『エルヴィス(字幕・Dolby CINEMA)』

丸の内ピカデリー、Dolby CINEMAスクリーン入口脇に掲示された『エルヴィス』dolby CINEMA限定ポスター。
丸の内ピカデリー、Dolby CINEMAスクリーン入口脇に掲示された『エルヴィス』dolby CINEMA限定ポスター。

原題:“Elvis” / 監督:バズ・ラーマン / 脚本:バズ・ラーマン、サム・ブロメル、クレイグ・ピアース / 製作:バズ・ラーマン、キャサリン・マーティン、ゲイル・バーマン、パトリック・マコーミック / 撮影監督:マンディ・ウォーカー / 美術&衣裳:キャサリン・マーティン / 編集:マット・ヴィラ、ジョナサン・レドモンド / 音楽:エリオット・ウィーラー / 出演:トム・ハンクス、オースティン・バトラー、オリヴィァ・デヨング、ヘレン・トムソン、リチャード・ロクスバーグ、ヨラ、ションカ・デュクレ、アルトン・メイソン、ケヴィン・ハリソン・Jr.、ゲイリー・クラーク・Jr.、デヴィッド・ウェンハム、コディ・スミット=マクフィー、ルーク・ブレイシー、デイカー・モンゴメリー / バズマーク製作 / 配給:Warner Bros.
2022年アメリカ作品 / 上映時間:2時間39分 / 日本語字幕:石田泰子 / 字幕監修:湯川れい子
2022年7月1日日本公開
公式サイト : http://elvis-movie.jp/
丸の内ピカデリーにて初見(2022/7/15)


[粗筋]
 トム・パーカー大佐(トム・ハンクス)がエルヴィス・プレスリー(オースティン・バトラー)を発見したのは1955年、メンフィス州のステージでのことだった。
 興行師からアーティストのマネージメント業に転じた大佐は当時、カントリー歌手のハンク・スノウ(デヴィッド・ウェンハム)とその息子ジミー・ロジャー(コディ・スミット=マクフィー)に同行して各地を巡っていた。現地で噂を耳にしたエルヴィスのステージを目の当たりにした大佐は、革命的で熱狂的なパフォーマンスと、観客、とりわけ女性達の反応に、大きな可能性を感じる。大佐はすぐさまエルヴィスに呼びかけ、ハンク・スノウの巡業にその名を加えた。
 大佐の読み通り、エルヴィスは絶大な支持を集めた。当初はスノウ親子の客演扱いだったが、人気の過熱により、遂にはメインイベントに昇格する。エルヴィスの煽情的なパフォーマンスも受け入れられないスノウは、エルヴィスを外すことを考えはじめるが、エルヴィスならば更に稼げる、と確信した大佐は、スノウと袂を分かち、エルヴィスの専属マネジャーとなった。
 大手レコード会社RCAとの契約を取り付け、リリースしたアルバムは全米で大ヒットを遂げた。エルヴィスはかねてから夢として語っていた、母グラディス(ヘレン・トムソン)にピンクのキャデラックを購入するだけでなく、家族が暮らす大豪邸までも瞬く間に手に入れた。
 だが、その知名度が飛躍的に高まると、次第に強い反発を招くようになる。エルヴィスの音楽は彼が幼少時に接してきた黒人文化の影響を色濃く受けている。腰を激しく振る煽情的なパフォーマンスもさることながら、こうした音楽性を保守層が問題視した。エルヴィスの音楽が国民の分断を招く、というレッテルを貼り、そのステージを禁じる声が高まっていく。
 大佐は反発を避けるべく、エルヴィスのイメージ刷新を目論んだ。トレードマークだった革ジャンから燕尾服に着替えさせ、腰を振るパフォーマンスも禁じてテレビに出演させる。しかし、極端なイメチェンは嘲笑と失望を生んだだけだった。
 思うように演奏できない憤懣は、激しいストレスをエルヴィスにもたらす。この出来事をきっかけに、順調だった大佐とエルヴィスの関係性に変化が生じていく――


丸の内ピカデリー、Dolby CinemaスクリーンのAVP(オーディオ・ヴィジュアル・パス)に表示された『エルヴィス』特別映像のひとコマ。
丸の内ピカデリー、Dolby CinemaスクリーンのAVP(オーディオ・ヴィジュアル・パス)に表示された『エルヴィス』特別映像のひとコマ。


