『エジソンズ・ゲーム』

TOHOシネマズ上野、スクリーン8入口脇に掲示された『エジソンズ・ゲーム』チラシ。
TOHOシネマズ上野、スクリーン8入口脇に掲示された『エジソンズ・ゲーム』チラシ。

原題:“The Current War : Director’s Cut” / 監督:アルフォンソ・ゴメス=レホン / 脚本:マイケル・ミトニック / 製作:ベイジル・イヴァニク、ティムール・ベクマンベトフ / 製作総指揮:アダム・アクランド、ギャレット・バッシュ、ベネディクト・カンバーバッチ、マイケル・ミトニック、アン・ラアーク、マーティン・スコセッシ、アダム・シッドマン、ミシェル・ウォルコフ、スティーヴン・ザイリアン / 撮影監督:チョン・ジョンフン / プロダクション・デザイナー:ヤン・ロールフス / 編集:ジャスティン・クローン、デヴィッド・トラクテンバーグ / 衣装: / キャスティング:エレン・ルイス、セオ・パーク / 音楽:ダニー・ベンシ、サンダー・ジュリアンズ / 出演:ベネディクト・カンバーバッチ、マイケル・シャノン、ニコラス・ホルト、トム・ホランド、キャサリン・ウォーターストン、タペンス・ミドルトン、スタンリー・タウンゼント、マシュー・マクファディン / サニーマーチ/フィルムライツ/サンダーロード・フィルム/バゼレヴス製作 / 配給:KADOKAWA
2019年アメリカ作品 / 上映時間:1時間48分 / 日本語字幕:松浦美奈 / 字幕監修:岩尾徹
2020年6月19日日本公開
公式サイト : https://edisons-game.jp/
TOHOシネマズ上野にて初見(2020/06/23)


[粗筋]
 1879年、“メンロパークの魔術師”と呼ばれた発明家トーマス・エジソン(ベネディクト・カンバーバッチ)は自身の電力会社“エジソン・エレクトリック社”を立ち上げ、メディア向けに大々的なデモンストレーションを実施した。自らが開発した電球を世界中に普及させ、この世から夜を消す、と壮語したエジソンにとって、野望への第一歩だった。
 だがこの頃、電気事業の可能性に着目していたのはエジソンだけではない。エア・ブレーキの開発により巨万の富を得たジョージ・ウェスティングハウス(マイケル・シャノン)である。ウェスティングハウスはエジソンと共同で事業を広げるべきだ、と考え、エジソンを晩餐会に招待するが、エジソンはそれを無視する。エジソンにとっては自身の発明が世界を豊かにすることが第一であり、ウェスティングハウスとの契約がもたらす富に関心はなかった。
 JPモルガン(マシュー・マクファディン)からの出資を得たエジソンは手始めにニューヨークの一角をいちどに電球で照らし出した。このパフォーマンスが奏功し、エジソンの会社はじわじわと半とを拡大していく。
 一方、ウェスティングハウスはエジソンが提言する直流方式では狭い範囲にしか電気を供給できず、地区ごとに発電所を用意しなければならないため、コストが高い事実を知る。そこで、技師のフランクリン・ポープ(スタンリー・タウンゼントとともに、大規模なネットワークに安定した電力供給を維持でき、かつ遙かに低いコストで運営できる交流方式での発電の普及を目指した。
 交流方式は接触による感電事故のリスクが高い、と考えるエジソンはウェスティングハウスの計画を嘲笑するが、ウェスティングハウスが事業を発表したその舞台で、エジソンが開発した電球を用いていたことを知り激怒する。
 エジソンとJPモルガンは特許を確保していた電球の固定部分を理由にウェスティングハウスを訴える構えを取ったが、ウェスティングハウスは特許に抵触しない形状に変更することで訴えを回避、まだエジソン・エレクトリック社の電力が普及していない土地からじわじわと勢力を拡大していく。
 エジソンは交流方式の危険性を喧伝してネガティヴ・キャンペーンを展開するが、次第に資金面で窮地に陥っていく。そんな矢先、更なる悲劇がエジソンを襲うのだった。
 新たなる天才ニコラ・テスラ(ニコラス・ホルト)まで絡んで繰り広げられる仁義なき“電流戦争”、覇者となるのはいったい誰か――?


