『ハウス・オブ・グッチ』

TOHOシネマズ日本橋、スクリーン3入口脇に掲示された『ハウス・オブ・グッチ』チラシ。
TOHOシネマズ日本橋、スクリーン3入口脇に掲示された『ハウス・オブ・グッチ』チラシ。

原題:“House of Gucci” / 原作:サラ・ゲイ・フォーデン / 監督:リドリー・スコット / 原案:ベッキー・ジョンストン / 脚本:ベッキー・ジョンストン、ロベルト・ベンティヴェグナ / 製作:ジャンニーナ・スコット、マーク・フォッハム、リドリー・スコット、ケヴィン・J・ウォルシュ / 製作総指揮:ジェイソン・クロス、アダム・エリオット、ミーガン・エリソン、アーロン・L・ギルバート、マルコ・ヴェレリオ・プジーニ、ケヴィン・ウルリッヒ / 撮影監督:ダリウス・ウォルスキー / プロダクション・デザイナー:アーサー・マックス / 編集:クレア・シンプソン / 衣装:ジャンティ・イェーツ / キャスティング:テレーサ・ラッツァーティ、ケイト・ローズ・ジェームズ / 音楽:ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ / 出演:レディー・ガガ、アダム・ドライヴァー、アル・パチーノ、ジェレミー・アイアンズ、ジャレッド・レト、サルマ・ハエック、アレクシア・マーレー、ヴィンセント・リオッタ / スコット・フリー製作 / 配給:東宝東和
2021年アメリカ、カナダ合作 / 上映時間:2時間38分 / 日本語字幕:松浦美奈
2022年1月14日日本公開
公式サイト : https://house-of-gucci.jp/
TOHOシネマズ上野にて初見(2022/2/01)


[粗筋]
 1978年、イタリアのミラノで、父の経営する運送会社の経理を手伝っていたパトリツィア・レッジャーニ(レディー・ガガ)は、知人のパーティの席で妙に場慣れしていない男と会話を交わす。彼の名はマウリツィオ・グッチ(アダム・ドライヴァー)――イタリアを拠点とする名門ブランド《グッチ》創業者の孫にあたる人物だった。
 マウリツィオに惹かれるものを感じたパトリツィアは積極的にアプローチをかけ、ほどなくふたりは相思相愛となる。しかし、マウリツィオの父であり創業者の四男ロドルフォ(ジェレミー・アイアンズ)は、「遊ぶのは構わないが、結婚は駄目だ」とパトリツィアを拒絶する。それでもパトリツィアとの結婚を望んだマウリツィオは家を追い出され、未だ弁護士試験を通過していない身分のまま、パトリツィアの実家に身を寄せ暮らしはじめる。
 運送会社の仕事は思いのほかマウリツィオの肌に合い、彼にとっては満足のいく生活だったが、あるとき、伯父アルド(アル・パチーノ)に声をかけられる。アルドは積極的な販売戦略により《グッチ》の事業拡大に貢献した立役者だが、自身の息子パオロ(ジャレッド・レト)については才能を見限っている。弁護士志望ではあったが真面目に学び、頭の切れるマウリツィオのほうがこれからの《グッチ》に必要だ、とアルドは考えていた。
 依然として《グッチ》の経営に興味のないマウリツィオは乗り気ではなかったが、パトリツィアの心は動いていた。懇意にしている占い師ピーナ・アウリエンマ(サルマ・ハエック)の後押しもあって、パトリツィアはアルドと親交を深め、マウリツィオに断りづらい状況を作ってしまった。
 面白くないのはパオロである。パオロは高級路線で硬直した《グッチ》のデザインを変革したい、と考えていた。マウリツィオが自分の父を奪うなら、自分もマウリツィオの父に託すしかない、とパオロはロドルフォに自身のデザイン画を披露する。しかしロドルフォは、パオロの凡庸さを指摘したアルドは正しかった、と断言し、すげなくパオロを追い返した。
 もともと病がちだったロドルフォはほどなく他界、《グッチ》の経営はアルドが担う格好となった。捲土重来の機会を窺うパオロに、しかしいち早く接触したのは、パトリツィアだった――


