『MINAMATA ミナマタ』

TOHOシネマズ西新井、スクリーン2入口脇に掲示された『MINAMATA ミナマタ』チラシ。
TOHOシネマズ西新井、スクリーン2入口脇に掲示された『MINAMATA ミナマタ』チラシ。

原題:“Minamata” / 監督:アンドリュー・レヴィタス / 脚本:デヴィッド・K・ケスラー、アンドリュー・レヴィタス、ステファン・ドイターズ、ジェイソン・フォーマン / 原案:ユージーン・スミス、アイリーン・M・スミス / 製作:サム・サルカール、ビル・ジョンソン、ガブリエル・ターナ、ケヴァン・ヴァン・トンプソン、デヴィッド・K・ケスラー、ザック・エイヴァリー、アンドリュー・レヴィタス、ジョニー・デップ / 撮影監督:ブノワ・ドゥローム / プロダクション・デザイナー:トム・フォーデン / 編集:ネイサン・ヌーゲント / 衣装:モミルカ・バイロヴィッチ / キャスティング:奈良橋陽子 / 音楽:坂本龍一 / 音楽監修:バド・カー / 出演:ジョニー・デップ、真田広之、國村隼、美波、加瀬亮、浅野忠信、岩瀬晶子、キャサリン・ジェンキンス、青木紬、ビル・ナイ / メタルワーク・ピクチャーズ製作 / 配給:Longride × ALBATROS FILM
2020年アメリカ作品 / 上映時間:1時間55分 / 日本語字幕:高内朝子
2021年9月23日日本公開
公式サイト : https://longride.jp/minamata/
TOHOシネマズ西新井にて初見(2021/10/7)


[粗筋]
 1971年、カメラマンのユージーン・スミス(ジョニー・デップ)は困窮しきっていた。かつては一流紙『LIFE』の専属カメラマンとして、様々な現場に駆けつけ優れた写真を撮ってきたが、近年は意欲を失い、機材を売り払ってなお家賃を滞納するほど収入が不足している。
 酒に酔った勢いで契約してしまった、富士フイルムのCM撮影が、転機となった。通訳として撮影隊に同行した日本人のアイリーン(美波)は、その後の酒の席でユージーンに、熊本県水俣で住民を苦しめる水銀被害の実情を撮影し、世界に伝えて欲しい、と訴えてきた。
 ユージーンには日本に忌まわしい記憶がある。壮絶な沖縄戦を取材し、肉体的にも精神的にも傷を負っていた。それゆえにアイリーンの頼みを最初は拒むが、彼女が置いていった資料に目を通して、広く報道される必要性を痛感する。
 翌る日、ユージーンは『LIFE』編集部に赴いた。つい先日、ユージーンは旧友でもある編集長のロバート・“ボブ”・ヘイズ(ビル・ナイ)から援助の申し出をはねつけたばかりだったが、渡日するには費用と、掲載先が必要だった。ボブも当初は耳を貸さなかったが、やはりユージーン同様、資料に心を動かされ、誌面を開けることを約束する。
 こうしてユージーンはアイリーンを通訳兼助手として伴い、水俣へと赴いた。現地では既に数十年に亘って水銀郊外に苦しめられており、被害をもたらしているチッソ株式会社でも補償を実施している。なおも続けられている環境汚染を止める必要性を訴える山崎(真田広之)らは抗議活動に熱心だが、たびたび好奇の目に晒された住民達のあいだにはメディアに対する抵抗も強く、会社とこれ以上揉めることを望まない者も多く、分断が広がっていた。
 ユージーンとアイリーン、現地で動画による記録を撮り続けているキヨシ(加瀬亮)はある日、チッソ株式会社が身体変形や痙攣など重度の症状に悩む患者を収容するために設立された附属病院に見舞いを装って潜入、患者たちの撮影を実施する。そのことを嗅ぎつけた野島社長(國村隼)はユージーンを会社に招待する。会社として、安全性に配慮していること、工業廃水の影響の少なさを主張する一方で社長は、ユージーンに賄賂をちらつかせた――


