『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』

TOHOシネマズシャンテが入っているビル外壁にあしらわれた『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』キーヴィジュアル。
TOHOシネマズシャンテが入っているビル外壁にあしらわれた『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』キーヴィジュアル。

原題:“The French Dispatch of the Liberty, Kansas Evening Sun” / 監督&脚本:ウェス・アンダーソン / 原案:ウェス・アンダーソン、ロマン・コッポラ、ヒューゴ・ギネス、ジェイソン・シュワルツマン / 製作:ウェス・アンダーソン、ジェレミー・ドーソン、スティーヴン・レイルズ / 製作総指揮:ロマン・コッポラ、クリストフ・フィッシャー、ヘニング・モルフェンター、チャーリー・ウォーバッケン / 撮影監督:ロバート・イェーマン / 美術:アダム・ストックハウゼン、 / 編集:アンドリュー・ワイズブラム / 衣装:ミレーナ・カノネロ / 音楽:アレクサンドル・デスプラ / 出演:ビル・マーレイ、オーウェン・ウィルソン、ティルダ・スウィントン、フランシス・マクドーマンド、ジェフリー・ライト、ベニチオ・デル・トロ、エイドリアン・ブロディ、レア・セドゥ、ティモシー・シャラメ、リナ・クードリ、マチュー・アマルリック、スティーヴン・パーク、エリザベス・モス、グリフィン・ダン、ジェイソン・シュワルツマン、フィッシャー・スティーヴンス、トニー・レヴォロリ、ヘンリー・ウィンクラー、ボブ・バラバン、ロイス・スミス、ギヨーム・ガリエンヌ、クリストフ・ヴァルツ、セシル・ドゥ・フランス、ルパート・フレンド、イポリット・ジラルド、ウィンセン・エイト・ヘラル、ウィレム・デフォー、エドワード・ノートン、シアーシャ・ローナン、リーヴ・シュレイバー / ナレーション:アンジェリカ・ヒューストン / 配給:Walt Disney Japan
2021年アメリカ、ドイツ合作 / 上映時間:1時間47分 / 日本語字幕:?
2022年1月28日日本公開
2022年3月16日よりDisney+にて配信開始
公式サイト : https://searchlightpictures.jp/movie/french_dispatch.html
TOHOシネマズシャンテにて初見(2022/1/29)


[粗筋]
 アメリカ、カンザス州の《カンザス・イヴニング・サン》の別冊であり、フランスのアンニュイ=シュール=ブラゼに編集部を構える《フレンチ・ディスパッチ》誌の創刊者にして現役の発行責任者だったアーサー・ハウイッツァー・Jr.(ビル・マーレイ)が心臓発作により急逝した。遺言により、彼が最期に着手していた号をもって、《フレンチ・ディスパッチ》は廃刊が決定した。
 最終号巻頭を飾るのは、エルブサン・サゼラック(オーウェン・ウィルソン)が自転車でフランス各地を巡るエッセイ。今回の舞台は、《フレンチ・ディスパッチ》誌が拠点とするアンニュイ=シュール=ブラゼである。観光地のみならず、スリや娼婦が行き交うエリアにまで潜入したレポートは、極めてスリリングな仕上がりになった。
 ストーリーの1本目は、美術評論家J・K・L・ベレンセン(ティルダ・スウィントン)による《コンクリート・マスターピース》。懲役50年の凶悪な殺人犯でありながら、時代の寵児となった芸術家モーゼス・ローゼンターラー(ベニチオ・デル・トロ)の最高傑作を巡るエピソードである。絵の教育は受けていたものの、収監されて10年は絵筆も手にしなかったローゼンターラーは、しかし彼のミューズである看守シモーヌ(レア・セドゥ)との出会いを契機に、意欲的に創作を始めた。これに目をつけたのは、美術商のジュリアン・カダージオ(エイドリアン・ブロディ)である。詐欺容疑で短い間ながらモーゼスと同じ刑務所に収容されたカダージオは、目利きではないながらもローゼンターラーの絵に可能性を見出し獄中で買い上げ、出所後、巧みにエピソードを加えることで世間の注目を集めることに成功する。しかしある時期を境に、ローゼンターラーはカダージオに作品を届けなくなった。そのあいだにローゼンターラーが手懸けていたものこそ、美術界を騒然とさせた“傑作”であった。
 ジャーナリストとして高潔な精神を持つルシンダ・クレメンツ(フランシス・マクドーマンド)による《宣誓書の改訂》は、アンニュイの街で起きた学生運動のレポートである。兵役を巡って大学、ひいては政府に不審を抱いたゼフィレッリ・B(ティモシー・シャラメ)らは一致団結して抵抗運動に臨むが、参加する学生のあいだでも見解には相違があって、一枚岩とは行っていない。あくまで取材対象とは距離を取り、冷静な立場でものごとを見極めることを信念としていたクレメンツだが、ひょんなことからゼフィレッリと肉体関係になってしまう。行きがかり上、学生達が運動のために用意した宣誓書の改訂まで手懸ける羽目になったが、プロの観点でまとめ上げた宣誓書は思わぬ余波を生んでしまう。
 3つ目のストーリーは、祖国を追われた過去を持つ博識な男ローバック・ライト(ジェフリー・ライト)の筆による《名シェフの横貌》の1篇、《警察署長の食事室》。美食家のアンニュイ警察署長(マチュー・アマルリック)の食卓に同席し、署長が雇うシェフ(スティーヴン・パーク)の料理について綴る予定だったが、そこに署長の息子ジジ(ウィンセン・エイト・ヘラル)が誘拐された、という一報が届く。犯人は、先日逮捕されたギャング組織の会計士アバカス(ウィレム・デフォー)を釈放、或いは処刑しなければジジを殺す、と脅しをかけてきた。ライトも見守るなか、事態は思わぬ展開を示すのだった。
 そして最後は、《フレンチ・ディスパッチ》の歴史そのものであるハウイッツァーの訃報。世界中に愛読者を抱える個性派の雑誌は、どのように締めくくられるのか――


