸に自訴し、無事に戻ったのは、襲撃の指揮を任されていた関鉄之介(大沢たかお)と、見届け役を任された岡部三十郎(渡辺裕之)の二名だけであった。
 水戸藩士がこの暴挙に出た背景は、7年前にまで遡る。浦賀沖に来港したペリー提督から開国の要求を突きつけられた江戸幕府は、時の水戸藩主・徳川斉昭(北大路欣也)を海防参与とし防衛に当たらせた。攘夷派として、開国要求には徹底して異を唱えていた斉昭だったが、この有事に徳川将軍家の後嗣問題が浮上したことで、事態は紛糾していく。
 斉昭らはこの諸外国との緊迫した場面に、聡明で知られる一橋慶喜を次期将軍に推挙したが、直弼らは血筋を重んじ、十三代将軍家定の従弟にあたる徳川慶福を推した。しかし慶福はまだ幼く、諸外国との緊迫した駆け引きを迫られる時勢に対応できるはずがない。政治の実権を幕閣に牛耳られることが容易に予測されるため、斉昭らには許容できなかった。
 しかし第十四代将軍は慶福改め家茂が就任、大老となった井伊直弼の指図により、勅許を得ないまま日米修好通商条約が締結されてしまう。これに孝明天皇は激高、幕政の刷新および諸大名の結束を求める勅書を水戸藩に送る。
 勅命を受けたことで、関鉄之介ら藩士は意気揚々と各藩に赴き協力を仰ぐが、色好い返事をしたのは鳥取藩のみ、他の諸藩は幕府の目に配慮して行動に躊躇してしまう。
 一方、勅書の存在を知った幕府もはじめは狼狽したが、間もなく苛烈な処断に踏み切った。あくまで朝廷の意向を受けて政を行う、という題目ゆえ、直接に朝廷を糾弾できないため、井伊直弼は勅書を水戸藩の陰謀として封殺にかかる。水戸藩の京都留守居役鵜飼吉左衛門とその息子を捕縛したことに始まり、慶喜擁立に回っていた斉昭を含む一橋派に同調した人物を次々投獄、断罪していく。
 こうして始まったいわゆる《安政の大獄》は、吉田松陰ら多くの知識人を死へと追いやったが、しかし同時に、《桜田門外の変》に至る水戸藩士たちの暗躍の契機となった――


『桜田門外ノ変』本篇映像より引用。
『桜田門外ノ変』本篇映像より引用。


[感想]
《桜田門外の変》といえば、幕末における重大事件のひとつとして、日本史の授業でも必ず登場する出来事だが、なぜそういう事態に至ったのか、きちんと知っていないひとも多いのではなかろうか。かく言う私も、鑑賞中も鑑賞後も、ネットで検索をかけて知識を補い、史実と比較を繰り返しながらこの感想を書いている。
 本篇は、タイトルの出所でもある襲撃事件を冒頭30分ほどで見せてしまうと、そこからは現場識者となった関鉄之介を中心に、参加者達の辿った末路を描きつつ、その合間に過去の出来事を挿入して、事変に至る経緯を解きほぐす、という一風変わった構成を採っている。
 盛り上がりを最初に置いてしまうかたちなので、下手をすればだれてしまいそうだが、この構成を採ったことにより、“なぜ水戸藩士達は井伊直弼暗殺を決断したのか?”という謎解きめいた興趣を仕掛けつつ、逃走する関の味わう憤りに恐怖、焦燥感が入り乱れたドラマが交互に立ち現れてくる格好となり、最後まで牽引力を保っている。もし時系列通りに配置していたら、随所で緩み退屈な印象を与えたかも知れない。
 構成は文句なし、と言えるが、ただ残念ながら、全篇に“ダイジェストの再現映像”っぽさが滲んでいるのも否めない仕上がりである。
 そもそも、《桜田門外の変》に至る事情は、調べれば調べるほどに込み入っている。粗筋でも触れたとおり、端緒は黒船来航であり、そこに将軍家の後継者問題にまつわる対立も絡んでの駆け引きの結果として起きた事件なのだが、実のところ、細部の展開を把握していないと、充分には理解しがたいのだ。それぞれの政治的問題のなかで、関係者それぞれに思惑があり、その一致、或いは掛け違いが巡り巡って、一部の水戸藩士の“暴動”に至っているのだが、映画の限られた尺で、それらすべてをつぶさに描くことは難しい。適宜ナレーションで説明を補っているものの、それが余計にダイジェストめいた印象を強めてしまった。
 ただしその一方で、映画的な見せ場は油断なく組み込まれている。冒頭の“引き”に使われた襲撃の場面は勿論のこと、追いつめられ自害を決心した高橋多一郎(生瀬勝久)の振る舞いや、関が鳥取で決闘に至る武士の矜持が垣間見える経緯、関が水戸に残してきた妻子の姿など、果たしてどこまで史実に沿っているのかは不明だが、映画としての興趣を巧みに添えている。日本史を代表する暗殺事件を、大作志向の佐藤純彌監督が手懸けているだけあって、やたらと豪華なキャストが揃っているが、それだけに実に演技は重厚で見応え豊かだ。
 幕末は、短い間に政情が激しく揺れ動いた時代だった。《尊皇攘夷》と大きく括っても各藩、志士ごとに捉え方は違い、それぞれに軋轢と対立がある。意志と力のある者が各地に現れ、それぞれの活発な働きかけが事態を絶え間なく変化させた。かつては本邦の奸臣の代表格のように捉えられていた井伊直弼も、私腹を肥やしいささか苛烈に振る舞った事実はあれど、この人物なりに日本の行く末を憂い、自身の信念において最善と考えられる策を採っていた、と近年は考えられており、そのスタンスは本篇にも窺える。水戸藩士達が井伊を討ったのもまた、彼らなりの信念があって、退っ引きならない歴史の流れに追い込まれたが故、だということはダイジェスト的な本篇の描写からも理解できるが、他方で、「果たして本当に討つ必要はあったのか?」「いいの首を取ったことで、彼らの望んでいた変化は訪れたのか?」という疑問が芽生えてくる。
 本篇はそこに、安易に答を出そうとはしない。あったことを、可能な限り史実に沿ったかたちで提示している。だがそれゆえに、本篇には歴史を動かそうとしたひとびとの熱気と、だからこそ醸しだされる無力感、虚無感が色濃く漂う。
 語り口にダイジェスト感に加え、(桜田門のオープンセットを設ける贅沢さにも拘わらず)一部にチープな印象も付きまとっているのが惜しまれるが、観て充実感の味わえる、趣のある大作である。


関連作品:
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