『釣りキチ三平』

『釣りキチ三平』

原作:矢口高雄 / 監督:滝田洋二郎 / 脚本:古沢良太 / プロデューサー:近藤正岳、小池賢太郎、渡井敏久 / 撮影監督:葛西誉仁 / 美術:小川富美夫 / VFXディレクター:豊田浩司、田口健太郎 / VFXプロデューサー:栗飯原君江 / 編集:川島章正 / 音楽:海田庄吾 / 音楽プロデューサー:津島玄一 / 主題歌:the generous『Heart』 / 出演:須賀健太塚本高史香椎由宇、土屋太鳳、小宮泰孝、志村東吾、安居剣一郎、平賀雅臣、中西良太、片桐竜次螢雪次朗萩原聖人渡瀬恒彦 / 製作プロダクション:東映東京撮影所、白組 / 配給:東映

2009年日本作品 / 上映時間:1時間58分

2009年3月20日日本公開

公式サイト : http://www.san-pei.com/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2009/03/26)



[粗筋]

 秋田県鄙びた土地に暮らす三平三平(須賀健太)は、和竿作りの名人である祖父・一平(渡瀬恒彦)の薫陶によって、根っからの釣り人になっていた。夏休み、地元で催された鮎釣り大会では、一匹の差ながら一平にも勝つほどに成長する。

 プロのバスフィッシャーで、アメリカにて輝かしい成績を上げていた鮎川魚紳(塚本高史)は、勝負勝負の連続で釣りに対して嫌悪感を抱き、逃げるように日本に舞い戻っていたところ、活き活きと釣りを楽しむ三平の姿に魅せられ、声をかけた。三平も祖父の一平も、道具やジャンルは違えど釣りを愛する魚紳と意気投合する。

 そんな矢先、三平のもとを、彼が誰よりも怖れている人物が訪ねてきた。実の姉、愛子(香椎由宇)である。三平と彼女の父・平(萩原聖人)は海釣りの最中に遭難、行方不明となり、母も心労の余りに半年で亡くなっていた。その原因が釣りにあると思いこんでいる愛子は、数年前に一平と口論になった挙句、親類を頼って単身東京に移り住んでいる。愛子は、弟が釣りにうつつを抜かしていることを憂い、東京に連れて行こうとしていたのだ。

 気の強い愛子に三平も一平も反論できず、そもそも部外者である魚紳は耳さえ貸してもらえず、3人は悩む。だが愛子の来訪から一夜明けて、一平は突如、思いがけない提案をした。魚紳が噂に聞いた、1メートル50にも達する巨大なヤマメが棲むという夜泣谷の場所を思い出したから、これから出かけよう、というのである。

 そんなものが実在するはずがない、と取り合わない愛子に、ならば賭けをしよう、と一平は言い出した。もし三平がその“怪物”を釣り上げることが出来たなら、三平の自由にさせる。駄目だったら、三平の身柄は愛子に預ける、というのだ……

[感想]

 日本人であれば、実物を読んだことがなくとも、『釣りキチ三平』という名前ぐらいは聞いたことがあるだろう。初めて“釣り”というものを本格的に題材とした漫画であり、1973年から10年にわたって『週刊少年マガジン』誌上に連載された、伝説的な作品である。私自身、愛読者というわけではなかったが、僅かに読んだときの記憶は未だに鮮烈で、“釣り”というもののイメージの根幹にこの作品が横たわっていることは間違いない。

 特に原作を復習したりせずに鑑賞したので、どの程度原作に従っているのか、詳しくは判断しようがないのだが、本編の仕上がりは、少なくとも記憶にあるイメージを裏切るものではなかった。大自然を背景に釣りを全身全霊で楽しむ三平の姿は、漫画のイメージときっちり重なっている。

 ただ、話はちょっとシンプルすぎて、食い足りない印象を受けた。若い天才釣り師の話、というには、三平の実力を明確に描いているのは序盤、鮎釣り大会での釣果にイチャモンをつけてきた釣り師と一対一の勝負をした場面ぐらいだ。クライマックス、“夜泣谷の怪物”を相手にした場面は、いわば“釣り”という絆で結ばれた家族の物語の締め括りとして使われているために、優れた技巧を示した、という印象を齎さない。

 家族のドラマとして眺めても、本篇はちょっと月並みすぎる。両親の死、そのきっかけになった“釣り”を恨む姉と、“釣り”に没頭する三平とのあいだに生じた溝、それが源流行と呼ぶ奥地への道程で埋まっていくと、終盤でそれぞれの真意が語られる。情感には富んでいるが、語っていること自体は想像を超えることがなく、展開には終始意外性がない。

 しかし、変に奇を衒ったり意外性を狙わなかったぶん、身構えずともするっと頭の中に内容が入ってくるので、リラックスして鑑賞できるのも確かだ。気負いがないから、日本の自然を織りこんだ作品世界にゆったりと浸ることが出来る。

 決して穿った描き方はしていないが、それでも釣りという“スポーツ”、或いは“くだらない遊び”の魅力が充分伝わるように気を配っているのも好感触だ。ロッドや和竿、ルアーに生き餌を使った釣り方など、シンプルな話運びの中にも細かく専門的な知識を盛り込んである。ナレーションなど、敢えてくどくどと説明を施していないので、初めて登場した瞬間は困惑するが、だいたい実践によって用途を示すようになっており、疑問を残さない。

 何より、ふんだんに織りこまれた花鳥風月が素晴らしい。大仰に見せるのではなく、行動の背景として丹念に描かれているから、その息吹が実感できる。終盤、夜泣谷に着いたあとで、愛子がイヤフォンを外して自然の音色に耳を傾ける場面など、必要なところでは印象的な描写を組み込んでいるのもいい。ところどころ、VFXによる加工が行きすぎている、と感じられるところもあるが、ストーリー面の単純化や敢えて誇張する手法などからすると、変にリアルにするよりも合っている。

 監督の滝田洋二郎といえば、世界的に高い評価を受けた『おくりびと』も手懸けている。奇跡的な傑作に仕上がったあちらと較べてしまうのは致し方ないところだし、どうしても見劣りしてしまうのも事実だが、自然や題材を誠実に描く姿勢と、作品全体に漂う優しさ、心癒される空気は共通している。現代的な技術や手法を用いながら、昔懐かしい日本映画の手触りを再現した、本篇もまた快い佳品である。

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