『PERFECT DAYS』

TOHOシネマズ錦糸町 オリナス、スクリーン5入口脇に掲示された『PERFECT DAYS』チラシ。
TOHOシネマズ錦糸町 オリナス、スクリーン5入口脇に掲示された『PERFECT DAYS』チラシ。

監督:ヴィム・ヴェンダース / 脚本:ヴィム・ヴェンダース、高崎卓馬 / 製作:柳井康治 / エグゼクティヴプロデューサー:役所広司 / プロデュース:ヴィム・ヴェンダース、高崎卓馬、國枝礼子、ケイコ・オリビア・トミナガ、矢花宏太、大桑仁、小林祐介 / 撮影:フランツ・ラスティグ / 編集:トニ・フロシュハマー / リレコーディング・ミキサー:マティアス・ランパート / インスタレーション撮影:ドナータ・ヴェンダース / インスタレーション編集:クレメンタイン・デクロン / 美術:桑島十和子 / スタイリング:伊賀大介 / ヘアメイク:勇見勝彦 / キャスティングディレクター:元川益暢 / VFXスーパーヴァイズ:カレ・マックス・ホフマン / 出演:役所広司、田中泯、中野有紗、柄本時生、アオイヤマダ、麻生祐未、石川さゆり、三浦友和、田中郁子、水間ロン、渋谷そらじ、岩﨑蒼維、嶋崎希祐、川崎ゆり子、小林紋、原田文明、レイナ、三浦俊輔、古川がん、深沢敦、田村泰二郎、甲本雅裕、岡本牧子、松居大悟、高橋侃、さいとうなり、大下ヒロト、研ナオコ、長井短、牧口元美、松井功、吉田葵、柴田元幸、犬山イヌコ、モロ師岡、あがた森魚、殿内虹風、大桑仁、片桐はいり、芹澤興人、松金よね子、安藤玉恵 / 配給:Bitters End
2023年日本、ドイツ合作 / 上映時間:2時間4分
2023年12月22日日本公開
公式サイト : https://www.perfectdays-movie.jp/
TOHOシネマズ錦糸町 オリナスにて初見(2024/1/4)


[粗筋]
 スカイツリーを臨む下町の風呂なしアパートで暮らす平山の日々は、《The Tokyo Toilet》の職員として、東京・渋谷界隈の公衆トイレを清掃して回る業務に携わっている。
 仕事は基本、ひとりきりだ。最近入ってきたタカシ(柄本時生)という若い同僚はいい加減な性格で、遅刻もするが、次第に慣れてきたようで、平山も安心してシフトを委ねられるようになってきた。
 多くの公衆トイレを綺麗にすると、アパートの前の駐車場にワゴンを駐めて、業務は終わる。銭湯で汗を流し、ひとっ風呂浴びたあとで、浅草地下街にある行きつけの飲み屋でチューハイとつまみを嗜むと、隅田川を渡り我が家へ帰る。布団に横になって、読みさしの本のページを繰り、眠気が募れば、老眼鏡と本を傍らに重ねて眠りに就く。
 まるで型に嵌めたように、同じような毎日を繰り返す平山だが、些細だが変化はある。その日、タカシは最初に落ち合う現場に、アヤ(アオイヤマダ)という女性を伴ってきた――


TOHOシネマズシャンテが入っているビル外壁にあしらわれた『PERFECT DAYS』キーヴィジュアル。
TOHOシネマズシャンテが入っているビル外壁にあしらわれた『PERFECT DAYS』キーヴィジュアル。


