『七人の秘書 THE MOVIE』

TOHOシネマズ上野、9階廊下部分の壁に掲示された『七人の秘書 THE MOVIE』大型タペストリー。(2022/9/10撮影)
TOHOシネマズ上野、9階廊下部分の壁に掲示された『七人の秘書 THE MOVIE』大型タペストリー。(2022/9/10撮影)

監督:田中直己 / 脚本:中園ミホ / 撮影:五木田智 / 照明:花岡正光 / 美術制作:木村正宏 / 美術プロデューサー:根古屋史彦 / 編集:河村信二 / VFXスーパーヴァイザー:道木伸隆 / 録音:福部博国 / 音楽:沢田完 / 主題歌:milet『Final Call』 / 出演:木村文乃、広瀬アリス、シム・ウンギョン、大島優子、菜々緒、室井滋、江口洋介、玉木宏、笑福亭鶴瓶、濱田岳、吉瀬美智子、岸部一徳、光石研、若林豪、内村遥、岐洲匠、川原瑛都 / 配給:東宝
2022年日本作品 / 上映時間:1時間58分
2022年10月7日日本公開
公式サイト : https://7-hisho-movie.jp/
TOHOシネマズ上野にて初見(2022/10/22)


[粗筋]
 決して表舞台に立たず、実力者を陰で支える存在である“秘書”。だが、そういう存在であればこそ、巨悪を暴く術を持っている。
《ラーメン萬》の店主であり、司法書士の免許を持つ萬敬太郎(江口洋介)をリーダーとし、その立場を利用し、様々な悪事を暴いてきた七人の秘書たちの末っ子的存在である照井七菜(広瀬アリス)が、突如としてメンバーを降りる、と言い出した。信州の一大企業アルプス雷鳥グループの御曹司で雷鳥牧場のオーナーである九十九二郎(濱田岳)とマッチングアプリで出会い、見事結婚に漕ぎつけたらしい。
 他の面々が出席を拒むなか、望月千代(木村文乃)だけは渋々ながら七菜の結婚式へと赴いた。アルプス雷鳥グループの総帥・九十九道山(笑福亭鶴瓶)の豪壮な屋敷で催された挙式に、しかし何故か二郎の姿はなかった。ウェディングドレス姿で待ちぼうけを食らった七菜のもとに、ほどなく雷鳥牧場で火の手が上がった、という連絡が届く。牧舎は全焼、従業員は命からがら逃げ出したが、焼け跡からは、挙式の来賓であった北アルプス市長の屍体が発見された。そしてここにも、二郎の姿はない。
 焼け跡に現れた道山は、放火したのも、市長を殺害したのも二郎の仕業だ、と断言する。牧場の経営は火の車で、それを補うために二郎は火を放ち、邪魔をした市長を殺害したのだ、という。短い付き合いだったが、二郎の実直な人柄に触れていた七菜はその言葉を受け入れなかった。
 二郎は身寄りのない子供たちや、年老いた人びとの働き口として牧場を用いており、行き場を失った子供たちを、地元でラーメン店《味噌いち》を営む緒方航一(玉木宏)が預かった。航一は、道山の発言の背後には、雷鳥グループが目論む巨大リゾート計画がある、と七菜たちに言う。七菜は航一達を《ラーメン萬》に招き、“秘書”たちの助力を仰ぐ。敵は極めて強大だが、萬はこの“注文”を快く請け負った。
 しかし、動き始めた千代たちの前には、思いがけない困難が待ち受けていた――


