『銀幕版 スシ王子! 〜ニューヨークへ行く〜』

監督・原案・脚本:堤幸彦 / 脚本:河原雅彦 / プロデューサー:福山亮一、日枝広道、中沢晋 / エグゼクティヴ・プロデューサー:白石統一郎、山本晋也、亀山慶二、長坂信人 / 撮影監督:唐沢悟 / 照明:川里一幸 / 美術:相馬直樹 / 装飾:茂木豊 / 編集:大野昌寛 / VFXスーパーヴァイザー:野崎宏二 / 音楽:見岳章 / 主題歌:堂本光一『No More』(ジャニーズ・エンタテイメント) / 出演:堂本光一、中丸雄一、釈由美子石原さとみ太田莉菜伊原剛志北大路欣也平良とみ / 配給:Warner Bros.

2008年日本作品 / 上映時間:1時間54分

2008年04月19日日本公開

公式サイト : http://www.sushi-movie.com/

ユナイテッド・シネマ豊洲にて初見(2008/05/15)



[粗筋]

 寿司職人の父と祖父とを大魚に殺され、以来寿司の道を捨てていた米寿司(堂本光一)――通称“スシ王子”は、だが自分を引き取って育ててくれた、琉球空手自然流の師匠・武留守リリー(平良とみ)が死の直前に、寿司の道は自然流に通ず、と諭され、寿司と空手を修めるべく日本各地を旅することに。

 そんな彼が遂に辿り着いたのは――アメリカ、ニューヨーク。ここの寿司屋・八十八を営むシャリの達人のもとを訪れ、その極意を学んでくるようにと、魂だけで彷徨い司の周囲をうろちょろする師匠に促されたためである。

 はるばる六ヶ月の船旅の末にようやくアメリカの地を踏んだ司が見たのは、アメリカナイズされ原型を失った江戸前寿司の数々。絶望の末にようやく発見した、らしからぬ清潔感と材料への拘りに富んだ店にいたのは、何と日本で司の舎弟として常に同行していた河太郎(中丸雄一)であった。例によって司のあとを追ってニューヨークに向かった河太郎は、彼に遥かに先んじて現地入りし、シャリの達人・俵源五郎(北大路欣也)の店に弟子入りしていたのである。

 河太郎に弟弟子扱いされながらも修行を願い出る司を、だが源五郎は拒絶した。司はシャリの本質を理解していない、と。最初は納得の出来なかった司だったが、源五郎のもうひとりの弟子であるメキシコ出身の職人と飯炊きで対決し、自らの未熟さを思い知ると、一転心を入れ替え、謙虚に米の真髄を学ぼうとする。

 司の熱意と、彼の瞳に宿る寿司職人としての宿命を感じ取った源五郎は、やがて彼にシャリの本質を学ばせるため、他の何ものも入れなかった、自らが耕す田圃へと招き入れる。だがそれが、何ヶ月も前から源五郎のもとに身を寄せていた河太郎は気に入らない。そんな彼に、ニューヨークの寿司業界を牛耳る謎の人物ミスター・リンの配下の男達が、静かに接近していくのだった……

[感想]

 本篇は2007年夏にテレビ朝日系にて放映された連続ドラマの、その後を描いた作品である。概ねの流れは上記の粗筋にて記した通りだが、随所にちりばめられた荒唐無稽な世界観が災いしたのか、視聴率はあまり振るわなかったという。

 だが私は放送当時からかなり高く評価していた。堤幸彦監督といえば、画面の随所に小ネタをちりばめ、特徴的な画面構成、カメラワークで独自の空間美を構築することで固有のファンを得ているが、『スシ王子!』にはその本質的な良さがふんだんに盛り込まれている。人物関係の背後にあるものなどは雑に構成されているきらいはあったが、しかし感情的な軋轢や変化を生み出す上で必要性のある出来事がほとんどで、何より無茶苦茶な出来事や修行の数々が、主人公・米寿司が成長するうえできちんと有効に働いている、その丁寧さが光っていた。ストーリーの現実性よりもギャグとしての伏線を組み立てることに心を配り、きっちり骨格を為している。ちゃんと観れば、骨があると理解できる作品なのである。

 本篇はその良さをきっちりと踏襲し、映画らしく大掛かりに膨らましている。ドラマ版では司の個性的な来歴による価値観と、それぞれの土地の風俗との行き違いをコミカルに描いていたが、それが言語さえ異なるニューヨークという場所を舞台としたことで、いっそうユニークさに拍車がかかっている。意味もなく多国籍に跨るマフィアの構成員や、終盤の混乱した通訳などはその最たるものだ。

 どうも司の訪れた寿司屋とニューヨークの寿司業界を牛耳る男達との対決の背景、そもそも何故そんなに彼らが八十八の入った建物を欲していたのかがいまいち理解できないが、そういう背景の不透明さは前述の通りドラマ版でもあったことで、その辺を約束と割り切り、出来事のすべてを登場人物たちの感情の変化に利用し、最終的に司の修行、人間的成長に結びつけている構成の巧みさは本篇でも健在だ。既にそういう話運びが約束と化しているために、ドラマ版に充分親しんだ眼には伏線が明々白々ではあるのだが、知りながら観ていても充分に楽しい。

 それにしても本篇における、堤監督特有のユーモアの上手さは出色だ。ドラマ版でも、うまい寿司を口にした人間の顔中の穴から光が迸る、という演出は用いられていたが、これを随所で再利用してみたり、序盤における登場人物の発言に見出したツッコミどころが実はちゃんと設定として活きていると気づかせるあたりなどは実に見事なのである。とりわけ、クレジットでは“友情出演”と添えられている石原さとみの使い方が秀逸だ。出演者の役柄についてはほとんど予備知識を仕入れていなかったせいもあるが、これほどユニークで有効な起用の仕方もちょっと珍しい。彼女は現在放送中のドラマ『パズル』でも、作品の出来が振るわない中、唯一立ったキャラクターを演じて気を吐いているが、そのコメディエンヌとしての素質を充分に魅せている。

 とは言え、ドラマ版では司に降りかかるドラマと彼の成長とがきっちり軌を一にしていたのに比べると、本篇はかなり強引さが目につくのは否めない。それ自体をギャグにしてはいるのだが、もう少し一貫性が欲しかった、と思う。

 だが、ドラマ版にもあった骨は健在であり、本篇でも気前よく注ぎ込まれたユーモアの隅々に、筋の通ったエコロジー精神や、何より食文化に対する誠実さが窺える。達人たちが司に説き、彼が実践する料理の精神は、その描写のコミカルさとは裏腹に、充分な説得力を備えている。それこそが本篇にとってのもっとも太い骨なのだ。

 如何せん、あまりにはっちゃけたギャグばかりであるために、受け入れられるかどうかで評価は大いに隔たりが生じるだろうが、ドラマ版が楽しめた人であれば問題なし、仮にドラマ版を知らなくとも、細かい工夫を施し感情にもギャグにも無数の伏線をちりばめた凝った作品が好みという方であれば充分に楽しめるだろう。

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