[感想]
 本篇の描いた時代から150年近く経ったいまでも、文明社会に生きているひとでトーマス・エジソンの名前を知らない、というひとは稀だろう。所持した特許は数百に及び、電話とレコードを開発した、という事実だけでも確実に今後もその名を歴史に刻み続ける人物であることは間違いない。
 本篇はそんなエジソンが、自ら発明した電球を普及させるために立ち上げた電力会社で、同時期に事業を立ち上げた実業家と熾烈なシェア争いを繰り広げた事実をもとに描いたドラマである。
 エジソンというと「天才は1%の閃きと99%の努力である」という名言や、あまたの発明の功績で語られることが多く、聖人君子のような印象を抱いているひとも少なくないと思うが、本篇で描かれるエジソンはむしろ、しばしばひとをひととも思わない言動の目立つ、傲岸不遜な人物像だ。電力普及のために自らの知名度を利用したパフォーマンスを行い、マスメディアに呼びかけて同業者のネガティヴ・キャンペーンを張るあたり、策士と呼べば聞こえはいいが、目的のために手段を問わない冷徹さが透け見える。
 興味深いのは、そんなエジソンと対立したウェスティングハウスが、話を追うにつれて人格者に思えてくる点だ。はじめこそ、利益のためにエジソンをも抱き込もうとするあたりに狡猾さが滲むが、ネガティヴ・キャンペーンに同じ手段で対抗するような真似はせず、一方で従業員には週休二日制を敷いていた事実など、実業家としての理性と先見性がしばしば窺える。ウェスティングハウスが直流ではなく交流を発電のベースに選んだのは、対抗心やコストの問題もあっただろうが、現実的なリスクとの兼ね合いを考慮した結果であった、とも読み取れる。利益も追求しているが、電力をアメリカ全土に普及させる、という意志はエジソンとも共通しており、本篇を“エジソン”の名前に惹かれて鑑賞したようなひとでも、どちらに肩入れしていいか解らなくなるはずだ。
 しかし本篇ではもうひとつ見落としてはならない重要な軸として“資本”にもしばしば言及する。エジソンが広原に無数の電球を灯して行ったデモンストレーションの際、訪れた資本家たちに「小切手の準備は?」と訪ねる冒頭のひと幕が象徴するように、アメリカ全土、ひいては世界へと新たなエネルギーを行き渡らせる計画に資本は欠かせない。既に発明家として知名度は高かったが資金力のないエジソンに対し、ウェスティングハウスは鉄道のエア・ブレーキ技術で富を築いている。それ故に、電力会社の立ち上げでエジソンに後れを取るが、その豊かな資本により一気に発電網を拡大していく。しかし、そんなウェスティングハウスであっても、エジソンが張ったネガティヴ・キャンペーンにより、いちどは発電事業の売却すら考える。如何に投下される資本が大きく、そして世論というものに左右される厄介な事業であったことがこのあたりからも窺える。本篇の原題は“The Current War”、まさに“戦争”だったわけである。
 実際には15年ほどに及んだ電力の覇権争いを、本篇はうまく整理して解りやすく描いており、概略を知るには最適だが、惜しむらくはそれ故に歴史のダイジェスト、豪華なキャストとセットを用いた再現VTRめいた軽さを感じてしまうのが惜しい。時間を跳躍しながらエピソードをはめ込んでいるので、場面場面で集中が途切れ、尺の割にやや間延びしてしまっているのももったいないところだ。
 それでも惹きつけられるのは、メインとなるエジソン役のベネディクト・カンバーバッチとウェスティングハウス役のマイケル・シャノンの説得力に富んだ演技に寄るところが大きい。
 カンバーバッチの演じるエジソンは、実際のエピソードに基づくが故に狷介さが目につき、やもすると好感を損ねるような人物像にも拘わらず、しかしそれ故に単なる聖人君子ではない人間的魅力を発散させている。自らの信念を実現すべく相手の計画に潜む欠陥を意識的に流布するくだりにしても、自らの発明を利用した相手のキャンペーンに激高するくだりにしても、そこには“人間”としてのエジソンが濃厚に表現されている。劇中、彼の行動のなかで最も非道に映るのは、交流の危険性を知らしめるために、自らの名前を伏せてあるアイディアを提供するひと幕だが、自身の信念に反する部分のあるその行為に葛藤するさまも重厚だ。
 対するウェスティングハウスは、エジソンに比べると感情の起伏をあまり見せない。しかし、発明家である以上に実業家として、技術の普及と同じくらい企業としての利潤を合理的に展開しようとする姿勢を窺わせる腰の据わった態度に説得力がある。いちど電力事業の売却を考慮した際、交渉相手から「週2日の休みは諦めてくれ」と揶揄され、ぐっとこらえるひと幕があるが、その決して大きく動かない表情に苦悩を滲ませるさまがとりわけ印象深い。
 CGも用いて再現した当時の風景のクオリティも高く、場面ごとに見栄えを意識した構図は映画としての見応えも備えている。如何せん、扱っている出来事があまりに多いが故に、整理しても強くなるダイジェスト感が少々安っぽさを醸してしまったが、当時の“電流戦争”を理解しつつ映画らしい演技と構図の迫力も堪能できることは評価したい。


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