[感想]
 2020年にテレビ朝日系列で放映された本篇のもととなるテレビシリーズの魅力はなんと言っても、近年珍しいくらいにストレートな“勧善懲悪”ものである、という点だろう。明白に悪事を働く者たちが、その本性を暴かれ社会的な制裁を受ける。そうした二元論でものごとを括る描き方はもはや安易と受け止められがちだが、あえて善悪を明確にして、悪を討つ爽快感を演出したことが、却って個性となったのだろう。しかも悪を倒すのが秘書、というのも目の付けどころがいい。秘書は基本的に表に出ることがない、しかしお偉方の傍に付き従うがゆえに、支配者層の秘密を握る可能性もある。まさに“悪事”を暴くにはうってつけなのだ。このシリーズはそうして悪を断つ側の秘書達のキャラクター、背景にも趣向を凝らし、それぞれのドラマも絡めることで盛り上げ、ワンシーズンのみの放送だったが、強烈なインパクトを残した。
 その面白さを、ほぼリアルタイムで楽しんだからこそ、この劇場版には少なからぬ期待を寄せていたが――正直、「失望した」と言わざるを得ない仕上がりだった。
 テレビシリーズにて、それぞれの目的を果たした秘書達のチームはいちど別々の道に向かっていったが、先行して放映されたスペシャル版で再結集を遂げた。オリジナル・シリーズのテイストをきちんと蘇らせながらも、映画版に備えて仕掛けたと思しき謎もあって、いっそう期待は高かったのだ。
 さすがに作りは贅沢になっている。重要なキャラクターに玉木宏、笑福亭鶴瓶、吉瀬美智子と豪華な布陣を使い、舞台も信州の山奥、邸宅のセットを組んで火を放つ演出まで施しており非常に派手だ。映画であればこそ、の見せ場にこだわっていることは感じる。
 が、それが活きている、とは到底言い難い。見せ場が物語の中に自然に組み込まれ、面白さ、盛り上がりに繋がっていればいいのだが、採り入れることにかまけて切れ切れになってしまっている。とりわけクライマックスの見せ場など、雪山ならではの趣向を盛り込んでいるのに、唐突すぎてギャグになっているし、そのうえでこのモチーフの魅力も発揮できず不自然さばかりが際立ってしまった。
 何よりも気になるのは、本篇の最大の魅力である、悪事を暴く痛快さがほとんど演出できていない点だ。テレビシリーズでは、多少過程に無理があっても、悪党の最も暴かれたくない部分を最高のお膳立てを用意してくれるので、よほど筋立てに細かい整合性を求めでもしない限りは充分な爽快感を与えてくれるが、本篇はお膳立てがあまりにも杜撰で、カタルシスに繋がっていない。
 七人全員や秘書あるいはそれに準ずる裏方の立場で潜入する、ということはしないまでも、それぞれがどういう風に敵方の懐に潜り込み、如何に泣き所を探り当てるか、というのが醍醐味なのに、潜入の仕方も、炙り出す弱みももうひとつ弱く、肝心の大舞台も敵方を揺さぶるのに有効、という印象を得られない。これでいいの? とこちらが戸惑っているあいだにクライマックスが進んでしまうので、物足りなさの方がどうしても先行する。
 このシリーズは悪党退治と平行して、各キャラクターのドラマが進行していくのだが、本篇の場合、そちらの書き込みもまた不満が多いのだ。この作品には終盤で盛り上がるべき重要な愛のドラマなど、惹かれ合う成り行き、その関係の背後に潜む思惑、どれかが多少雑なのはまあいいとしても、本篇についてはどこも雑で、衝撃も感動も薄い。
 主軸である物語がそういう具合なので、せっかく用意された映画的見せ場が機能出来なくなる。せめて当てはめる場所が適切である、盛り上げ方が巧い、という美点があれば作品も華やかになるだろうが、その意味でも物足りない。シチュエーションがいささか滑稽でも構わないのだ。せめてそこにボリューム、多彩さ、面白さが欲しいのに、ここでも満たされる感覚が乏しい。
 また個人的に不満だったのは、先行して放映されたスペシャルドラマで、レギュラーメンバーに起きた変化について、映画版に連携していくもの、と捉えていたところ、ほぼ無関係だった点だ。その要素がこのキャラクターの足枷になる、或いはその個性を膨らませる役割を果たす、などの工夫があればまだ許せるが、ほとんど意味も為していないのだからなおさら納得がいかない。この設定のせいで、テレビシリーズを観ているひとほど困惑する内容になってしまった。先行するスペシャルを観ていたとしても、不運に観られなかったとしても、そこには別種の困惑が生じる。
 あれこれ書き連ねたが、本篇の最大の問題は、テレビシリーズの持つ魅力を、劇場版らしく活かすことも膨らませることも出来なかった、という点に尽きる。それさえ出来ていれば、たとえ過去のエピソードを知らずに鑑賞したひとが、「整合性に乏しい」とか「展開が強引すぎる」と批判したところで、ファンを等しく歓喜させただろうし、その魅力に気づき遡ってテレビシリーズに接してくれるひとだって現れたはずだ。本篇でもその可能性がない、とまでは断言できないが、その機能を著しく損なっている、くらいには言い切ってもいいと思う。少なくとも、そのくらいに期待させるポテンシャルはあったはずなのだ。もし映画版から初めて接して、こんなものか、と失望した方は、1話でもいいからテレビシリーズを鑑賞していただきたい。少しは、私の気持ちが解っていただけるはずだ。


関連作品:
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