『犬王』

TOHOシネマズ上野、スクリーン1入口脇に掲示された『犬王』チラシ。
TOHOシネマズ上野、スクリーン1入口脇に掲示された『犬王』チラシ。

原作:古川日出男『平家物語 犬王の巻』 / 監督:湯浅政明 / 脚本:野木亜紀子 / キャラクター原案:松本大洋 / 総作画監督:亀田祥倫、中野悟史 / キャラクター設計:伊東伸高 / 演出:山代風我 / 美術監督:中村豪希 / 色彩設計:小針裕子 / 撮影監督:関谷能弘 / 編集:廣瀬清志 / 音響監督:木村絵理子 / 延享効果:中野勝博 / 録音:今泉武 / 音楽:大友良英 / 歴史監修:佐多芳彦 / 能楽監修:宮本圭造 / 能楽実演監修:亀井広忠 / 琵琶監修:後藤幸浩 / 出演:アヴちゃん(女王蜂)、森山未來、津田健次郎、柄本佑、松重豊、後藤幸浩、本多力、山本健翔、吉成翔太郎、松岡美里 / アニメーション制作:サイエンスSARU / 配給:Aniplex×Asmik Ace
2022年日本作品 / 上映時間:1時間38分
2022年5月28日日本公開
公式サイト : https://inuoh-anime.com/
TOHOシネマズ上野にて初見(2022/6/4)


[粗筋]
 時は南北朝時代。北朝を操る将軍・足利義満(柄本佑)は、自らの政権に正統性を保証する《三種の神器》を捜し求めていた。少なくともそのひとつ、《草薙の剣》が、平家終焉の地・壇ノ浦に沈んでいることだけは解っている。
 当地では、戦乱により沈んだ遺体や武具、宝飾品の類を拾って収入源としている。幼い友魚も父(松重豊)と共に海に潜り、異物を集めるのを生業としていた。ある日、父のもとに都の者が訪ねてきて、壇ノ浦に水没しているはずの“身の丈ほどの櫃”を水揚げするよう求めた。ちょうどそれらしき痕跡を発見していた友魚は、父と都の者を伴い、洋上に出る。
 無事に櫃は船に揚げられた。しかし、得物を確かめた父は、《草薙の剣》を抜き払ったときに生じる衝撃によって絶命する。友魚もその余波によって両目の光を失った。
 友魚は父の亡霊に囁かれるまま、彼らを絶望に追いやった都人に復習するべく旅に赴く。やがて友魚は厳島の地で、祭礼のために各地から呼び寄せられた琵琶法師に出会う。自分と同じように視力を喪った者たちが奏でる、哀切を帯びた琵琶の音色に魅せられた友魚は、谷一(後藤幸浩)という法師と旅を共にし、彼から演奏を学んでいった。
 同じ頃、京の都では、大和猿楽が大衆の芸能から、公家も愛する高尚な芸術へと変化を遂げつつあった。将軍義満の寵愛が、若く美しい世阿弥に注がれているなか、比叡座の頭領(津田健次郎)はその地位を奪うべく、弟子たちに過酷な研鑽を強いていた。
 望みをかけていた長子は、だが何の因果か、二目と見られぬ異形の姿に生まれついてしまった。父は彼に瓢箪の仮面を被せ、飼い犬たちと同等に育てる。だがこの子は、父たちの踊りを見よう見まねで踊るようになった。父からは厳しく止められたが、不思議なことに、踊るうちに子の脚はにわかに余人と同様になり、彼は喜び都へと飛び出して、奔放に舞い踊る。
 そして子は橋の上で、琵琶を携えた少年と出会う。これより、のちに刎頸の友となる友魚(森山未來)と、やがて自ら犬王(アヴちゃん)と名乗る猿楽能の天才による、都を騒がせる物語の始まりであった――



[感想]
《犬王》という能楽師は、記録上実在しているらしい。劇中にも登場する、同世代の《世阿弥》が現在に至る“能”の型を確立し、多くの作品を残しているのに対し、当時の名声のみが記録されていた犬王は、知らない人のほうが大半だろう――かく言う私も、どこまで史実に拠っているのか、訝りながら鑑賞していた。
 さすがに、劇中で演奏される楽曲、舞台の演出は現代に大幅に寄せた誇張だ。ただ、本篇に描かれる、南北朝時代の京都の様子は、かなりの真実味がある。
 京と言えば貴族社会のイメージだが、むろん庶民も生活している。劇中では露骨に描いてはいないが、いわゆる被差別民もいた。文化の中心であればこその猥雑さ、トラブルの多さが、美術や人びとの会話のなかにそっと織り込まれている。そしてそれは、こちらも現在の一般的なイメージとは遥かに異なる友魚によるロックのテイストを大いに含んだ謡、犬王による大胆な演出を施した舞台に説得力をもたらす。貴族が愛する優雅さ、様式美を真っ向から否定し、即興性と昂揚感に優れた彼らの表現に、人びとを惹きつけるパワーを確かに感じられるのだ。
 それにしても本篇における犬王と友魚のパフォーマンスは、アイディアとして大胆極まりない。エレキギターにベース、ドラムまで入れて、明らかに当時ではあり得ない編成にしている。しかし、琵琶のパートを加え、歌詞にきちんと『平家物語』の要素を交えることで、この当時の大衆芸能として受け入れられていた“音楽”を感じさせる。犬王による、ブレイクダンスのような動きも加えた様々な舞台装置を用いた舞も、この当時実践されていた、と考えるにはあまりにも先鋭的だが、決して非現実的なものではない。これだけのものを見せられたら、人びとが熱狂するのも頷ける。
 舞台があまりに華麗で勢いがあるので、あまり意識はさせないが、展開はしばしば強引で、繋がりの掴みにくい部分がある。展開的には導入に過ぎないとは言い条、友魚が琵琶法師となるまでの過程がかなり端折られているし、物語にとって重要な存在である“亡霊”の原理がいささか恣意的に映る。“亡霊”の影響で犬王の身体は次第に変化していくが、あまりにも作り手の都合のいいように進んでいく印象を与えてしまう。貴族や能楽師、琵琶法師たちが、犬王と友魚が京に与えるインパクトに対して見せる反応にしても同様で、違和感を抱いたままになる観客もいるのではなかろうか。
 だが、そうした理屈を凌駕するほどに、本篇で描き出される犬王と友魚のパフォーマンスは鮮烈だ。アニメーションならではの大胆な構図や色遣いを採り入れながらも、不思議なリアリティすら備えている。そして、この常識を逸脱した表現が、あり得ないような奇跡を次々と呼び寄せることすら頷けてしまう。
 それでも物語は、歴史をなぞった非情な結末に辿り着く。しかし、その先にあるエピローグは、何故か快い。歴史にあるリアルを汲み取りながらも構築した世界観が、この空想的、楽園的なラストを裏打ちする。
 劇中で、犬王たちが舞と音楽で綴る『平家物語』は、有名な冒頭で“祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり”と綴るように、世の中の無常を通底するテーマとして抱いている。本篇もまた、その流れを受け継いでいるようにも映るが、しかし同時に、それを表現することが“永遠”へと繋がっていく、という美しい夢を謳っているかのようだ。本篇の心地好さは、苦い結末と表裏一体に織り込まれた、そんな表現者の理想郷を体現しているからこそかも知れない。


関連作品:
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