『オッペンハイマー(字幕・IMAX with Laser)』

TOHOシネマズ日比谷、スクリーン4入口前で撮影した『オッペンハイマー』パンフレット。
TOHOシネマズ日比谷、スクリーン4入口前で撮影した『オッペンハイマー』パンフレット。

原題:“Oppenheimer” / 原作:カイ・バード、マーティン・J・シャーウィン(ハヤカワ文庫NF・刊) / 監督&脚本:クリストファー・ノーラン / 製作:エマ・トーマス、チャールズ・ローヴェン、クリストファー・ノーラン / 製作総指揮:J・デヴィッド・ワーゴ、ジェームズ・ウッズ、トーマス・ヘイスリップ / 撮影監督:ホイテ・ヴァン・ホイテマ / プロダクション・デザイナー:ルース・デ・ヨンク / 編集:ジェニファー・レイム / 衣装:エレン・マイロニック / キャスティング:ジョン・パプシデラ / 音楽:ルドウィグ・ゴランソン / 出演:キリアン・マーフィ、エミリー・ブラント、マット・デイモン、ロバート・ダウニー・Jr、フローレンス・ピュー、ジョシュ・ハートネット、ケイシー・アフレック、ラミ・マレック、ケネス・ブラナー、ディラン・アーノルド、ベニー・サフディ、グスタフ・スカルスガルド、デヴィッド・クラムホルツ、マシュー・モディーン、デヴィッド・ダストマルチャン、トム・コンティ / シンコピー製作 / 配給:Bitters End×ユニバーサル映画 / 映像ソフト日本最新盤発売元:Happinet
2023年アメリカ作品 / 上映時間:3時間 / 日本語字幕:石田泰子 / 字幕監修:橋本幸士 / R15+
2024年3月29日日本公開
2025年4月2日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video|Blu-ray + DVD|Blu-ray Disc|4K ULTRA HD + Blu-ray]
公式サイト : https://www.oppenheimermovie.jp/
TOHOシネマズ日比谷にて初見(2024/4/2)


[粗筋]
 1926年、J・ロバート・オッペンハイマー(キリアン・マーフィ)はイギリス、ケンブリッジ大学で量子力学を学んでいた。決して有能ではなかったが熱意のあった彼は、量子力学者にとって崇拝の対象であった理論物理学者ニールス・ボーア(ケネス・ブラナー)に勧められ、ドイツへの留学を決意した。
 ゲッティンゲン大学において才能を開花させたオッペンハイマーはそこで博士号を取得し、母国アメリカに戻るとハーバード大学、カリフォルニア工科大学などで研究員として勤務、やがて教鞭を執るようにもなった。当初は不人気であった量子力学の講義に出席する学生は僅かだったが、次第に受講する学生は増えていった。
 この頃、オッペンハイマーは自身の思想に近い理念を持つことから、共産党に関心を寄せる。ディランは自分の妻とともに早くも所属を決めるが、オッペンハイマーは自身の思想と共産党の党議が噛み合っていないことを悟り、所属はしなかった。
 その後も共産党員との交流を続け、やがて党員であったジーン・タトロック(フローレンス・ピュー)と恋仲になる。知性豊かで精にも積極的であったジーンとの関係は濃密なものとなったが、それゆえに奔放な彼女との結婚は難しく、やがてオッペンハイマーはジーンと距離を取り、のちに巡り逢ったキティ(エミリー・ブラント)と結婚する。
 やがて、第二次世界大戦が勃発した。この頃、中性子星の論文などによって学会に存在感を示していたオッペンハイマーは、陸軍のレズリー・グローブス(マット・デイモン)から極秘計画への参加を求められる。急速に勢力を拡大していたナチスドイツ、これまでの兵器とは比べものにならない破壊力を発揮する原子力爆弾の開発を進めており、いずれ完成させることは確実視されていた。アメリカ政府はそれに対抗するため、ドイツに先駆けて原子力爆弾を完成させる《マンハッタン計画》を構想した。グローブスは、そのリーダーをオッペンハイマーに任せることにしたのだ。
 計画のためには多くの専門家が心置きなく力を発揮し、連携を取ることの出来る環境が必要、と考えたオッペンハイマーは、潤沢な資本を用いて、ロスアラモスの荒野に町を建設する。
 だがこの頃既に、原子力爆弾については、従来の想定を遥かに上回る破壊力、影響力がある可能性が示唆されていた。それでもオッペンハイマーがこの計画に心血を注いだのは、パワーバランスを維持することが、対立する国家にとっての抑止力になる、と信じたからだった。恐るべき破壊力を秘めた兵器を実戦に投入するのはあり得ない。
 だが、計画の開始から数年後、オッペンハイマーは自身が《パンドラの箱》を開いたのだ、と思い知ることとなる――


