『ミミック(1997)』


『ミミック』Blu-ray Disc(Amazon.co.jp商品ページにリンク)。

原題:“Mimic” / 原作:ドナルド・A・ウォルハイム / 監督:ギレルモ・デル・トロ / 脚本:ギレルモ・デル・トロ、マシュー・ロビンス / 製作:オーレ・ボールネダル、B・J・ラック、ボブ・ワインスタイン / 製作総指揮:マイケル・フィリップス / 撮影監督:ダン・ローストセン / プロダクション・デザイナー:キャロル・スピアー / 編集:ピーター・デヴァニー、パトリック・ルシエ / 衣装:マリー=シルヴィー・デヴォー / キャスティング:ケリー・バーデン、スザンヌ・クロウリー、ビリー・ホプキンス / 音楽:マルコ・ベルトラミ / 出演:ミラ・ソルヴィーノ、ジェレミー・ノーザム、アレクサンダー・グッドウィン、ジャンカルロ・ジャンニーニ、チャールズ・S・ダットン、ジョシュ・ブローリン、F・マーリー・エイブラハム、アリックス・コロムゼイ、ジェイボン・バーンウェル、ジェームズ・コスタ、ノーマン・リーダス / 初公開時配給:松竹富士 / 映像ソフト日本最新盤発売元:Warner Home Entertainment
1997年アメリカ作品 / 上映時間:1時間45分 / 日本語字幕:? / R15+
1998年1月24日日本公開
2012年2月8日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|Blu-ray Disc:amazonPrime Video]
Blu-ray Discにて初見(2021/2/23)


[粗筋]
 近未来のマンハッタン。幼年者を蝕む《ストリックラー病》の蔓延に歯止めをかけるべく、その力を求められたのは、昆虫学者のスーザン・タイラー博士(ミラ・ソルヴィーノ)だった。
《ストリックラー病》はゴキブリを媒介として拡散することが判明している。そこでスーザンは、複数の昆虫の遺伝子を融合し、ゴキブリの天敵を作り出した。《ユダの血統》と名付けられた新種は見事に効果を発揮し、感染源を一挙に駆逐、瞬く間に《ストリックラー病》は終息へと向かっていった。
 それから3年後。住所不定のひとびとを迎え入れていた教会で、感染病の蔓延が確認された。しかし、ひとびとを受け入れていたはずの牧師の姿はなく、教会には謎の生物の排泄物があちこちに残っている。ピーター・マン博士(ジェレミー・ノーザム)はCDCの調査員ジョシュ(ジョシュ・ブローリン)とともに現地に赴き調査するが、その正体は掴めなかった。
 同じ頃、スーザンは子供が持ち込んだ昆虫の中に、異様な個体を発見する。その特徴を観察したスーザンは、恐るべきことに気づく。その個体は、彼女自身が開発した《ユダの血統》と同じ性質、DNAを保有していたのだ。
 感染源根絶のために開発された《ユダの血統》に繁殖能力はなく、180日で死ぬはずだった。だが、スーザンの元に届けられたものは幼生――つまり、既に繁殖している可能性がある。
 公私に亘るパートナーであるピーターを伴い、スーザンは幼生が発見された地下鉄の駅を独自に調査する。しかし、事態は既に、彼女の予想を遥かに超えて進行していた……


『ミミック(1997)』予告篇映像より引用。
『ミミック(1997)』予告篇映像より引用。


[感想]
 ざっくりと検索をかけた程度では当時の事情を調べきれないので、これはあくまで推測だが、初長篇『クロノス』が評価されたことにより、間もなくギレルモ・デル・トロ監督にハリウッドから声がかかったのだろう。そうして監督として初めてメジャー作品に携わったのが本篇だった、と考えられる。
 上にプロデューサーが存在する以上、監督として現場の指揮を執る一方、決してすべての場面で意向が通るわけではない。ましてこれがメジャースタジオで手懸けるはじめての作品であれば尚更だ。第1作に比べれば、作家性が薄れてしまうのも必然と言える。後年の、作風を確立した作品群と比較すると、情緒も奥行きも不足しているように感じるのは、そのせいだろう。
 だが、そうした背景があった、と推測すれば、制約が強い状況でも堅実に作品を組み立て、えぐみや作家性を盛り込んできたギレルモ・デル・トロという監督は、初期からなかなかにしたたかな作り手だった、と言える。
 もととなった小説が存在しているのも大きいのかも知れないが、設定や展開に大きな破綻がない。感染病の対策として開発された昆虫、という設定をきちんと踏まえて膨らんでいく脅威と、そこにしっかりと立脚した対抗策。《ユダの血統》と名付けた新種を自ら開発した研究者が視点人物に加わっていることで、不可解な脅威にただただ戦くだけでなく、その特性を承知しているからこその恐怖やサスペンスも演出している。
 発達障害があるがそれゆえに優れた観察眼を持つ少年チューイ(アレクサンダー・グッドウィン)や、好き勝手に行動しようとするスーザンたち研究者に反発しつつも、地下鉄の設備に対する知識で貢献する警備員レナード(チャールズ・S・ダットン)など、人物の設定・配置もまた絶妙だ。それぞれに得意分野があり、その個性にきちんと意味を与えられているため、物語の中でまったく機能しない人物が存在しない。誰かが誰かの行動原理になっていたり、誰かが別の誰かの行動を促したり、と実に巧く組み立てられている。
 その一方で、人物の扱いになかなか容赦がない。昨今は、闇雲に殺さない、犬や猫などはなんとなく生き残るような優しさ、神経の細い観客への配慮みたいなものもしばしば窺えるのだが、本篇は、そうした作品ならばとりあえず見逃してくれるような人物でも油断を許さない。ある意味、人間に対するこの公平さが、本篇の怖さを決定づけている。
 段階的に明確となっていく脅威、スーザンという解説者の存在によりその脅威を把握させることで、気配に恐怖させつつも積極的に立ち向かっていく昂揚感も作り上げる。突然飛び出してくる類の虚仮威しも織り交ぜつつ、緩急自在に観客を翻弄するので、目が離せない。極めて明快なクライマックスまで、残酷だが見事なエンタテインメントとしてまとまっている。
 作家性が薄い、と記したが、しかしそれでも、後年のデル・トロ作品に繋がる個性、風味は確かに感じる。たとえば発達障害の少年の立ち位置は、その後、クリーチャーの感情に寄り添っていく趣向を先取りするような描写がある。地下鉄駅で靴磨きをして生計を立てるマニー(ジャンカルロ・ジャンニーニ)曰く「特別な子供だから」という理由で学校に通っていないチューイについて、本篇で過剰に踏み込むことはしていないが、その背景や、彼を巡る展開に、後年のデル・トロ作品に頻出する社会的弱者への親密な視線が垣間見える。また、パートナーであるピーターとのあいだに子供を望みながらも恵まれないスーザンが、自ら開発し、想定を越えて繁殖してしまった新種と対決する、という構図の持つ毒も、後年のデル・トロ監督作品にある情緒に繋がるものを感じさせる。
 後年の作品と比較すると、生理的嫌悪をストレートに誘う昆虫の表現はどうしても受け付けられないひとがいそうだし、容赦なく犠牲を出す一方であまりにも綺麗に決着してしまうことに物足りなさを感じる向きもあるだろう。しかし、ジャンル作品に求められる面白さをきっちり拾い、自らの作家性も鏤めつつまとめ上げた手腕は否定しようもない。長篇2作目だが、初期からデル・トロ監督が職人的な資質を持っていたことを窺わせる1篇である。


関連作品:
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