『シャンハイ』

『シャンハイ』

原題:“Shanghai” / 監督:ミカエル・ハフストローム / 脚本:ホセイン・アミニ / 製作:マイク・メタヴォイ、ジェイク・マイヤーズ、バリー・メンデル、ドナ・ジグリオッティ / 製作総指揮:ボブ・ワインスタインハーヴェイ・ワインスタイン、ケリー・カーマイクル、デヴィッド・スワイツ、アーノルド・W・メッサー、スティーヴン・ソーラント / 撮影監督:ブノワ・ドゥローム,AFC / プロダクション・デザイナー:ジム・クレイ / 編集:ピーター・ボイル,A.C.E.、ケヴィン・テント,A.C.E. / 衣装:ジェリー・ワイス / キャスティング:アヴィ・カウフマン,CSA / 音楽:クラウス・バデルト / ピアノソロ:ラン・ラン / 出演:ジョン・キューザックコン・リーチョウ・ユンファデヴィッド・モース渡辺謙フランカ・ポテンテジェフリー・ディーン・モーガン菊地凛子ベネディクト・ウォン / フェニックス・ピクチャーズ/バリー・メンデル製作 / 配給:GAGA

2010年アメリカ作品 / 上映時間:1時間45分 / 日本語字幕:栗原とみ子 / PG12

2011年8月20日日本公開

公式サイト : http://shanghai.gaga.ne.jp/

TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2011/08/21)



[粗筋]

 1941年、中国・上海。欧州はドイツに、東アジアは日本に、多くの領土が奪われているなかで、ここは未だ辛うじて中立の状態を保っている――だが、中国と日本の抗争は激化しており、各国の租界に暮らす人々は、いずれ日本が占領することを予感していた。

 ポール・ソームズ(ジョン・キューザック)がこの地に降り立ったのは、そんな時期であった。アメリカ海軍に所属する情報部員であるが、新聞記者という身分を隠れ蓑にする彼は、上海ヘラルドに転属する、という形でこの地に着任した。ポールは先に地元に潜伏していた同僚であり、学生時代からの友人でもあるコナー(ジェフリー・ディーン・モーガン)とカジノで接触することにしたが、友人は現れず、代わりにポールは奇妙なものを目撃する。飄然と現れた美しい中国人の女が、現金とチップを交換する笊の中に、金ではなくシガレット・ケースを入れていたのだ。

 結局、コナーは現れなかった。代わりに現れたのはアメリ総領事館からの使いであり、彼らによって海軍情報部の支局に導かれたポールは、上官リチャード・アスター大佐(デヴィッド・モース)に、コナーが死んだことを伝えられる。カジノに赴く前、日本租界の娼婦のもとを出たあとで、何者かによって殺害されたのである。

 アスター大佐の要請もあって、ポールはコナーを殺した人物を特定するべく、捜査に乗り出した。コナーが最後に訪ねたと見られる娼婦・スミコ(菊地凛子)は直後に姿を消し、発見できていない。コナーを殺害した人物の手懸かりはスミコが握っている可能性が高かった。

 また、亡くなる直前まで、コナーは上海の三合会を仕切る裏社会の大物アンソニー・ランティン(チョウ・ユンファ)の身辺を洗っていたという。ポールは彼に接触するべく、上海ヘラルドの新任記者として、ドイツ領事館のパーティに潜入した。

 そこでポールは、カジノで出会ったあの女と再会する。彼女の正体は、ランティンの妻・アンナ(コン・リー)であった――

[感想]

 第二次世界大戦直前の上海というのは、極めて特殊な土地だったようだ。粗筋にも記した通り、列強の租界が作られ、日本軍と中国の抵抗勢力が小競り合いを繰り返す一方で、各国が諜報戦を繰り広げ、更にその傍らでアジアでも屈指の歓楽街を形成している。煌びやかでいて、時代の淀みをひとつところに集めたような、一種異形の街だった。その空気は、『カサブランカ』に似ていると言えるかも知れない。

 本篇があの伝説的なロマンスを意識していたのかどうかは不明だが、作品の方向性自体も似通っている。偽造パスポートを巡る駆け引きや、当時は圧倒的だった帝国主義に対抗するレジスタンス活動、そして終盤、地位や心情を超えた行動に及ぶあたりなどが挙げられる。

 ただ、どちらかと言えば会話劇に傾き、展開も行き当たりばったりの感があった『カサブランカ』と比較すると、本篇はかなり緻密な計算が窺える。そして、基本的にはアメリカに価値観が傾斜していた『カサブランカ』に対し、本篇は日本にも中国にも中心人物を配し、それぞれの立場に理解が及ぶように物語を組み立てており、視野が広がっている。

 しかしそのせいで、重大な欠点を孕んでしまった感も否めない。本篇の背後関係は、きちんと推理を重ね、頭の中で出来事の再構築を行っていけば、さほど混乱せずに理解できるものだが、しかし多少散漫な気分で眺めていれば、途端に流れを見失う。

 そして、クライマックスでは事実関係を整頓することをしていない。真相の性質ゆえ致し方のないことではあるのだが、そもそも最終的に判明する真実が、恐らく予告篇を観た人、話の流れをきちんと辿ってきた観客が期待するものとは異なっているために、この顛末に“投げ出された”と感じる可能性が高い。求めていたカタルシスを得られず、消化不良のまま劇場を出て、本篇を不出来な作品と捉えてしまう人もあるのではなかろうか。

 ただ、それで済ませるのは非常に勿体ない。最終的に整頓することこそしていないが、本篇は史実にも鑑みて、きちんと謎を組み立てている。何より、繊細な考慮のもとに人物を配置し、謎の背後にある主題が静かに共鳴して生み出す響きが秀逸なのだ。

 ドイツ人の人妻レニ(フランカ・ポテンテ)と関係を持ちながら、混沌とした社会情勢と夫に対する想いとのあいだで揺らぐアンナに惹かれていく視点人物ポール。かつては狂暴に妻を支配しながらも、日本軍の傀儡として働くうちに牙をもがれ孤独な横顔を晒すアンソニー。強い使命感に突き動かされながら、思いがけない形で斃れたコナー。そして、上海の日本人社会に隠然たる勢力を誇りながら、ある意味では誰よりも運命に翻弄されていたタナカ(渡辺謙)。それぞれに異なった思想、理念で動いているが、真の動機はけっきょく同じ感情なのだ。

 象徴的なのが、日本人でありながら内通者としてポールに情報を提供するキタ(ベネディクト・ウォン)だ。早い段階から上海の剣呑な情勢に不安を顕わにし、コナーに対して偽造パスポートの提供を願い出ていた、という彼の辿り着く結末は、その愚かさと、抗いようのない運命の哀しさを濃縮している。

 結末ゆえに致し方がないとは言い条、やはり全体像を整頓していない、解りやすく描けなかったのは瑕にあたるし、当時の空気をかなり再現しているのが伝わる美術は秀逸だが、あからさまに現代的な雰囲気のある衣裳には違和感を覚える。だが、そういう点を割り引いても、緻密な作り込みに味わいのある、良質のサスペンスである。何もかもがスッキリ割り切れてしまう作品に物足りなさを感じるような人、渋みのあるロマンスを求めているような人にお薦めしたい。

関連作品:

1408号室

ザ・ライト 〜エクソシストの真実〜

カサブランカ

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