『ブライアン・ウィルソン 約束の旅路』

TOHOシネマズシャンテが入っているビル外壁にあしらわれた『ブライアン・ウィルソン 約束の旅路』キーヴィジュアル。
TOHOシネマズシャンテが入っているビル外壁にあしらわれた『ブライアン・ウィルソン 約束の旅路』キーヴィジュアル。

原題:“Brian Wilson : Long Promised Road” / 監督:ブレント・ウィルソン / 脚本:ブレント・ウィルソン、ジェイソン・ファイン、ケヴィン・クラウバー / 製作:ティム・ヘディントン、ブレント・ウィルソン、テリサ・スティール・ペイジ / 製作総指揮:ジェイソン・ファイン、メリンダ・ウィルソン、ブライアン・ウィルソン / 撮影監督:マクシミリアン・シュミージ、デヴィッド・E・ウェスト / 編集:ケヴィン・クラウバー、ヘクター・ロペス / 出演:ブライアン・ウィルソン、ジェイソン・ファイン、ブルース・スプリングスティーン、エルトン・ジョン、ニック・ジョナス、リンダ・ペリー、ドン・ウォズ、ジェイコブ・ディラン、テイラー・ホーキンズ、グスターボ・ドゥダメル、アル・ジャーディン、ジム・ジェームズ、ボブ・ゴーディオ、プロビン・グレゴリー、スティーヴン・ペイジ、アンディ・ペイリー、マーク・リネット、ダリアン・サハナジャ、スティーヴン・カリニッジ、ブロンディ・チャップリン / アーカイヴ出演:デニス・ウィルソン、カール・ウィルソン / 配給:PARCO×ユニバーサル映画
2021年アメリカ作品 / 上映時間:1時間33分 / 日本語字幕:松岡愛 / 字幕監修:萩原健太
2022年8月12日日本公開
公式サイト : https://www.universalpictures.jp/micro/brian-wilson
TOHOシネマズシャンテにて初見(2022/8/18)


[粗筋]
 1961年にデビューした《ザ・ビーチ・ボーイズ》の楽曲はまたたく間に世界を席巻した。3年のうちにトップ10入りの楽曲を複数リリース、ミリオンセラーも成し遂げる。そのリリースした楽曲の作詞作曲、更にプロデュースまで、手懸けたのはブライアン・ウィルソンだった。
 ブライアン自身の弟デニスとカール、従兄弟のマイク・ラヴ、高校大学の友人であるアル・ジャーディンでバンドを結成すると、ブライアンはデニスの提案を受けて、サーフィンと車をテーマに曲作りした。ロックンロールのサウンドを基底としながら、豊かな音楽的素養によって紡ぎ出されるハーモニーを重ねる独自のサウンドは熱狂的に支持され、アメリカ西海岸を象徴する音楽となった。
 だが、ブライアンは人気の絶頂となる1964年、パニック発作を起こしライヴ活動を離脱する。作曲活動に専念し、傑作『Pet Sounds』をものにするが、続く『Smile』は製作が頓挫、最終的には薬物依存によってグループから解雇されてしまう。仕事へのプレッシャーと度重なる不幸により、彼が音楽活動を本格的に再開するまでには、長い時間を要した。
 多くのミュージシャンが敬意を表する天才は、いったいどのような苦難の道程を辿ってきたのか。1995年に取材を受けて以来、無二の友人となった記者ジェイソン・ファインの運転により、ブライアンは想い出の地を巡った。行く先々で、ブライアンはぽつりぽつりと、その心情を吐露していく――


[感想]
 パンフレットによれば、本篇の題材となったブライアン・ウィルソンという人物は、メディアへの露出をあまり好まないらしい。劇中でも人見知りであることを自嘲しているが、一時期と比べ、望むとおりの音楽活動が出来ていることへの満足感が強く、あえて何かを語る必要がない、という意識がそうさせているようだ。
 そんな彼を、数少ない親密な友人であり、ローリングストーンズ誌の記者でもあったジェイソン・ファインとのドライブ、という形で連れ出す、というのは絶妙な発想だった。リラックスした雰囲気の中、想い出の場所を辿れば、自然と反応は引き出せる。
 実際のところ、こうした配慮のもとで行われた撮影でも、ブライアンの言葉は多くない。しかし、生まれ育った家のあとに建つ記念碑を横目で眺めるだけでやり過ごしたり、弟カールの家を訪ねる際はジェイソンだけを行かせ車に留まる、といった挙動に、辛い記憶と複雑な胸中が滲み出る。なまじ言葉にしていないからこそ尚更に能弁だ、とさえ言える。
 ふたりの旅路の合間に、演奏やレコーディング、テレビ出演などのアーカイヴ映像と、著名人や識者のインタビューが挿入され、その成功の速さと、ブライアンの類い稀な音楽的才能の本質もまた丁寧に綴られる。このくだりが実に的確だ。有名ではあっても、ビーチ・ボーイズについてはただチャラチャラした音楽、というイメージを持っているひともあるだろうが、知識と素養のあるひとの視点で語れば、驚くべきことを成し遂げたひとなのだ、というのが実感できる。それでいて、随所に挿入される演奏は親しみやすく、すっと入ってくる。またそこに、ブライアンの闇がずっと横たわっていることを指摘するあたりも興味深い。カリフォルニア・サウンドというイメージを短期間で確立させた、というだけでも偉業なのだが、それこそモーツァルトにも匹敵する才能、とまで賞賛するのも頷けてしまう。
 それだけに、次第に顕わになっていく破綻が痛々しい。精神的に病み、家族の提案もあって治療に臨んだのに、頼った精神科医は治療するどころか、ブライアンを支配し束縛した。どうやら、音楽活動にまで容喙しようとしてきたところで我に返ったようだが、それでも10年以上を無駄に費やしたという。その前後に、幾度も家族との別れを経験した彼の心痛、消耗は察するに余り有る。
 表舞台から消えても仕方のないような経験を越えて、しかしブライアン・ウィルソンは音楽の世界に復帰した。制作上のパートナーだったか、精神科医から解放された彼に、これからなにをしたいか、と訊ねると、「作曲がしたい」と答えたという。紆余曲折を経て、本来やりたかったところに立ち戻った彼は、とても穏やかで幸せそうに映る。人前で語るのを好まない彼が、特殊なかたちではあるが撮影に応じ、それまで避けてきた場所を訪れ、聴く機会を持たなかった弟の音楽に接したのも、時間をかけて訪れた平穏の証明なのかも知れない。
 本篇を観ると、彼の音楽を少しでも聴いたことのあるひとはより強く魅せられ、まったく知らなかったひとでもきっと、その音楽に耳を傾けたくなる。そして、これからの音楽活動、そして人生が穏やかでありますように、と祈らずにはいられなくなるはずだ。


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