『ミステリと言う勿れ』

TOHOシネマズ上野、スクリーン3入口前に掲示された『ミステリと言う勿れ』チラシ。
TOHOシネマズ上野、スクリーン3入口前に掲示された『ミステリと言う勿れ』チラシ。

原作:田村由美(フラワーコミックス/小学館・刊) / 監督:松山博昭 / 脚本:相沢友子 / 制作:大多亮、沢辺伸政、渡邉万由美、市川南 / 製作統括:臼井裕詞 / プロデューサー:草ヶ谷大輔、野﨑理、谷鹿夏希 / 撮影:斑目重友 / 美術:あべ木陽次、宮川卓也 / アートコーディネーター:伊藤省吾 / 美術プロデュース:三竹寬典 / 装飾:松下利秀 / 照明:清水智 / 編集:平川正治 / VFXスーパーヴァイザー:野﨑宏二 / 録音:武進 / 音楽:Ken Arai / 主題歌&挿入歌:King Gnu『硝子窓』『カメレオン』 / 出演:菅田将暉、原菜乃華、町田啓太、萩原利久、柴咲コウ、滝藤賢一、鈴木保奈美、野間口徹、角野卓造、段田安則、松坂慶子、でんでん、木場勝己、松嶋菜々子、春風亭昇太、ダンディ坂野、伊藤沙莉、尾上松也、筒井道隆、永山瑛太 / 声の出演:松本若菜 / 制作プロダクション:オフィスクレッシェンド / 配給:東宝
2023年日本作品 / 上映時間:2時間8分
2023年9月15日日本公開
公式サイト : https://not-mystery-movie.jp/
TOHOシネマズ上野にて初見(2023/9/16)


[粗筋]
 天然パーマがトレードマークの大学生、久能整(菅田将暉)は、ひょんなことから入手したチケットで新幹線に乗り、広島県立美術館で絵画を堪能した。少しだけ観光をして、日帰りで帰るはずだったが、突如見知らぬ女子高生に「バイトをしませんか。お金と命が懸かってるんです」と呼びかけられる。女子高生は整の返事も聞かずにさっさと歩き出し、整はやむなく彼女についていった。
 女子高生・狩集汐路(原菜乃華)の家では、祖父・狩集幸長(石橋蓮司)の死に伴い、遺言公開が行われる運びとなっていた。汐路いわく、狩集家の遺産相続の際には毎回のように骨肉の争いが起こり、死者が出るのだという。当初、相続問題が発生した際には、犬堂我路(永山瑛太)が汐路に付き添うはずだったが、故あって表に出るわけにいかなくなった我路は、さる事件を通して知り合った整を汐路に紹介し、汐路は策を弄して整を広島へとおびき寄せたのだった。
 そうしてしぶしぶ整の立ち会った場で公開された遺言は奇妙なものだった。幸長の子供は全員事故によって他界しており、相続権は赤峰ゆら(柴咲コウ)、狩集理紀之助(町田啓太)、波々壁新音(萩原利久)、そして汐路の4人にあるが、一族の掟により全財産を相続するのは1名に限られている。4人はそれぞれに、狩集家の広大な屋敷の中に点在する4つの蔵の鍵が手渡され、「それぞれの蔵において、あるべきものをあるべきところへ過不足なくせよ」という遺言書内の謎掛けを最も早く解き明かした者が相続人となる。
 幸長の子供たち4人が一斉に命を落とした事故は、汐路の父・弥(滝藤賢一)の居眠り運転が原因として処理されていたが、汐路はそれも遺産相続に絡んだ事件だった、と信じていた。整は半信半疑だったが、汐路の疑念を証明するかのように、相続候補者たちの身に災いが連続する。
 奇妙な展開に巻き込まれながらも、整は状況を冷静に観察していた。そして次第に、遺産相続の背後に潜むものを探り当てていく――


