『ジェントルメン(2019・TCX)』

TOHOシネマズ日本橋、スクリーン7入口脇に掲示された『ジェントルメン(2019)』チラシ。
TOHOシネマズ日本橋、スクリーン7入口脇に掲示された『ジェントルメン(2019)』チラシ。

原題:“The Gentlemen” / 監督&脚本:ガイ・リッチー / 原案:ガイ・リッチー、アイヴァン・アトキンソン、マーン・デイヴィーズ / 製作:アイヴァン・アトキンソン、ビル・ブロック、ガイ・リッチー / 製作総指揮:マシュー・アンダーソン、アダム・フォーゲルソン、アンドリュー・ゴロフ、ボブ・オシャー、アラン・ワンズ / 撮影監督:アラン・スチュワート / プロダクション・デザイナー:ジェンマ・ジャクソン / 編集:ジェームズ・ハーバート、ポール・マクリス / 衣装:マイケル・ウィルキンソン / メイク&ヘアデザイン:クリスティン・ブルンデル / キャスティング:ルシンダ・サイソン、サム・ライト / 音楽:クリストファー・ベンステッド / 出演:マシュー・マコノヒー、チャーリー・ハナム、ヘンリー・ゴールディング、ミシェル・ドッカリー、ジェレミー・ストロング、エディ・マーサン、コリン・ファレル、エリオット・サムナー、ジェイソン・ウォン、トム・ウー、ヒュー・グラント / トフ・ガイ製作 / 配給:kino films
2019年イギリス、アメリカ合作 / 上映時間:1時間53分 / 日本語字幕:松崎広幸 / PG12
2021年5月7日日本公開
公式サイト : http://gentlemen-movie.jp/
TOHOシネマズ日本橋にて初見(2021/6/15)


[粗筋]
 大麻の密売で財を成し、ロンドンに確固たる地位を築いたマイケル・ピアソン(マシュー・マコノヒー)は、事業を売却することを決めた。かつて彼の活力の源だった攻撃性は薄れ、愛する妻ロザリンド(ミシェル・ドッカリー)と静かに暮らすことを望み始めていた。
 しかし、暴力で裏社会に君臨した男が引退するとなれば、ただで済むはずがない。マイケルはイギリスでの勢力拡大を目論むマシュー(ジェレミー・ストロング)に、大麻の工場と販路をそっくり譲渡する交渉を開始するが、その情報はやがてマイケルの対抗勢力である中国系マフィア・ジョージ卿(トム・ウー)に嗅ぎつけられた。
 ジョージ卿は息子である後継者ドライ・アイ(ヘンリー・ゴールディング)に命じ、マイケルと交渉に持ち込むため、ロザリンドの営むガレージに押しかける。面談には応じたマイケルだったか、ドライ・アイの提案には一切耳を貸さず追い返してしまう。
 そして、事件が起きる。マイケルの大麻工場のひとつを若いチンピラたちが襲撃、その様子を動画にしてネットに拡散されてしまった。マイケルの腹心レイ(チャーリー・ハナム)はチンピラ達の指導と更正に努めるコーチ(コリン・ファレル)という男の力を借りて、襲撃した若者たちの特定と動画の削除には成功したが、場所が公になってしまったことでマイケルの大麻事業はその価値を減じてしまった。
 襲撃はいったい誰が黒幕なのか。マイケルの握る、500億円にも上る利権を受け継ぐのは誰なのか。そして、事件を背後で嗅ぎ回る私立探偵フレッチャー(ヒュー・グラント)はどんな情報を掴んだのか。イギリスの闇社会で、悪人同士の壮絶な駆け引きが繰り広げられる……


シネマイレージの抽選で当たった、『ジェントルメン』のポスター in 自宅。
シネマイレージの抽選で当たった、『ジェントルメン』のポスター in 自宅。


[感想]
シャーロック・ホームズ』シリーズと『アラジン』の大ヒットでようやく存在感を増してきたガイ・リッチー監督だが、しかし『ロック・ストック・トゥー・スモーキング・バレルズ』や『スナッチ(2000)』でその才能に惚れ込んだ目にはいささか迷走しているように映っていた。
 前述2作のあとに、当時のパートナーであるマドンナをヒロインに『流されて…』のリメイク『スウェプト・アウェイ』を発表するも、初期2作のストリート的なノリを引きずった演出が情緒を求められるプロットと馴染まず、不格好な作品になってしまった。宇宙飛行士になることを志し鍛え上げたマドンナの肉体も本篇のヒロインにいまいちマッチせず、批評的にも興行的にも惨敗してしまう。
『アラジン』だけは未鑑賞なのだが、その後に発表したほかの監督作を観ても、ガイ・リッチー監督の作品はロンドン下町のノリがつきまとっている。世界を股にかけて陰謀と立ち向かう『コードネーム U.N.C.L.E.』にしても、伝説の英雄を扱った『キング・アーサー』にしても、ガイ・リッチーはこのオフビートなユーモアと縁を絶ちきれずにいる、というのが率直な印象だった。
 それゆえに、ずっと勿体なく思っていたのだ。こういう作品を撮ればいいのに、と。

