『隠し砦の三悪人』

TOHOシネマズ日本橋、エレベーター正面に掲示された『隠し砦の三悪人』上映時の『午前十時の映画祭11』案内ポスター。
TOHOシネマズ日本橋、エレベーター正面に掲示された『隠し砦の三悪人』上映時の『午前十時の映画祭11』案内ポスター。

監督:黒澤明 / 脚本:菊島隆三、小国英雄、橋本忍、黒澤明 / 製作:藤本真澄、黒澤明 / 撮影:山崎市雄 / 照明:猪原一郎 / 美術:村木与四郎 / 美術監修:江崎孝坪 / 振付:県洋二 / 剣術指導:杉野嘉男 / 流鏑馬指導:金子家教、遠藤茂 / 録音:矢野口文雄、下永尚 / 音響効果:三縄一郎 / 音楽:佐藤勝 / 出演:三船敏郎、千秋実、藤原釜足、上原美佐、藤田進、樋口年子、志村喬、三好栄子、藤木悠、土屋嘉男、高堂国典、加藤武、三井弘次、小川虎之助、上田吉二郎、冨田仲次郞、田島義文、沢村いき雄 / 配給&映像ソフト発売元:東宝
1958年日本作品 / 上映時間:2時間19分
1958年12月28日日本公開
午前十時の映画祭11(2021/04/02~2022/03/31開催)上映作品
2015年2月18日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD VideoBlu-ray Disc]
TOHOシネマズ日本橋にて初見(2021/10/05)


[粗筋]
 時は戦国時代。百姓の太平(千秋実)と又七(藤原釜足)は立身出世を夢見て秋月家の兵となるが、山名家との戦いでは何ら結果を残すことも出来ず秋月家は敗北してしまう。屍体を埋める仕事がイヤで逃げ出したが、山名領と秋月領の国境には関所が設けられており、とうてい越えられない。それぞれに策を弄して脱出を試みるが、こんどは埋蔵金発掘を手伝わされる羽目に陥った。
 労働者たちの暴動に紛れて脱出した太平と又七は盗んだ米を炊こうとして、焚きつけの薪に、秋月家の家紋が入った金の延べ板が隠されているのを発見する。どうやらそれは、山名家が血眼になって探している、秋月家の隠し財産の一部らしかった。分け前でふたりが揉めていると、忽然と現れた百姓らしき男が同じ家紋の入った延べ棒を示し、更に多くの金がある場所を知っている、と言う。
 太平と又七が導かれたのは、どうやら秋月家の隠し砦と思しき場所だった。そこから奥に入った泉のなかに、確かに大量の金塊が仕込まれた薪が沈んでいる。とうていひとりやふたりでは運びきれない量を、自分とともに運ぶなら、山分けしてもいい、と男は言う。
 この得体の知れぬ男の名は真壁六郎太(三船敏郎)。秋月家の侍大将であり、どうにか生き延びた姫君・雪姫(上原美佐)とともに同盟国である早川領へ移り、お家再興の機を窺うつもりであった。太平と又七は、知らずのうちに、極めて重要で危険な任務を帯びて国境越えをする羽目になっていた――