[感想]
 田村由美による同題コミックを菅田将暉主演にて制作されたフジテレビ月9枠の連続ドラマ、初の劇場版である。
 本篇でも主人公・久能整を事件に関わらせるきっかけとして登場する犬堂我路の存在など、シリーズ全体を通したエピソードや謎が鏤められているが、基本的には1話か2話で事件が一段落する構造となっており、どこからも入りやすい作りになっている。ドラマ版では先行するエピソードの終盤を放送枠の前半に流し、後半から次のエピソードに繋いでいく、という小憎らしい真似もしているが、映画ではさすがにそういう小細工は出来ない。そのため、ほぼ完全に単独のエピソードとしてまとまっており、ドラマをまったく観ていない人でも恐らく楽しめるはずだ。
 そもそも本篇の魅力は、事件としてそれぞれが独立していること以上に、久能整という得がたいキャラクターにこそ集約されている。
 友達も彼女もいないが人生にこれといって不安もなく、カレー作りとときどきの美術鑑賞に喜ぶ、その辺にもいそうな大学生。外見の特徴も、爆発したような天然パーマくらいだ。しかし、きちんと相手と会話をしながらも、始まるとお喋りが止まらず、その思考の切り口は決して思い込みや決めつけに囚われず独自の感性を貫く。そして、常軌を逸した記憶力と観察力で、起こる事件のみならず関わった相手の秘密や悩みを探り出し、寄り添って、しばしば鮮やかに解きほぐしてしまう。
“名探偵”としてこれ以上ないほど適切な人物像でいて、安易に人と関わったり揉め事に首を突っ込む気もなく、“名探偵”なんて役割は望んでさえいない。しかしそんな彼が、いつの間にか事件に巻き込まれ、やむを得ず、或いは引くに引けず謎解きをしてしまう。『ミステリと言う勿れ』という、本質にそぐわないようなタイトルはまず、そうした整というキャラクターの本音が籠められているのかも知れない。
 そんな男なので、テレビシリーズ(恐らくは原作も)では概ね巻き込まれる形で事件に関わっていたが、本篇もまた、望んでいないのに巻き込まれた格好だ――ただ、久能整という人物の能力を思えば、彼が関わりを持ちたがった数少ない人間のひとりである犬堂我路が背後にいることは薄々察したうえで誘い出されたきらいはあるが、いずれにせよ、当人はひたすらイヤイヤという姿勢を保っているのが本篇の楽しさである。
 そして、タイトルこそこの通りだが、謎解きの物語として実にクオリティが高い。あまりにも奇妙な遺言と、投げかけられた4つの蔵の秘密。遺産相続候補者を襲う脅威の謎もさりながら、亡くなった狩集幸長直系の4人が一斉に命を落とした事故にも疑問が残り、惹きつける要素に事欠かない。そして、中盤でいったんはケリがついたように見せかけて、その先に更に深い闇が覗く恐ろしさ。『犬神家の一族』っぽいのは冒頭の要素だけかと思いきや、クライマックスに向かって次第にくっきりと浮かび上がる真相は、むしろそうした横溝正史的な世界観の正統的後継者めいた趣さえある。いささか背景が大仰すぎ、いささか絵空事めいて感じてしまうのも事実だが、仕掛けとしての派手さ、明かされた瞬間の驚きと、解決篇での心揺さぶる展開は、間違いなくミステリの醍醐味そのものだ。
 そうして考えたとき、ラストの久能整の去り際までも、往年の市川崑監督による横溝正史シリーズの金田一耕助の姿を彷彿とさせる。やり取りはやっぱり久能整そのものでとぼけた味わいだが、多分に意識していることは確実だろう。
 しかしそれでいて本篇はあくまで、久能整という稀有なキャラクターの物語だ。とっかかりは脱線しているような印象を与えるお喋りが、物語の重要な手懸かりと結びつき、思いも寄らない真相を導き出す。それと同時に、目の前にいる人物の闇、苦衷に優しく、時として容赦なく分け入り、解きほぐしていく。この久能整というキャラクターの真価をもっとも感じられるのはテレビシリーズ最初の事件なので、もし本篇で初めて触れるかたには是非ともそちらも併せて鑑賞していただきたい(たぶんそれゆえに、劇場版公開の前週にアレビ放映された特別編は、2時間半の尺の半分を割いて、この第1エピソードをまるまる見せていた)。そういう意味では本篇の終盤は必ずしも満足のいくものではないが、しかしそれでも、彼がいることで救われた人物はたくさんある。他人と関わりを持ちたがらない久能整の優しさが、あまりに残酷な指摘に打ちのめされる人物に寄り添うさまは、それこそ横溝正史映画にはない、苦しくもゆるやかに解放される快い余韻を残すのだ。
 飄々としてユーモラス、1人を好むが他人が嫌いな訳ではなく、簡単に振り回されながらも、謎や苦悩を解きほぐしていく。決してスピードは速くないがテンポよく、擽りと驚きを巧みに織り交ぜた語り口、展開は終始観る者の気持ちを逸らさない。優秀なミステリ映画でありながら、やっぱりそう呼ぶのが躊躇われる、まさに久能整の物語である。ドラマ版ではエピソードの序盤を放送終盤に持ってきて次週に持ち越す、という手口で視聴者を惹きつける一方、途中から入ると事件の導入が解りにくい、という問題があったが、本篇はシリーズ全体に封じ込まれた謎を仄めかしながらも単品として満足出来る仕上がりになっている。ドラマシリーズを観た人はもちろん、ドラマにも原作にも接したことのない人でも楽しめ、その魅力が堪能出来るはずだ。
 ただまあ、出来たならば、テレビシリーズの数少ないレギュラーたちにもう少し出番を与えて欲しかったところではある。パンフレットにもインタビューが載っているが、広島での撮影にはまったく参加出来ず、それどころか整くんにもゲスト陣にも会えなかったのが残念そうであった――それはそれで笑ってしまうのだけど。


関連作品:
キネマの神様』/『すずめの戸締まり』/『沈黙のパレード』/『コンフィデンスマンJP プリンセス編』/『トリハダ-劇場版-』/『コンフィデンスマンJP 英雄編』/『罪とか罰とか』/『武士の家計簿』/『一度死んでみた』/『妻よ薔薇のように 家族はつらいよIII』/『七つの会議』/『源氏物語 千年の謎』/『BALLAD 名もなき恋のうた』/『大鹿村騒動記
犬神家の一族(2006)』/『サスペリア PART2 <完全版>

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