『死霊館 エンフィールド事件』

新宿ピカデリー、スクリーン9入口に表示された『死霊館 エンフィールド事件』キーヴィジュアル。
新宿ピカデリー、スクリーン9入口に表示された『死霊館 エンフィールド事件』キーヴィジュアル。

原題:“The Conjuring 2” / 監督:ジェームズ・ワン / 脚本:チャド・ヘイズ、ケイリー・W・ヘイズ、デヴィッド・レスリー・ジョンソン、ジェームズ・ワン / 製作:ピーター・サフラン、ロブ・コーワン、ジェームズ・ワン / 製作総指揮:トビー・エメリッヒ、リチャード・ブレナー、ウォルター・ハマダ、デイヴ・ノイスタッター / 撮影監督:ドン・バージェス,ASC / プロダクション・デザイナー:ジュリー・バーゴフ / 編集:カーク・モッリ / 衣装:クリスティン・M・バーク / 音楽監修:ディナ・サノ / 音楽:ジョセフ・ビシャラ / 出演:ヴェラ・ファーミガ、パトリック・ウィルソン、フランシス・オコナー、マディソン・ウルフ、サイモン・マクバーニー、フランカ・ポテンテ、ローレン・エスポジート、パトリック・マコーリー、ベンジャミン・ヘイ、マリア・ドイル・ケネディ、サイモン・デラニー、ボブ・エイドリアン、スティーヴ・コールター、スターリング・ジェリンズ、ジョセフ・ビシャラ、シャノン・クック / 声の出演:ロビン・アトキン・ダウンズ / サフラン・カンパニー/アトミック・モンスター製作 / 配給:Warner Bros.
2016年カナダ、アメリカ、イギリス合作 / 上映時間:1時間52分 / 日本語字幕:佐藤真紀 / PG12
2016年7月9日日本公開
2018年1月17日映像ソフト日本最新盤発売 [:DVD VideoBlu-ray Disc]
公式サイト : http://www.shiryoukan-enfield.jp/
NETFLIX作品ページ : https://www.netflix.com/watch/80091246
新宿ピカデリーにて初見(2016/7/8) ※トークイベントつき前夜祭


[粗筋]
 ペロン一家を苦しめた怪奇現象の数々から一家を救い出したエド(パトリック・ウィルソン)とロレイン(ヴェラ・ファーミガ)のウォーレン夫妻は、しかしその後、関与したアミティヴィルの事件が世間の耳目を集めたことにより、人間社会の偏見と批判に晒される羽目になった。事件解決ののち、マスメディアの好餌となった夫妻はとうとう、しばしフィールドワークを離れる意を固める。だがそれから間もなく、そんな彼らに、神父が新たな調査を持ちかけてきた。
 事件はイギリス、ロンドン郊外のエンフィールドという町で起きた。
 ペギー・ホジソン(フランシス・オコナー)は夫の浮気により離婚したが、養育費の振込が滞ったことにより、経済的な苦境に立たされていた。そんな矢先、彼女の子供たちの周囲で異様な出来事が相次ぐようになる。
 特に、何かに魅入られたかのように怪事に襲われたのが、次女のジャネット(マディソン・ウルフ)である。深夜、部屋に侵入してきた何者かに「ここは俺の家だ」と囁かれて以来、彼女の周辺で怪奇現象が相次ぎ、ペギーまでもが物が勝手に動き出す現場を目撃するに至って、一家は家から逃げ出し、親しい隣人のもとに身を寄せた。
 警察までもが怪奇現象を目撃したことで、ホジソン家は一躍注目を集めてしまう。しかし、世間の目は好奇心と猜疑に満ちており、とりわけ怪奇現象の中心人物であるジャネットは周囲から急速に孤立していった。
 ヴァチカンとしては、もしこれが“心霊事件”であれば見過ごすことは出来ない。しかし、あまりに大きな話題になってしまった事件に、安易に乗り出して、もしインチキだと判明すれば大きな問題になる。教会側としては、これが霊や悪魔の関わった事件である、という確証が得られない限り、関与することは難しい――そこで教会は、期限を設けて、ウォーレン夫妻に調査を求めたのだ。もし3日間以内に、原因が霊や悪魔である、という確証が得られなかったら、教会は手を引く。
 アミティヴィルの事件以来、ロレインは奇妙な予感に悩まされていた。その予感が示すのは、愛するエドの死。これ以上、心霊事件に関わると、いずれ夫を失う、という恐怖に囚われるロレインだったが、真意を知っても、エドはホジソン一家を救うべきだ、と訴えた。
 かくして、ウォーレン夫妻は海を渡り、エンフィールドを訪れる。相次ぐ不幸によって追い詰められた一家を、夫妻は救うことが出来るのだろうか……?