[感想]
 映画もたくさん観ていると、「この作風はこのひとっぽい」「この題材や撮り方はあのひとの特徴だろう」と気づくことが増えてくる。たいていは雰囲気や印象に過ぎないのだが、なかには少し観れば「間違いなくあのひとの作風だ」と解る作り手もいる。クエンティン・タランティーノやロバート・ロドリゲスのような、語り口やお約束の趣向で解る場合もあるが、ロイ・アンダーソンとウェス・アンダーソンは、その画面作りだけで彼らの作品だ、と察知出来る、稀有な作家性を備えた作り手である、と思う。
 ロイ・アンダーソン監督もそうだが、ウェス・アンダーソン監督は美術や構図につよいこだわりを感じられる。1画面や制約されたカメラワークで全体像を捉えることの出来る、書き割りめいた映像で物語を紡いでいく。登場人物もやけに個性が際立っていて、みな超然としているのに、どこか愛らしく、親しみすら覚えてしまう。
 本篇も、冒頭のひと幕からそれと解るほどウェス・アンダーソン監督らしさが滲み出ている。ひとりの編集者の死、という不幸な出来事には似合わぬほど軽快な語り口で、それぞれの編集者が取材する異なるエピソードを順繰りに語る。リアルでありながら、虚構感の強い不思議な物語の数々に、気づくと魅せられてしまう。
 描かれていくのは、決して社会派のようなテーマ性はないが、異様なほどに想像力を喚起するエピソードの数々だ。自転車旅、というかたちでまず舞台となる架空の街を活き活きと描き出すと、獄中の芸術家の取材、という独創的だが妙に説得力のある設定のもと、寓話めいた物語を紡ぐ。続いてのエピソードは、一時期に世界各地で繰り広げられた学生運動を戯画化したようなシチュエーションで、街を形成する架空の歴史さえも浮かび上がらせる。そして終盤の、恒例企画の一環として行われた取材が思わぬ事件に繋がっていくさまは、自転車旅で描かれた街の多様性を立体化する。
 ウェス・アンダーソン監督作品はしばしば群衆劇の様相を呈し、架空の共同体の像を緩やかに形成する表現を取るが、その意味で本篇は間違いなく最高傑作だ。これまでは、群像劇のかたちを取りながらもひとつの出来事や全体で追うべきモチーフがあり、群像であっても収束していく印象だったが、本篇は大きな広がりを見せている。その活き活きとした描写は、さながら《フレンチ・ディスパッチ》という雑誌が紡いでいた世界をスクリーンに投影するかのようだ。
 キャラクターの個性、魅力も素晴らしい。豪華絢爛なキャストたちが、やけに表情が乏しいのに、それぞれの感情や心の交流が滲み出す味わい深い演技を見せる。個々に信念のある記者や、学生運動の闘士、犯罪者など、目的・動機が荒々しい者もどこか間が抜けていて愛らしい。たぶん、誰でもどこかしらに共感や親近感を覚えるキャラクターがいるはずだ。
 個人的に思い入れがあるのは、獄中の芸術家モーゼス・ローゼンターラーだ。演じているベニチオ・デル・トロが、私の敬愛する俳優だから、というのも大きいが、それゆえに、彼の持つ役者オーラを活かしたこのキャラクターが非常に嬉しかった。犯罪者であればこその危うさ、芸術家らしい精細さに、チャーミングさすら添えた本篇での演技は、ここ数年で最高の仕上がりだった。
 多くの俳優たちに愛され、監督側もしばしば同一のキャストを繰り返し起用し、美術や語り口と共に唯一無二の世界観を構築する。そうしたウェス・アンダーソン監督の作家性が完璧なバランスで調和した、代表作となる1本だろう。


関連作品:
ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』/『ライフ・アクアティック』/『ダージリン急行』/『ムーンライズ・キングダム』/『グランド・ブダペスト・ホテル』/『犬ヶ島
デッド・ドント・ダイ』/『ワンダー 君は太陽』/『サスペリア(2018)』/『ノマドランド』/『ザ・ランドロマット-パナマ文書流出-』/『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』/『サード・パーソン』/『007/スペクター』/『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』/『ジミーとジョルジュ 心の欠片を探して』/『消されたヘッドライン』/『透明人間(2020)』/『オーシャンズ8』/『ビッグ・アイズ』/『マザーレス・ブルックリン』/『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』/『ジゴロ・イン・ニューヨーク』/『レディ・バード』/『アリータ:バトル・エンジェル』/『ヒア アフター』/『スポットライト 世紀のスクープ』/『ブラッド・ワーク

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