[感想]
 近年成功を収めたミュージシャンの生涯を、その音楽まで様々な形で取り込んで映画化する企画が相次いでいる。『ボヘミアン・ラプソディ』が想定外の成功を収めたことが尚更に拍車をかけたようだ。そうなると、いずれは誰かがエルヴィス・プレスリーに着手するだろう、と踏んでいたが、案の定である。
 ただ、これを『ロミオ+ジュリエット』や『ムーランルージュ!』のバズ・ラーマン監督が手懸けた、というのは、好みが分かれるところかもしれない。
 挙げた2作をご存知ならお解りだろうが、バズ・ラーマン監督の演出は個性が強い。多彩なギミックを駆使したテンポのいいカットと、全篇を貫く狂気の手前のハイテンション。その特徴的な作風は、本篇においても冒頭から遺憾なく発揮される。煌びやかに飾られたロゴ、なだれ込むように始まる物語、映像のなかに多数仕込まれたギミックによって氾濫する情報で翻弄し、たっぷりとためてからスターを登場させる。その盛り上げ方、強烈な外連味はまさにバズ・ラーマン監督の作家性だ。
 それ故にテンションは高く娯楽性も豊かだが、純粋にエルヴィス・プレスリーの音楽の誕生、その魅力を味わいたい、というひとにはいささか騒々しく感じる可能性は高い。画面の演出もさることながら、ほぼ全篇、休むことなく音が鳴り響いている。近年の快作『ボヘミアン・ラプソディ』のように、ライブをほぼ完全再現で描いているわけではなく、マネジャーのトム・パーカー大佐との関係性を軸にしたドラマと溶けあうように描かれている。要所で見応えのあるステージは展開するが、リアリティよりもドラマとしての盛り上がり優先で、ステージそのものを堪能したい、というひとにはやや不満のある作りかも知れない。
 しかし、エピソードの抜き出し方と再構成、という意味では実に巧い。幼少期から追っていくのではなく、一般的にはエルヴィスを囲い込み搾取した、と理解されているマネジャーのトム・パーカー大佐の視点から描き出し、はじめから強烈だったカリスマ性と、ある意味では非常に明確な成功への道筋、そして精神的破綻のきっかけとなった出来事を解りやすく抽出している。事実の再構成は前述の『ボヘミアン・ラプソディ』や、エルトン・ジョンを扱った『ロケットマン』でも行っているし、ドキュメンタリーではなく俳優を起用したドラマとして見せるなら避けては通れないところだが、本篇は洗練されているうえ、監督の作家性も発揮され質が高い。クライマックスでライブの質や再現性に頼らず、ドラマとしてのカタルシスを演出した点では秀でている、と言える。
 アーティストの生涯をベースにした良作ではこれもよくあることだが、メインであるアーティストに扮した俳優の憑依っぷりが素晴らしい。本篇でタイトルロールであるエルヴィス・プレスリーを演じたオースティン・バトラーも、決して本物によく似ているわけではないのに、物語を追うほど、エルヴィスそのものに思えてくる。特に終盤、心身共に限界に達しながら立つラスヴェガスのステージは、命の燃え上がるさまを感じられるほどに熱く圧巻だ。
 他方で、他のキャラクターが活き活きしているのもポイントと言える。たとえば、エルヴィスに強い影響を与えるシンガー達。R&Bに初めて触れるテントでのライブや、自らの音楽性に悩んだ彼が舞い戻ったクラブでの演奏に登場するアーティストと、彼らの演奏する音楽の生命力は、まさにエルヴィスが魅せられたそのものに接しているような気分になる。本篇に登場する往年の音楽はほとんどが映画のためにアレンジが施されており、それゆえにオリジナルを知っているひとだと違和感を覚えるかも知れないが、エルヴィスに影響を与え突き動かした熱気の演出、という意味では素晴らしいまでの説得力だ。
 だがやはり、格別の存在感を発揮するのは、トム・ハンクス演じるマネジャーのトム・パーカー大佐だ。音楽に対する関心は乏しく、だが天性の勘でもってエルヴィスの可能性を見抜くと、抱えていたアーティストをあっさり切って乗り換える。世間の空気にも敏感だが、しかしその嗅覚が優れているがゆえに、エルヴィスとのあいだに深刻な軋轢を生じていく。エルヴィスという才能の価値を熟知しながらも自らの欲望に浪費してしまうその様は、下劣ではあるがエルヴィスとはまた異なった才能と魅力に溢れている。比較的、善良であったり、崇高な人物を演じる機会の多い印象のあるトム・ハンクスだが、本篇は“怪演”という言葉が似合う、危険にして魅力のある存在感で、見事に並び立っている。
 本篇は構造的にこのトム・パーカー大佐の“自己弁護”のような見せ方をしているが、恐らく基本的に、彼がエルヴィスを追いつめた、という印象は変わらないだろう。しかし終幕で語られる、本当にエルヴィスを追い込んだものの“正体”には、頷けるものがある。本篇は、ひとつの文化を世界に根付かせるほどの魅力とパワーを備えた人物の、逃れようもない宿命を、それに相応しい熱量で描ききった作品だ。2時間半を越える長尺をほとんどハイテンションのまま突っ走り、退屈はさせないが、観るうえで気力を消耗する覚悟はしておいたほうがいい。


関連作品:
ロミオ+ジュリエット』/『ムーランルージュ!』/『オーストラリア
この茫漠たる荒野で』/『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』/『カンガルージャック』/『ステルス』/『シカゴ7裁判』/『300<スリー・ハンドレッド>』/『猿の惑星:新世紀(ライジング)
グレン・ミラー物語』/『バード(1988)』/『五線譜のラブレター DE-LOVELY』/『ビヨンドtheシー~夢見るように歌えば~』/『Ray/レイ』/『ジャージー・ボーイズ』/『アイム・ノット・ゼア』/『ボヘミアン・ラプソディ』/『ロケットマン

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