新宿ピカデリーで開催された前夜祭のフォトセッションにて。左・高橋ヨシキ、右・岩井志麻子。
新宿ピカデリーで開催された前夜祭のフォトセッションにて。左・高橋ヨシキ、右・岩井志麻子。


[感想]
 もはや現代ホラー映画界における第一人者となった感のあるジェームズ・ワン監督だが、一時は「もう自分でホラーを撮ることはない」といった趣旨の発言をし、プロデュースに徹するような意向を示していた。しかし、自身の代表作となった『死霊館』に続いて、ウォーレン夫妻の記録に基づく“実話”という体裁を取った本篇では、あえて前言を撤回して自らメガフォンを取った。どんな心境の変化があったのか定かではないが、この時点ではこの題材をほかの監督に委ねたくなかったのかも知れない。
 スピンオフを含め、ほとんどのエピソードはアメリカで展開していたが、本篇はイギリスが舞台となっている。同じような外観の住宅が立ち並ぶ一角で暮らすシングルマザーとその子供たちを襲う怪異。シチュエーション自体はこうした“悪魔祓い”を題材とする物語の定石を踏まえているが、舞台を変えたからか若干、空気感が変わっている。もともとこの《死霊館》シリーズのような幽霊屋敷ホラーの源流はイギリスであり、曇天や湿った空気が似合う。実話をベースにしているが故に、アメリカが舞台であったことは回避しようのない前提だったが、このエピソードだからこそ本家たるイギリスを舞台にすることが出来た。それも、いちどは監督としてのホラー卒業を吐露したあとで撤回した一因なのかも――というのは穿ちすぎか。
 現代においてもっともホラーに傾倒したクリエイターたちだけあって、作りもそつがない。突然出没して驚かせる、お化け屋敷風の演出もちりばめているが、多くは絶妙なカメラワークと適度な間を置くことで、異様な雰囲気を漂わせ、そこに“予感”をもたらすことで観客を恐怖に導いていく。怪現象が派手さを増していく直前、廊下の隅に設けられたテントを、ビリーの動きに合わせて追うくだりなど、なまじ動きがある分、しばしば生じる“死角”が滲ませる不安がたまらない。
 しかしそれ以上に本篇が優秀なのは、観客に対してはあからさまな怪奇現象を見せつけながらも、劇中の第三者が具体的な現象を目撃する機会が少ない――つまり、ホジソン一家の災難を信じにくい、という構造だ。だからこそ、教会が関与することに二の足を踏み、ウォーレン夫妻の出動に繋がる。だがそれでも、怪異は決して彼らに確証を与えない。なまじ、明確な怪奇現象を目の当たりにしている観客は苛立ちを覚えるが、それが緊張感と恐怖をクライマックスまで維持していく。
 よくホラー映画では“悪魔は狡猾に人を騙す”と言われるが、本篇ほどその表現に相応しい《悪魔》はなかなかいない。命の危険を覚えるほど一家を追い込みながらも、自らを不利にする相手にはその存在の確証たるものを示さない。完全に孤立無援になり、絶望に陥ったところで“収穫”を始める。まさに悪魔の所業だ。そして、それゆえにクライマックスが実にスリリングで、心を揺り動かさずにおかない。
SAW』という、巧みな趣向を凝らして観客を翻弄する傑作で一躍その名を知らしめたジェームズ・ワン監督なだけあって、この“悪魔”的な罠の構造もよく出来ている。最終的に読み解かれる瞬間の驚きとカタルシスは、そこまでの恐怖演出の巧みさとも相俟って、より強烈だ。
“実話”と銘打たれてはいるが、実際には相当な脚色を施しているはずだ。恐らく、確実な資料はエンドロールで提示される記録音声や写真くらいしかない。劇中で疑われているように、すべてがでっち上げの可能性もなきにしもあらずだ。しかし、ことの真偽とは関係なく、本篇が残された記録から巧みに内容を膨らませ、優秀なホラー映画として昇華させているのは間違いない。第1作とともに、2000年代以降に発表されたホラー映画を代表する傑作である。

 わざわざホラー監督としての引退を撤回してまで本篇を手懸けたジェームズ・ワンだが、その後もプロデューサーとして『死霊館』から始まる作品世界を拡張し続け、8年振りに発表した第3作『死霊館 悪魔のせいなら、無罪。』では遂に主軸であるシリーズのメガフォンを新たな才能に託した。続篇を担当したマイケル・チャベス監督は《死霊館ユニヴァース》の番外篇として位置づけられる『ラ・ヨローナ~泣く女~』でその力を証明しており、信頼して委ねたのだろう。本篇までのトーンとは若干趣を違え、スリラー的な要素が増しているが、ウォーレン夫妻の設定を新たな切り口で活かした意欲作となっている。
 一方のジェームズ・ワン監督も、『死霊館 悪魔のせいなら、無罪。』から少し遅れて、新たなホラー映画を発表している。『マリグナント 狂暴な悪夢』と題された新作は、どうやら『死霊館』のような実話ベースでも、そこから膨らませた世界でもなく、また新しい次元のホラーに挑んでいるようだ。
 本篇でこそ、珍しく先行作に近しいアプローチで臨んだが、どうやらジェームズ・ワンという人物は、自らの監督作で同じような方法論を繰り返すことが決して好きではないらしい。『マリグナント』のあとにふたたびホラーの新作を立ち上げてくれるか、は現段階では不明だが、今後も様々な驚きを提供してくれるのは間違いなさそうだ。


関連作品:
死霊館』/『アナベル 死霊館の人形』/『アナベル 死霊博物館』/『ラ・ヨローナ~泣く女~
SAW』/『デッド・サイレンス』/『狼の死刑宣告』/『インシディアス』/『インシディアス 第2章』/『ワイルド・スピード SKY MISSION』/『アクアマン』/『エスター
デンジャラス・ラン』/『ヤング≒アダルト』/『A. I. [Artificial Intelligence]』/『シャンハイ』/『ワイルド・ストーム』/『ダブリン上等!』/『スパイダーマン:ホームカミング』/『インシディアス[序章]』/『ワールド・ウォーZ
市民ケーン』/『食人族』/『悪魔の棲む家(2005)』/『エミリー・ローズ』/『NY心霊捜査官

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