『ワン チャンス』

TOHOシネマズ有楽座、施設外壁の大看板。

原題:“One Chance” / 監督:デヴィッド・フランケル / 脚本:ジャスティン・ザッカム / 製作:マイク・メンシェル、サイモン・コーウェル、ブラッド・ウェストン、クリス・サイキエル / 製作総指揮:ボブ・ワインスタインハーヴェイ・ワインスタイン、スティーヴ・ウィットニー / 撮影監督:フロリアン・バルハウス / プロダクション・デザイナー:マーティン・チャイルズ / 編集:ウェンディ・グリーン・ブリックモント / 音楽:セオドア・シャピロ / 音楽監修:ベッキーベンサム / 出演:ジェームズ・コーデン、アレクサンドラ・ローチ、マッケンジー・クルック、ヴァレリア・ビレロ、コルム・ミーニィ、ジュリー・ウォルターズ、ジェミマ・ルーパー、トリスタン・グラヴェル、アレックス・マックイーン、スタンリー・タウンゼント / 配給:GAGA

2013年イギリス、アメリカ合作 / 上映時間:1時間44分 / 日本語字幕:栗原とみ子

2014年3月21日日本公開

公式サイト : http://onechance.gaga.ne.jp/

TOHOシネマズ有楽座にて初見(2014/04/09)



[粗筋]

 ポール・ポッツは幼少時からやたらと声が大きかった。聖歌隊での歌唱中に、自分の大声で鼓膜が破れ、病院に担ぎ込まれた経験がある。それでも年がら年中歌う彼はいじめに遭い、その憂さを晴らすためにまた歌ってはいじめられた。

 大人になっても、ポール(ジェームズ・コーデン)は相変わらずいじめられている。携帯電話ショップで、労働意欲皆無の店長ブラドン(マッケンジー・クルック)の分も奮闘しているが、幼少時からの同級生マシュー(トリスタン・グラヴェル)からは変わらず苛められ、恋人もいなかった――が、最近になって女性のメル友が出来た。自分に自信のないポールは直接逢う勇気がなかったが、ブラドンに勝手にメッセージを送られ、いきなり待ち合わせをする羽目に陥る。

 しかし、そうして初めて逢ったメル友相手ジュルズ(アレクサンドラ・ローチ)はポールを快く受け入れてくれた。実はポールが密かに、イタリアの音楽学校に留学することを夢見て金を貯めている、と打ち明けると、「今度連絡するときは、ヴェネチアのゴンドラの上からじゃなきゃ許さない」と悪戯っぽく彼の背中を押してくれた。

 一念発起したポールは、地元の演芸大会に出場した。曲の内容に合わせたピエロ姿で登壇した彼を、聴衆ははじめ嘲笑っていたが、彼が歌い始めると沈黙し、終わった直後は割れんばかりの喝采に転じる。そして、手に入れた賞金で、ポールはついにヴェネチアへの留学を実現させる。

 もともと声が大きく、独学で才能を磨いてきたポールは音楽学校でも資質を評価された。やはり最初は孤独だったが、学校に特別講師として、オペラ界の大御所パヴァロッティが訪れることが決まったことがきっかけで改善した。事前にペアでの課題に合格した者だけがパヴァロッティの前で歌える、という運びになって、教師から指示されてアレッサンドラ(ヴァレリア・ビレロ)と組まされると、ポールはようやくクラスに溶け込むようになった。

 努力が実り、ポールはパヴァロッティの前で歌うことになったのだが、いざという段になって自信のなさが出てしまった。歌唱中に声を詰まらせる凡ミスを犯すポールに、尊敬するスターは冷酷に、こう言い放った――「君は決してオペラ歌手にはなれない」と。

[感想]

 ポール・ポッツという歌手の登場は、ネット経由でほぼリアルタイムに世界中に喧伝されたため、未だに記憶に新しいひとも多いだろう。風采の上がらない携帯電話のセールスマンが、オーディション番組で本格的なオペラを熱唱し、喝采を浴びた――まさに現代のシンデレラ・ストーリーを地で行く出来事である。その後すぐにCDデビューし、世界中をツアーで渡り歩くようになったのも当然だが、その半生を映画化する、という話が浮上するのも、まあ想像に難くない話である。

 ただ本篇は、そういう本人の実像を別にしても、観ていて惹きつけられ、そして勇気づけられる物語となっている。むしろ本人についての知識なしに、まっさらな気持ちで観たほうが素直に受け止められるかも知れない。

 調べてみると、恋人の名前は違っているようだし、周囲の人間関係にも実際との相違があるようだ。いずれも最近の出来事で、今後も人間関係などに変化がある可能性を考慮すると、そのあたりにフィクションが混ざるのはやむを得ないところだろう。また、ポール・ポッツが遭遇した不運や事件のタイミングにも脚色されているようだ。だから、ノンフィクション・ドラマとして鑑賞するとかなり難あり、という評価になる。

 しかし、実際にあったことを踏まえつつ、整理整頓して物語に仕立てる、という意味では実に的確だ。そこには、物語を通して観客にどういう感動をもたらすべきか、という明確な目的意識が伺え、本篇は間違いなく成功している。

 容姿に恵まれているとは言えず、己の鼓膜を破るほどの大きな声が唯一、天賦の才だった男性。成人しても蔑まれ、なかなか友人が出来ず、更にはことあるごとに怪我に祟られ生活もままならない。それでも彼が前向きでいられたのは、懸命に暮らしているうちに得られた理想のパートナーや、支えてくれる友人にも次第に巡り逢えたからだった。そしてその関係を繋いでくれたのもやはり、彼の声であった。

 しかも決して、何となく身につけた才能ではない。オペラを愛し、自分でも学びたい、と考え、資金を集めて留学に漕ぎつけたことで、自己流だった技術をより専門的に高めていった。粗筋では記していないところに踏み込むのでぼかすが、あの“奇蹟のデビュー”に際しても、更なる努力は重ねていたのだ。断じて、偶然に得た幸運などではない。そこまでに積み上げられた不運や挫折があったから、あの感動的なクライマックスがある。

 かといって、過程であまり悲惨さを強調してもいない。わりと酷いことが何度か起きるが、描き方は全般にコミカルか、軽いタッチだ。過程を悲劇的に描けば落差でラストの幸運がより際立って見えるのは確実だろうが、そのぶん全体が暗くなる。それはむしろ、エピソードそのものが持つ快さを損なうものだろうし、何より現実にポール・ポッツという人物に関わったひとびとにとって愉快なものでなくなる可能性がある。本篇で不幸をことさらに辛いものとして描いていないのは、全体のトーンを柔らかにする意味も大きいだろうが、そういう配慮も窺える点なのである。

 これが実際通りであるか否かは、あまり重要ではない。現実の出来事を如何に快く受け止められるものに仕立て上げるか、という考え方で本篇はまとめられていて、その意味ではほとんどケチのつけようがない内容である。素直に受け止めて、あの話題となったオーディションの場面にはこんな背景があったのか、と感動を新たにするのもひとつの楽しみ方だろうし、そういう“伝説化”を快く思わないひとも、本篇のクライマックスでの歌唱には清々しい印象を受けるのではなかろうか。

 ただひとつ、個人的に引っかかったのは、本篇のポール・ポッツの歌唱にわざわざ本人の声を使っていたのに、エンドロールで流れるのがテイラー・スウィフトだった点である――別に彼女の曲が悪い、と言っているわけではなく、ここで求められるのはやっぱりポール・ポッツの歌声だったはずなのだけど。本篇でじゅうぶん聴けたとは言い条、そこはどうしても釈然としなかった。

関連作品:

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