[感想]
 リドリー・スコット監督は『ゲティ家の身代金』で、実話をベースに、誰もが羨むような資産家の闇、それゆえに免れ得ない危険性を、美しい映像と緊迫感のある語り口で描きだした。本篇もまた実話を元にしているが、物語の方向性に似通った印象がある。
 ただし、序盤から波乱含みだった『ゲティ家の身代金』と比べると、本篇序盤の描写はまるで平穏だ。物語の核となるパトリツィア・レッジャーニは当初、多少の下心はあっても、純粋にマウリツィオ・グッチに惹かれ結ばれたように映る。だから、結婚に反対されたマウリツィオが、グッチ家という最高峰のブランドを営む一家から勘当されても、さほど意に介していたような描写はない。もし、それ以降にグッチ家が完全に彼らと縁を絶っていたとしたら、話はまるで違っていただろう。
 しかし、内在していた軋轢が、マウリツィオをグッチ家のファミリー・ビジネスに連れ戻してしまった。このとき、パトリツィアがそれを後押ししたのもまた、財欲ゆえとは言い切れない――むろん、幾許かの欲目を出したのは間違いないだろうが、本篇での描写には悪意、邪心は当初、感じられない。本音はさておき、夫の能力を信じ、パトリツィア自身の家業よりも大きな仕事に携わり、彼自身の力で“成功”することを願っていた、と映る。
 だが、パトリツィアに見えたその純粋さは、《GUCCI》というブランドに関わったことで、じわじわと歪んでいく。占い師と懇意になり、客観的には不確かなその助言に従うようになった彼女は、手に入れた富を確かなものにするため、夫のあずかり知らぬところで行動を始める。既に、身内でいがみ合い、摩擦を繰り返していたグッチの一家は、パトリツィアの暴走と共鳴するように軋みを生じていく。
 本篇はパトリツィアが決定的な事態を引き起こすまでを追っていくので、必然的に彼女を軸として描いているが、しかしその一方で、はじめからグッチの一族がいつ分解するとも知れぬ危うさを孕んでいたことも織り込まれている。ブランドの方向性を巡る親族間の対立、そこには各々の資質に絡むどうしようもないボタンの掛け違いも見られる。こと、自らが優れたデザイナーと信じて疑わなかったパオロの顛末はあまりにも象徴的だ。のちにグッチ一族は自らの名を冠したブランドを剥奪される格好になるが、そこには一族でありながら意思の統一を図るどころか、理想さえも乖離していた不運が窺える。
 もうひとつ、本篇の登場人物が、《GUCCI》というブランドの成り立ちを得々と語る場面がある。由緒の正しさを証明するかのようなその逸話を、しかしそばに居た近親者は「誇張だ」と一蹴するのだ。既に露呈していたこうした虚飾は、たとえパトリツィアが現れなくとも、この一族は何らかのかたちで瓦解するか、経営者としての地位を奪われる、或いは形骸化に追い込まれていたのでは、と思わせる。
 リドリー・スコット監督の先行作『ゲティ家の身代金』と似ている、と感じるのは、こうした富や権威への執着がもたらす病理を暴いているが故だろう。文脈は異なるし、終幕も『ゲティ家~』とは趣を違えているが、金銭や権威に対する執着を描き、一種の虚しい余韻を残すのも相通じている。
 事件としてはさほど過去のものではなく、存命のグッチ家のひとびとやパトリツィア、また映画でもその若かりし頃が描かれるトム・フォードといった関係者から、実態とは異なる、といった批判を受けているが、それは正直、大した問題ではない。リドリー・スコット監督ならではのスタイリッシュな映像のなかで、ブランドを題材にしていればこその華麗な美術、ファッションで彩り描いているのは、人間ならば誰しもが持っている可能性のある醜悪な部分だ。たとえ現実と異なっている、意識的な脚色があっても、実際の出来事にも相通じる闇を巧みに表現していることは間違いない。
 信頼の高い監督であるだけに出演者も極めて豪華だが、やはり本篇で気を吐いているのはレディー・ガガだろう。周囲に眩いばかりの経歴を持つ名優が揃っているなか、決して突出した才能があったわけではなく、たまたまうまく立ち回れてしまったが故にやがて一線を超えてしまうパトリツィアを、絶妙な匙加減で演じきった。終幕のひとことが愚かしくも異様に強い印象を残しているのは、それが本篇を象徴するひとことだ、という点もさりながら、特異なキャラクターを体現しきったからこそだろう。
 リドリー・スコット監督のフィルモグラフィにおいては決して突出した出来とは言えないが、その安定した質の高さを証明する1本である。


関連作品:
悪の法則』/『ゲティ家の身代金
エイリアン』/『ブラック・レイン』/『ブラックホーク・ダウン』/『マッチスティック・メン』/『キングダム・オブ・ヘブン』/『アメリカン・ギャングスター』/『ワールド・オブ・ライズ』/『ロビン・フッド(2010)』/『プロメテウス』/『エクソダス:神と王』/『オデッセイ』/『最後の決闘裁判
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