[感想]
 誰もがドラマティックに生きているわけでも、生きたがっているわけでもない。そして、たとえ傍目には同じような繰り返しの中を生きている人にも、その人だけのドラマがあり、その人だけが知る輝きがある。
 本篇はまさに、そういうイき方をする人物の、数日間を切り取った物語だ。
 ものごとを安易にランク付けしてしまうひとびとにとって、主人公である平山の暮らしぶりは“底辺”に映るかも知れない。年老いて風呂のないアパートにひとり暮らし、仕事は渋谷界隈の公衆トイレの清掃。毎日、同じ時間に起き出し、作業車に乗って現場を巡り、同じ神社で休憩する。仕事を済ませたら、本部に連絡だけして自宅に直帰し、同じ店で晩酌を楽しんだあとは、布団の上で本を読み、おもむろに眠りに就く。休日は馴染みのスナックに赴き、寝しなに読む本を買うために古本屋に赴く、というのもパターン化しており、その生活には贅沢さも華やかさもない。
 だが、平山の姿には、他人が勝手に想像するような寂しさも侘しさもない。決まり切った日常のなかにときどき介入する変化に翻弄されながらも、その変化や、毎日眺める神社の木漏れ日を愛でている。見ていても、このひとは満たされている、と感じるのだ。
 本篇は、この穏やかで輝くような日常の表現が実に巧みだ。移動中の車内でかけるカセットテープを選び、それが気分に合っていたときの満たされたような笑み。清掃の仕事中に利用者が現れ、待っているときでさえも、平山は人びとの表情や些細な変化に喜びを見出しているのが解る。若い同僚に身勝手な提案をされ、手持ちの金をすべて貸す羽目になっても、平山にそのことを引きずる様子はない。通り過ぎていくものを見送り、そこにあるものを見つめるその眼差しは、ひたすらに穏やかで優しい。
 むろん、平山がこうした生き方を選ぶには理由やきっかけがあったはずだ。劇中では明白にされないが、姪のニコ(中野有紗)が登場するくだりで、家族との難しい関係性が仄めかされている。そこから窺える平山の如何にも現代的な背景も絶妙だが、そこに滲む情感は、平山が家族に対して情愛や配慮を抱きながらも、いま手に入れた日々を愛おしんでいるk がなおさらに感じられるのだ。
 その一方で平山は、時間が無情に過ぎていき、結果として変化が訪れるであろうことも自覚している。日々、交流する人びととの会話からもそれは滲んでいるが、特に如実になるのは、終盤で登場する友山(三浦友和)という人物との会話だ。やや気まずい状況で出会ったこの人物との会話は、刹那的な出会いであればこそ、他の人物との会話よりも踏み込んだ言葉が出てくる。劇中で切り取られた会話の最後に出てくる平山の述懐には、平山の諦念と願いが混ざりあっているようで、深く沁みてくる。
 それにしても素晴らしいのは役所広司である。他の登場人物もいるし、ちらっと登場する人物も含め、なかなかに存在感の強い配役がされているが、全篇を通して中心にいるのは役所広司が演じる平山である。そのくせ言葉数は少なく、本意をろくに語ることのないこの人物の人間性を、見事なまでに表現しきっている。鑑賞中、恐らく多くの観客が役所広司という名優であることを忘れ、“平山”という人物として眺め、魅せられてしまうはずだ。
 本篇はドラマとしてのシンプルかつ豊かな作りもさることながら、映像だけを観ても質が高い。東京という街の狭さと、様々な生き方の凝縮された広がりを感じさせながら、すべてのシーンが美しく目を惹かれる。外国人監督が日本を舞台に撮ったときの違和感は皆無に近く、それでいて他の邦画には見られない瑞々しさのある映像だ。だが、その価値を高めているのは、平山というキャラクターを完璧に、魅力的に演じきった役所広司の功績と言っていいだろう。
 本篇のキャッチコピーは“こんなふうに/生きていけたなら”。この物語が多くの観客にもたらすであろう感情を言い表した、的確な文句だと思う。当人も観ている者も、この日々がずっと変わりなく続くことは信じていない。けれど、まるで悟りの境地に至ったような生き様が美しく、羨ましく映る、極上の映画である。

 上では触れられなかったが、本篇は音楽も魅力的だ。
 独自の音楽は用意していないが、その代わりに平山が移動中に聴くカセットテープ、という体裁で、1970年代前後の海外のロックや、近年は“シティポップ”と呼ばれ海外でも人気を博している日本の音楽が多く採りあげられている。平山がそのときのシチュエーションや気分に合わせて選んでいる、という設定もあって、恐ろしくしっくりと馴染む。この優れた選曲もまた本篇の魅力のひとつだと思う。
 とりわけ痺れるのは『The House of The Rising Sun』だ。アメリカを代表するフォーク・ソングであり、多くのミュージシャンが演奏している。劇中では、とりわけ著名なアニマルズによる演奏を採り上げているが、そのあとで何と、石川さゆりによる日本語詞での歌唱を聴くことが出来る。
 石川さゆりは本篇で、平山が休日に通うスナックのママとして登場しており、平山とは多く絡まないが、クライマックスの重要な見せ場に繋がる立ち位置にある。その存在感を強調するための趣向、とも考えられるが、現役の演歌歌手の最高峰、と言っていい彼女がゲストとして出演してくれるなら、このくらいの見せ場は必要、と判断したのかも知れない。しかもこの場面、客としてギターの伴奏を務めているのが、1970年代から活躍するフォーク・シンガーのあがた森魚なのだから尚更にたまらない。
 演歌歌手としての歌い方ではなく、まるでブルースのような情感を帯びた歌唱は、間違いなく本篇の価値をもう一段階高めている。出来ることなら、この演奏も含めたサウンドトラックをリリースしてほしいくらいだ――このくだりは単独の音源としてではなく、その場で演奏したものと思われるので、仮にサントラが発売されたとしても、収録される可能性は低そうだが。


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