[感想]
 黒澤明と三船敏郎という、国際的な日本映画の地位を著しく向上させたコンビの代表作のひとつである。黒澤監督のキャリアの中では、製作費の膨張から監督自身が製作に名を連ね、他の制作者とともにリスクを負うシステムに移行したきっかけとして、ひとつのターニングポイントにもなっているようだが、そういう背景に頓着なく、後世の人間の目で鑑賞すると、やはり少々古さが目につく――事実古いのだが、『羅生門』や『七人の侍』が未だ色褪せていないことと比較すると、見劣りは否めない。
 最大の要因は、ワンシーンワンシーンが冗長に感じられる点にある。日本に限らず、古い映画には多いことだが、アングルを変えず長回しで撮ったり、間をたっぷりと取っているために全体の尺が伸びてしまっている。事実、そうした側面は『七人の侍』や『赤ひげ』にもある。但しあちらは間の長さと表現しようとする情感の匙加減が一致していたので、冗長な印象は受けなかったのに対し、本篇は場面場面の意義、面白さを満たしたあとも描写が続く。それが全体の冗漫さに繋がっているように思う。
 そしてもうひとつ引っかかるのが、タイトルに掲げられた“三悪人”である。実質主人公である太平と又七は、小物ながらも確かに悪人と言えなくもない。だが、もうひとりの“悪人”とは誰だろうか。普通に考えれば、腹に一物のある六郎太が該当する、と考えるべきなのだろうが、個人的に、この男を“悪人”と捉えるのは厳しい、と思う。彼なりに狙いがあって、その目的のために太平と又七を操る様は確かに“悪人”めいているが、しかし彼なりに信念があり、そこに私利私欲はほとんど感じられない。そしてエピローグではきちんとあがなってもいる。この時代に生きる男の強かさを体現したような人物像に“悪人”とつけるのが、どうにもしっくり来ないのだ。そのための振る舞いはだいぶあくどいので、“悪人”という表現も可能だろうが、そこに引っかかって気持ちに靄が残るかも知れない。
 しかしその一方で、作品自体の価値は今もなお損なわれていない。そう感じる何よりの理由は、未だに本篇のような着眼点で作られた傑作が思いつかない、という一点に尽きる。
 戦国時代を舞台にした映画、フィクションは多々あれど、功名心に駆られて戦に参加しながら敗北、逃走した百姓、というキャラクターを視点人物とした作品はほとんど思い出せない。無名の人物が成り上がっていく、という主題のなかでならともかく、最後まで本質的に小物のままで終わる、そしてそれが面白い作品というのは間違いなくいまも稀だ。
 また、勝利した軍が敗北した軍をどのように扱うか、を圧倒的な質と量で描きだした作品としても未だ貴重だ。どこかに隠されているはずの軍資金を掘り出すべく、敗残の兵を人足として、入れ換えながらこき使う。作業に向かう者と休む者、その群衆が交錯するさまや、突如として起きる蜂起。戦国時代を題材にした映画は近年も頻繁に作られているが、こんなにもリアルで泥臭い場面は観た覚えがない。
 そして、人間の動きも実に生々しい。娯楽作品では、どれほど利己的、独善的に振る舞っていても、最後には自己犠牲も厭わず他者に奉仕したりすることが多いが、本篇の太平と又七は、善良な一面を覗かせつつも保身や欲望には正直だ。終盤、ちょっと美談じみた流れになりそうだったところへ、突然の状況の変化で露骨に言動を翻すあたりが実に楽しい。
 設定や描写、人物像も未だ異色なので、展開が読めない。いちおう主演は三船敏郎となっているが、三船演じる六郎太と関係者たちはむしろエンタテインメントの典型となっていて驚きはないのだ。本篇は、その姑息さも善良さも偽りのない太平と又七というキャラクターがあるから、未だ唯一無二の魅力を発揮している。
 黒澤監督作品のトップにはなれないが、しかしその独創性と質の高さを証明する作品であり、類い稀な代表作のひとつであることは揺るぎない。


関連作品:
野良犬』/『羅生門』/『七人の侍』/『用心棒』/『椿三十郎(1962)』/『天国と地獄』/『赤ひげ
姿三四郎』/『生きる』/『日本のいちばん長い日<4Kデジタルリマスター版>(1967)』/『砂の器』/『八甲田山<4Kデジタルリマスター版>』/『私は貝になりたい(2008)
男はつらいよ 知床慕情』/『東京暮色』/『ゴジラ(1954)』/『奇談』/『麦秋』/『悪魔の手毬唄(1977)』/『早春(1956)
スター・ウォーズ episode I/ファントム・メナス 3D』/『BALLAD 名もなき恋のうた』/『一命

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