『椿三十郎(1962)』

TOHOシネマズ日本橋、通路に掲示された案内ポスター。(※『午前十時の映画祭9』当時) 椿三十郎 [Blu-ray]

原作:山本周五郎『日日平安』 / 監督:黒澤明 / 脚本:黒澤明小国英雄菊島隆三 / 製作:田中友幸菊島隆三 / 撮影:小泉福造、斎藤孝雄 / 美術:村木与四郎 / 照明:猪原一郎 / 録音:小沼渡 / 整音:下永尚 / 音楽:佐藤勝 / 剣技指導:久世竜 / 出演:三船敏郎仲代達矢加山雄三小林桂樹藤原釜足、土屋嘉男、田中邦衛、団令子、伊藤雄之助平田昭彦入江たか子清水将夫久保明、太刀川寛、江原達怡、小川虎之助、堺左千夫、松井鍵三、樋口年子、波里達彦、佐田豊、清水元、大友伸、広瀬正一、大橋史典 / 配給&映像ソフト発売元:東宝

1962年日本作品 / 上映時間:1時間36分

1962年1月1日日本公開

午前十時の映画祭9(2017/04/01〜2018/03/23開催)上映作品

2015年2月18日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazonBlu-ray Discamazon]

TOHOシネマズ日本橋にて初見(2018/7/10)



[粗筋]

 とある寂れた社殿に、集うは九名の若侍。藩の次席家老・黒藤(志村喬)と国許用人・竹林(藤原釜足)が汚職を働いていることを察知し、この若き正義漢たちは粛正の嘆願書を編み、うちの一名・井坂伊織(加山雄三)が代表となって、彼の伯父で城代を務める睦田(伊藤雄之助)に上申することとなったが、“顔の長い狸”と評される睦田は逆に伊織を諫め、この件は伏せておくように、と言って嘆願書を破いてしまった。さては睦田こそ首謀者か、と合点して憤った伊織は、切れ者と評判の大目付・菊井(清水将夫)に頼ったところ、困った顔をしつつも自分が何とかしようと請け負い、嘆願に署名した面々を集めておくように指示した。

 さすがは菊井様、これで城下の憂いを払拭できる、と歓喜した若侍たちであったが、そんな彼らに、思わぬところから水を差す者がいた。社殿を木戸賃なしの旅籠代わりに利用していたというこの浪人(三船敏郎)、若侍たちの話を盗み聞きして、それは胡散臭いと言い放つ。上申された嘆願をいちど伏せようとした城代は寧ろ善人であり、菊井こそ首謀者である可能性が高い、と。まさか、と動揺する若侍たちであったが、浪人の言葉は現実によって証を立てられた。気づけば社殿は、菊井の手の者によって包囲されていたのである。

 もはやこれまで、と決死の覚悟で刀を手に取り飛び出そうとした伊織たちを、浪人は制した。代わりに飄然と、包囲する侍たちの前に現れると、殺気立つ一同を軽くあしらってしまう。軍勢の指揮を執っていた室戸半兵衛(仲代達矢)はその僅かな立ち居振る舞いに、浪人が容易ならぬ手練れであることを悟ると、“誤解”を詫び大人しく部下を引き上げさせるのだった。

 運良く難を免れた若侍たちであったが、この有様では睦田の身にも危険が迫っているのは自明である。何とか助けねば、と気持ちばかりが逸る伊織たちに、浪人が見かねたように声をかけた。自分も一緒に行ってやろう、と。

 案の定、睦田邸には既に菊井の手の者が殺到していた。見張りの者に酒肴を命じられて外出していた腰元のこいそ(樋口年子)を物陰に匿い事情を訊ねると、睦田は既によそへと移され、邸内には睦田の家内(入江たか子)と娘の千鳥(団令子)が虜となっているということだった。浪人はこいそに酒を持って戻るように頼み、見張り番たちを酔わせたのちに潜入、ふたりまでを斬り捨てると、木村(小林桂樹)という武士を捕らえると共に、睦田の家内と千鳥とを首尾良く奪還する。

 だが、こうしているあいだにも伊織らの頼みの綱である睦田の命は危険に晒されている。ようやく“椿三十郎”と名乗った浪人を含む十名は、如何にしてこの危難を乗り越えるのか……?