 本当に、初期2作の面白さを味わった人間にしてみれば、まさに「これよこれ」と笑いを誘われる、そんな内容であり、仕上がりだ。
 登場するのは一癖も二癖もある悪党ばかり。大きな利益を巡って、この悪党たちが暴力、或いは様々な策略を用いて、相手の足許をすくおうとしている。しばしば血が流れる緊張感を帯びながら、物語はユーモアを交えテンポよく綴られていく。
 初期2作と同じ文脈にあることは確かだが、大きな違いとして、『ロック・ストック~』や『スナッチ』ではストリートの若者や下っ端、キャリアがあっても最前線にいるような人物がメインだったが、本篇はもっとも中心的に振る舞うマイケルがまず組織のトップ、その腹心レイは暴力沙汰にも慣れているようだが、彼もまた部下を束ねる立場にあり、初期2作のメインキャラクターよりも上位だ。争う相手もチャイニーズ・マフィアの首領と後継者、それにユダヤ人の大富豪、と大物が揃っている。大麻工場を襲撃し配信動画を撮影する、如何にも現代的なストリート・ギャングも登場するが、奪い合うものが大きすぎるが故に、仔の3つの勢力には比肩していない。
 やもすると無計画で力任せだった争奪戦も、初期2作と比べて頭脳戦の様相を呈している。暴力的な行為にも明確な狙いがあり、それをどこまで読んで裏を掻くか、が物語のポイントとなっている。勢い、プロットは複雑になっていて、粗筋のかたちで書くのはなかなか厄介だったのだが、本篇では大方の事態が起きたあとを中心軸とし、マイケルたちを探っていた私立探偵フレッチャーの立場で回想のように語ることで、巧妙にエピソードを整理しているのでかなり解りやすい――とは言い条、ボーっと鑑賞していると把握出来なくなるくらいにはなかなか複雑に展開していくので油断は出来ない。
 タイトルをわざわざ“The Gentlemen”としたのも頷けるほど、本篇にはガイ・リッチー監督の洗練が窺える。率直に言って、ヒットした『シャーロック・ホームズ』シリーズや『キング・アーサー』にすら、やんちゃっぷりや育ちの悪さが滲み出ていたが、本篇はそうした地金の悪さを巧みに覆い隠すほど知的に装い、洗練した佇まいを繕っている。皮肉で言っているのではなく、そうした本質を留めているからこそ、初期2作に歓喜した観客も納得する仕上がりになった、と私は考える。
 ただその一方、残念だったのは、中弛み感があることだ。実はこれも、ガイ・リッチー監督作品にはありがちな傾向で、ひとつひとつの趣向、映像は魅力的だし、テンポもいいのだが、それゆえに全体としてのトーンが平板になってしまう。『ロック・ストック~』や『スナッチ』でも色濃かったこの欠点は、人物像が多彩になり作品世界に広がりが生まれた本篇でも払拭されていない。
 また、映画的な衝撃を演出したいあまり、いささか不自然な描写も散見される。趣向として、絵面としては非常に面白いのだが、リアリティを損ねている点が引っかかる可能性はある。実際、マイケルがある場面で用いた策と、それが生み出す衝撃的なひと幕は、ヴィジュアルは強烈だが、あそこまで極端な現象は起きないだろうし、もしマイケルの言葉通りなら慌てなければいけない事態も起きている。遊びすぎて過剰になってしまった感は否めない。
 しかし、敢えてリアリティに徹することなく振り切ったことで、そのままなら強引すぎるクライマックスのひねりを正当化している、という見方も出来る。何度も逆転を繰り返す終盤のテンションの高さは素晴らしいが、そこまで細かにユーモアと過剰な趣向を盛り込んでいればこそ、受け入れやすいのだ。
 随分と待たされたが、これは確かに、『ロック・ストック~』や『スナッチ』に魅せられた観客が待ち望んでいた作品だ。あの面白さを受け継ぎながら、作り手としての経験を積み重ね研ぎ澄ませた、上質のクライム・エンタテインメントを紡ぎあげた。正直なところ、今後はあまりこちらの嗜好に合う作品をリリースしてくれないのでは、と諦めかけていたが、もう少し期待をかけていいかも知れない。


関連作品:
スナッチ(2000)』/『スウェプト・アウェイ』/『リボルバー』/『ロックンローラ』/『シャーロック・ホームズ』/『シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム
インターステラー』/『パシフィック・リム』/『フライト・ゲーム』/『シカゴ7裁判』/『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』/『ウォルト・ディズニーの約束』/『ハミングバード』/『クラウド アトラス
ゴッドファーザー』/『ゴッドファーザー PART II』/『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ<ディレクターズ・カット>』/『野蛮なやつら/SAVAGES』/『アイリッシュマン』/『SAW

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