[感想]
 日本人ならその名に複雑な思いを抱かざるを得ない人物の、原子力爆弾開発に至る経緯と、その影響で起きた出来事を辿った“伝記映画”であるが、そこは企みに満ちた作品を生み出し続けてきたクリストファー・ノーラン監督、決してシンプルな作り方をしていない。
 粗筋では、劇中の最も昔から順を追って綴ったが、本篇はオッペンハイマーが大学での迷走していた青年期から順を追って綴るパートと、“赤狩り”の時代に行われた聴聞会、そして原子力委員会の委員長であったルイス・ストローズ(ロバート・ダウニー・Jr)に対して行われた公聴会、大きく分けてこの3つのパートを並行して編集している。うっかりすると混乱してしまいそうだが、あくまで青年期から時系列に沿って描くパートを軸とし、オッペンハイマーに対する聴聞会、ストローズに対する公聴会でその当時の出来事や関連する事実に言及していくかたちで綴っていくので、時系列を意識しすぎない方が混乱は少ない。映像的にも、最も後年に位置するストローズへの公聴会をモノクロにする、という形で分けているので、理解はしやすい。
 そして物語としても、想像以上に理解しやすい。なにせ主人公は歴史にその名を刻む量子力学者で、軸は彼が大きく関わる原爆である。専門用語の応酬に翻弄されて取り残されるのでは、という不安を抱く人も少なくないと思われるが、用語の詳しい意味は解らずとも、データが示す影響や実際の結果が明白なので、実感はしやすい――そもそも取り扱っているのが、それ自体は誰にとっても身近な“エネルギー”なのだから、ある意味当然ではあるのだが。
 そうした専門的な要素を巧みに消化しつつ、本篇をスリリングにドラマティックにしているのは、核開発を巡る“政治的側面”である。
 アルベルト・アインシュタイン(トム・コンティ)による相対性理論は後続の研究者によってさらに探求が進み、その理論が示唆した強力な核兵器の開発は、間近に戦争の影が忍び寄るこの時代、各国のパワーバランスを保つために不可欠となっていた。事実、アメリカではオッペンハイマー以外にも多くの科学者が研究開発に携わり、ドイツ、ソビエト連邦における核開発の進展に目を光らせ、警戒をしている。オッペンハイマー以外が仮に、戦争を優位に運ぶことよりも、その使用が破滅的な事態をもたらすことを懸念し、実践的な開発に関わることをやめていたとしても、恐らく結果は本篇のタイトルロールが変わり、筋書が幾らか変動するだけで、大勢は一緒だっただろう。
 確かに先見の明はあり、科学者としても、ロビイストとしても優秀であったオッペンハイマーだが、それ故に自身が扱う技術の危険性を十二分に承知していた。そのことは劇中、マンハッタン計画の開発、実験の場として目を付けたロスアラモスに設けた研究所と試験爆破の舞台の指示の慎重さからも窺える。
 研究の方向性について同僚と意見の対立が起きたり、しばしば届く他国の原子力研究の進展に焦慮したり、困難を含みながらも開発は進む。その中でもオッペンハイマーには、研究の孕む危険性への憂いが常につきまとっている。あの2発の核弾頭が完成し、送り出すときにも、達成感よりも肩の荷が下りたという安堵、そしてそれ以上に、不安を拭えない様子が描かれている。
 故に、あの出来事を知ったときも、その“成果”に周囲が、アメリカ中が沸いている最中も、オッペンハイマーは同じように歓喜は出来ない。あくまで各国間のパワーバランスを考慮していたオッペンハイマーにしてみれば、実際に使用されることを望んではいなかった。むろん、想定はしていただろうが、軍も政府もその威力の凄まじさを理解していれば投下はしないだろう、という希望的観測があった、とも捉えられる。だからこそ余計に、オッペンハイマーが受けた衝撃は極めて大きかった。
 本篇の公開時、劇中で広島、長崎への原爆投下について、直接的な描写がない、という点を批判する声があったと記憶している。だが私は、それは本篇においては必要がなかった、と思う。
 もちろん、被害と向き合う、という考え方は重要だが、本篇で描かれるオッペンハイマーは、そもそも開発している時点からその爆発の規模の凄まじさと、濃縮ウランによる放射能障害の危険性は理解していた。だからこそ、実際に投下された、という事実だけで、その影響も推測できた。彼がその被害を直視しないのは、そこに如実に出現した己の“罪”と向き合うことへの恐怖があった、と捉えられる。向き合え、と言うことは簡単だが、理解していればこそ、まして恐らく想定をも大幅に上回る事態に既に打ちのめされた主人公に、そこまで要求するのもまた残酷だろう。
 3つの時間軸を交錯して紡ぎ、観客を混乱させることなく描写しながら、随所で現れる障害、味わう苦悩を際立たせ、サスペンス的な面白さを膨らませながらも、重厚なドラマを構築していく。書けば容易だが間違いなく離れ業を、本篇は3時間に及ぶ長尺を退屈させることなく成し遂げている。
 これは極めて高度に磨き上げられたサスペンスであり、オッペンハイマーが抱え込んだ“罪と罰”を浮き彫りにした傑作である。けれど、本篇の主人公が対峙したこの“罪と罰”は決して、彼だけが受けるものではなく、あらゆる科学の発展に尽力する科学者、そしてその恩恵に浴するすべての一般市民もまた受け止めるべきものだ。ラストシーンでのオッペンハイマーの呟きは、私たちに対しても投げかけられている。


関連作品:
『メメント』/『インソムニア(2002)』/『バットマン・ビギンズ』/『ダークナイト』/『インセプション』/『ダークナイト ライジング』/『インターステラー』/『ダンケルク』/『TENET テネット』
『トランセンデンス』/『メリー・ポピンズ リターンズ』/『最後の決闘裁判』/『ソー:ラブ&サンダー』/『アベンジャーズ/エンドゲーム』/『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』/『キャッシュトラック』/『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』/『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』/『ナイル殺人事件(2022)』/『空飛ぶペンギン』/『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』/『DUNE/デューン 砂の惑星(2021)』
『深夜の告白』/『博士の異常な愛情/または私は如何にして心配するのを止めて水爆を・愛する・ようになったか』/『日本のいちばん長い日<4Kデジタルリマスター版>(1967)』/『風が吹くとき』/『カウントダウンZERO』/『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』

コメント

タイトルとURLをコピーしました