[感想]

 前年に公開された『用心棒』の好評を受けて製作された、続篇的位置づけの作品である。

 ただし、その場しのぎと思しい“三十郎”を名乗る浪人しか共通する登場人物はおらず、被っているほかの出演者はすべて役柄が異なっているので、『用心棒』を観なくとも充分に楽しめる。恐らくはそこも、製作者の狙いのひとつだろう。前作を踏襲するなら、それ単体で成立する娯楽映画であるべきなのだから。

 若い侍たちが古い社殿に集まって談合をしている場面から始まるが、まず中心人物である浪人の登場のくだりから観る者の意表をつき、関心を惹く。そして、盗み聞きしていた話の内容から背景を巧みに推理してみせると、直後に訪れる危機では見事な立ち回りで侍たちを救う。この冒頭だけで、浪人の図抜けた才覚が明確に解り、そして観客の心を鷲掴みにしてしまう。

 そしてここからずっと本篇は、この急激なテンポを乱すことなく話を転がしていく。絶妙なのは、“椿三十郎”と名乗った浪人の策がすべてハマるわけではなく、ちゃんとピンチが細かに訪れることだ。浪人を信じ切れない若侍たちの軽挙妄動で状況が悪化することもあれば、悪漢たちに先手を打たれたり、ギリギリの駆け引きを求められる場面も訪れる。ひとくちにピンチと言ってもそれぞれに種類が異なり、最後まで観る側に予断を許さない。だいぶ前ではあるがリメイク版を先に鑑賞していて、朧気にストーリーを覚えていた私でも、最後まで惹きつけられたのだ。アイディアや語りの巧さには感服するほかない。

 前作もそうだったように、タイトルロールである三十郎はもちろん、ほかにも魅力的キャラクターが多数、その個性で物語の中に存在感を発揮しているのもポイントだ。前作に比べると三十郎に翻弄されっぱなしのようには映るが、その才覚を早々に見抜き、自らが悪党側であることに自覚的な言動が清々しく映る室戸半兵衛を筆頭に、雁首揃えてだいぶ間が抜けているが義に厚く憎めない若侍たち、夫が疑いをかけられ囚われているにも拘わらず終始泰然として三十郎すら困惑させる奥方、そして城代の行方を白状させるための人質だったはずが気づけば若侍の一派に馴染んでしまう見張り番の木村。それぞれが随所で絶妙に立ち回り、三十郎の計略を予想外のかたちで転がしていく。

 それにしてもこの作品、驚くほどにテンポがいい。冒頭の神社のシーンで観客の心を掴むと、城代の邸宅に監禁された奥方たちの救出、そして次なる一手へと、あれよという間に展開していく。細かく笑いや、僅かな間を差し挟んでくるので、適度な緩急を作り出しつつ、気づけばクライマックスまで辿り着いている。ストーリーの妙もさることながら、工夫を凝らしながらも決して主張しすぎず、ひたすら人物や展開の面白さを引き立てることを徹底しているので、退屈するいとまもなく、そして疲れを感じる暇もない。100分に満たない、黒澤明作品としてはかなり手頃な尺ということもあって、あっという間、という印象さえある。

 その勢いが唯一緩むのが、終盤である。メインの事件は決着しているのだが、総括するような城代の言葉を穏やかに見せたあとで、最後の対決が控えている。しかしこのひと幕がまた、素晴らしく印象深いのである。構えの一歩手前で睨み合い、一瞬の機会を窺う描写。その異様に長く感じられる間のあと、突如として訪れる決着。その鮮烈さゆえに、モノクロで撮影されているにも拘わらず、鮮やかな血の色が瞼に焼きつくかのような感覚さえもたらす。劣勢をものともせずに敵を薙ぎ倒していく様も痛快だが、この対決のシーンは桁違いに鮮烈な印象を残す。恐らくそれは、本筋の展開があまりにスピーディであったのに対し、この直前のくだりだけあえて少しだけテンポを緩めたことが奏功しているように思う。黒澤映画を代表する名場面のひとつだが、『生きる』の“ゴンドラの唄”のシーンが全篇鑑賞したことで初めて活きてくるように、これも本篇のスピード感があってこそ、より鮮烈に映るひと幕なのだ。

 方向性としてははっきりと『用心棒』を踏襲している。しかし、安易に続き物にもせず、前作を観た観客の期待に応えながらもまったく別個の作品として成立するように組み立てられている。観ていてひたすらに痛快、そして噛みしめてみて、改めて作り手の技に舌を巻く傑作である。

 なおこの作品、2007年に森田芳光監督、織田裕二主演でリメイクが公開されている。脚本には一切手を加えない、というスタイルでのリメイクだったため、内容は完璧に一致しているので、当時書いた粗筋を、配役の表記だけ変更してそのまま引用した。……はっきり言って手抜きです。しかしストーリーが完璧に一緒だから出来ることなのでご容赦いただきたい。アレンジが施されてたらこうはいかないんですから。

関連作品:

用心棒』/『椿三十郎(2007)

七人の侍』/『赤ひげ』/『羅生門』/『姿三四郎』/『生きる

助太刀屋助六』/『座頭市 THE LAST』/『東京暮色』/『奇談』/『仁義なき戦い』/『最後の忠臣蔵』/『ニッポン無責任時代』/『ゴジラ(1954)』/『病院坂の首縊りの家』/『浮かれ三度笠

武士の家計簿』/『超高速!参勤交代』/『のみとり侍

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