[感想]
《水俣病》と呼ばれた、環境汚染による住民の健康被害は、日本では既にある程度知られていたはずだが、この事実が全世界的に認知されたのは、本篇で描かれる写真家ユージーン・スミスと、助手として、当時のパートナーとして尽力したアイリーンというふたりの貢献が大きかった。本篇は、ユージーンが水俣を知り、深く関わっていく過程を、事実を再構成して描いている。
 題名と粗筋から、公害がひとびとに及ぼした影響の大きさ、企業を相手取った戦いの難しさなど、その過酷さに焦点を置いた映画と捉えてしまいそうだが、その解釈で鑑賞するといささか緩い。水俣病患者たちの姿は随所で点綴されるが、その被害の深刻さに充分切りこんでいるとは言いがたいし、また害をもたらした企業や、その後ろにいる国家の対応の問題点を事実から剔出しているわけでもない。被害はある程度生々しさを留めつつもマイルドに描写し、企業の対応は企業の社長の言動に集約させ整理して表現していることが窺える。ドキュメンタリー的な性質を求めると弱い作りだ。
 しかし、ユージーンという、かつての栄光から遠ざかった男が最後に成し遂げた功績を描くことで、その生き様を凝縮して見せようとした試みと考えれば納得がいく。それほど、本篇の眼差しは終始、ユージーンに寄り添っている。
 冒頭は彼の退嬰的な生活ぶりを描き、その惨めさ、自棄的な姿を印象づける。当初、彼が水俣の取材を決意するのも、多分に功名心や過去の栄光に対する固執を窺わせる。しかし、現地を訪ね、住民の苦しみ目の当たりにしたことで、ユージーンの行動に変化が表れる。一種の英雄的な言動をする一方で、想わぬ障害に嘆き、或いは肉体的に傷ついて、しばしば足踏みをしながらも真実に向き合おうとしていく様は、泥臭く生々しいが、一種の崇高さを滲ませる。
 本篇で描かれるユージーンの姿は決して憧れるようなものではない。最終的に大きな仕事は成し遂げた、と言えるが、その過程での放埒は弁護のしようがなく、結果としての冒頭の落魄ぶりに同情の余地はない。デモのさなかでの事件や、最終的に真実を報じるまでの過程は、むしろ彼の無力さを証明するものでもある。ただそれでも、そこに意義があると信じて臨むさまは、プロとしての理想を体現しているかに映る。
 むろん、水俣病とそれに苦しめられたひとびとの実像を描くことにも手を抜いていない。私自身は、個人的な理由から本篇の描写にもそれほど驚かなかったが、見慣れていない人にとって本篇に登場する患者たちの表現はかなり衝撃があるはずだ。とはいえ、その辛さ、惨めさをことさらに強調するのではなく、患者に寄り添って生きていく姿を節度を持って描いているので、過剰な毒々しさは感じさせない。そして、やがてユージーンのカメラによって切り取られるひとびとの暮らしぶりは、痛ましくも美しさがある。
 日本には当時の水俣のような光景が余り残っていないため、海外の漁村に簡単なセットを構築して撮影したシーンが多いという。そのせいか、1970年代にしては少々、古すぎる印象があるものの、雰囲気はかなり表現出来ている。海外で日本を舞台とした映画を撮ると、現場にネイティヴが少ないせいか、日本人にも日本語が聞き取りにくい傾向にあるが、本篇は比較的ちゃんと聞こえる。実話ということもあるのだろう、本篇の日本の描写には敬意が籠もっており、それが映像的な美しさにも結実している。
 だが誰よりも秀逸なのはジョニー・デップだ。破滅型の人間を演じさせれば一級の名優だが、本篇は私の観たなかではベストだと思う。中盤以降でユージーンが示す転換にはやや唐突な印象があるのに、自然に受け入れてしまうのは、表情や所作でその変化をかたちにしたデップに因るところが大きい。
 社会問題を取り扱った作品としては弱い。しかし、ひとりの男の生き様を描きながら、観たひとがそれぞれに直面する問題、困難について一考するきっかけをもたらす、優れた作品であると思う。


関連作品:
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