『一度死んでみた』

TOHOシネマズ上野、スクリーン1入口脇に掲示されたチラシ。
監督:浜崎慎治 / 脚本:澤本嘉光 / 製作:大角正、石原隆 / プロデューサー:吉田繁暁、松崎薫、永江智大、山邊博文 / 共同プロデューサー:中居雄太、岡田翔太 / 撮影:近藤哲也 / 照明:溝口知 / 美術:児嶋伸介 / 装飾:酒井拓麿 / 編集:小池義幸 / 録音:反町憲人 / サウンドデザイン:浅梨なおこ / 音楽:ヒャダイン / 出演:広瀬すず、吉沢亮、堤真一、リリー・フランキー、小澤征悦、嶋田久作、木村多江、松田翔太、、佐藤健、池田エライザ、竹中直人、加藤諒、でんでん、西野七瀬、城田優、原日出子、志尊淳、古田新太、大友康平、柄本時生、前野朋哉、清水伸、真壁刀義、本間朋晃、森下能幸、おかやまはじめ、湯浅卓、眞鍋かをり、芹澤興人、駒木根隆介、稲川実代子、永井若葉、カトウシンスケ、池上孝平、安藤ニコ、鈴木つく詩、隆生 / 制作プロダクション:geek sight inc. / 配給:松竹
2020年日本作品 / 上映時間:1時間33分
2020年3月20日日本公開
公式サイト : https://movies.shochiku.co.jp/ichidoshindemita/
TOHOシネマズ上野にて初見(2020/04/02)


[粗筋]
 野畑七瀬(広瀬すず)は父の計(堤真一)を激しく嫌っている。母の百合子(木村多江)が亡くなって以来、父子ふたりだけで暮らしているが、一緒に洗濯しないどころか洗濯機も別々にしている。製薬会社の社長である計は娘にあとを継いで欲しいと願い、幼い頃から英才教育を施してきたが、その反動で七瀬はデスメタルバンド“魂ズ”の活動に情熱を注いでいた。
 ライブで父の不平不満をぶつけて“一度死んでくれ”と熱唱し続けていたら、突如としてその願いが叶ってしまった。父が急死した、という報せが届いたのである。しかも遺言によって野畑製薬の次期社長に七瀬が指名されていた。
 しかし、この出来事には裏があった。野畑製薬は経営状況が悪化しており、ライヴァル会社のワトソン製薬に買収を仕掛けられている。その窮地を打開するために、野畑製薬の研究室は若返り薬“ロミオ”の開発を進めていたが、その過程で研究室の藤井(松田翔太)が2日間だけ死んで生き返ることが出来る薬“ジュリエット”を完成させていた。かねてから“ロミオ”開発の進捗がワトソン製薬に漏れていたことを懸念していた計は、スパイを炙り出すための策として自ら“ジュリエット”を試し、死んでみることにしたのである。
 そうとは知らない七瀬は、自分の言霊が父を死に追いやった、と思いこんで後悔する。父の命令で、七瀬をずっと監視していた松岡卓(吉沢亮)に事情を説明され拍子抜けするが、しかし話はそれで終わらなかった。
 どういうわけか、計は葬儀なしのまま、2日後の午前11時には火葬場で荼毘に付されることになった。計が薬を飲んだのは午後2時のため、このままでは蘇る前に本当に死んでしまう。
 果たして七瀬は、大っ嫌いな父をあの世から連れ戻すことが出来るのか――?


[感想]
 パンフレットによれば、そもそもの着想のきっかけは、「一番してみたいけど絶対に出来ないのは、自分の葬式を見ること」とい先輩の言葉だったらしい。それだけならばちょっとした思いつきに過ぎないが、本篇はそこに多くのひねりや膨らみをつけて、独自性に富んだコメディへと昇華させている。
 確かに本篇には、死んだ人間が自分の葬儀を見守る、というくだりも挿入されているが、完成された物語のなかでは決して大きな要素となっていない。そのまま死んで終わり、ではコメディとして処理しづらい、といった判断のうえで、“ちょっとだけ死ねる薬”というアイテムを持ち込み、復活を保証したことで、一気に作品世界がいい具合に膨らんでいったのではなかろうか。
 このユニークな着想から、本篇は様々なシチュエーションを作り出し、それをいちいち笑いへと還元している。睡眠薬代わりに使っている開発者、様々な臨死体験者が語る“三途の川”の光景を巧みにイジったくだり、そしてその薬の存在そのものに絡んでくる陰謀絡みのドタバタ。映画としてはコンパクトな尺なのだが、そこに無駄なく、しかし適切な分量でネタを詰めこんでいる。
 本篇の監督はauの“三太郎”シリーズに“ヒノノニトン”、家庭教師のトライのCMを手懸け、脚本家はSoftbankの“白戸家”シリーズを生んだ人物、という組み合わせで、それゆえ両者のCMに出演していた俳優を中心として、ちょっとした端役にも豪華な役者を起用している。佐藤健や古田新太など、本当に名の通った役者がちょこっとだけ登場して、しかもそれぞれきちんとキャラが立っているのに感心してしまう。むろん本筋に繋がりはないキャラクターも多いのだが、美術も含め、細部まで遊び心を鏤めているのも、本篇のコメディとして優秀な点だ。
 それでいて、伏線とその回収の緻密さにも唸らされる。見え見えのものも多いのだが、ただのくすぐりかと思っていたモチーフや状況があとあとの展開で貢献する、というものもあり、それがまた新たな驚きや笑いを生む。ちょっとした謎解きも仕掛けられていて、スラップスティック・ミステリの趣さえあるのだ。
 医師の診察なしに死亡が判定されたり、遺体が食堂に安置されたり、などなど現実に照らし合わせればありえない状況、展開も随所に見られるのだが、それが気にならないのは、矢継ぎ早に繰り出される趣向の多さ、そしてそれがきっちりと笑いに転換する呼吸の良さゆえだろう。ここまでテンポが良く、話を練り上げてあると、不自然さも狙いのうちになる。
 基本的に楽しい話に徹しつつ、あちこちに胸を熱くさせる描写があるのも抜かりない。主に七瀬と父の関係を巡るものだが、最後に若干取って付けたように盛り込まれる訴えは意外と侮りがたい――特に本篇を劇場公開当時に見ていると頷かされ、そして真面目に職務を果たそうとする製薬会社のひとびとを応援したくなる。
 しかし最後まで決して説教臭さはない。現実を想起させるものも鏤めながら、ひたすら観る者を楽しい気分にすることに徹した、良質のコメディ映画である。一部のシチュエーションにやや危なっかしさはあるけれど、どうしようもなく鬱いだ気分になっているときに観るにはちょうどいい。


関連作品:
バケモノの子』/『銀魂2 掟は破るためにこそある』/『ALWAYS 三丁目の夕日’64』/『ぐるりのこと。』/『万引き家族』/『引っ越し大名!』/『カイジ2 人生奪回ゲーム』/『陽気なギャングが地球を回す
ロミオとジュリエット(1968)』/『ゴースト/ニューヨークの幻』/『少年メリケンサック』/『デトロイト・メタル・シティ』/『[リミット]

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