『イレイザーヘッド』

角川シネマ新宿の入っているピル、エレベーター前のスペースに展示された企画上映「デヴィッド・リンチの映画」ポスター。
角川シネマ新宿の入っているピル、エレベーター前のスペースに展示された企画上映「デヴィッド・リンチの映画」ポスター。

原題:“Eraserhead” / 監督、脚本、プロダクション・デザイン、音楽&製作:デヴィッド・リンチ / 製作総指揮:フレッド・ベイカー / 撮影監督:ハーバート・カードウェル、フレデリック・エルムス / 出演:ジャック・ナンス、シャーロット・スチュワート、アレン・ジョセフ、ジーン・ベイツ、ジュディス・アンナ・ロバーツ、ローレル・ニア、ジャック・フィスク、ジェニファー・チェンバース・リンチ / 初公開時配給:東映洋画 / 映像ソフト発売元:Pony Canyon
1977年アメリカ作品 / 上映時間:1時間29分 / 日本語字幕:関美冬 / PG12
1981年9月12日日本公開
2017年9月29日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|Blu-ray Disc:amazon]
角川シネマ新宿にて初見(2017/10/11) ※デヴィッド・リンチ デビュー50周年記念上映


[粗筋]
 休職中の印刷工ヘンリー(ジャック・ナンス)は奇妙な夢を見た翌日、メアリー(シャーロット・スチュワート)に呼び出され、彼女の自宅に赴く。
 得体の知れない食事を饗されたあと、メアリーの母(ジーン・ベイツ)はメアリーが子供を産んだ、と告げ、ヘンリーが父親ではないか、と問い詰めた。ヘンリーはメアリの母に要求されるがまま、メアリーを妻として迎え入れることを約束する。
 産まれた、という子供は超未熟児で、異様な姿形をしていたが、やたらと鳴き声が激しく、数日もしないうちにメアリーはノイローゼに陥った。以来、メアリーは頻繁に実家に帰り、ヘンリーに赤子の世話を任せるようになる。
 やがて赤子は高熱を発しはじめた。介護に努めていたヘンリーだったが、異様な泣き声と繰り返す悪夢の果てに、常軌を逸していく――


[感想]
 ……と、いちおうは粗筋を書いてみたが、正直なところ、こういう受け止め方でいいのか困っている。
 本篇は最初から、どこまでが現実でどこからが悪夢なのか、或いは妄想なのか、まったく判別がつかない。プロローグらしき部分では、主人公ヘンリーの中から未成熟の胎児に似たものが分離して、何者かの操作によってそれがどこかへ落とされる場面が描かれる。そして、そのくだりのあとで、街を歩くヘンリーの姿をカメラが追っていく。この時点で、冒頭のシーンの意味がまるで解らない。
 それぞれの関係性を明示しないまま、メアリーという人物にヘンリーが呼び出される、そのくだりまでは取り立てて異変はないが、メアリーの家での出来事がまたひとつひとつ異様だ。料理をかき混ぜるのにわざわざ老婆の膝にボウルを置き、後ろから手を掴んで動かす、という謎のプロセス。まるで人形のような老婆の振る舞いだが、銜えさせられたタバコはきちんと吹かしているのだ。そして、食卓には丸焼きになりながら動く鶏肉が上がり、メアリーの母親は鶏肉にフォークが突き立てられると何故か喘ぐような仕草をする。
 ひとつひとつの出来事が奇妙で、観ているうちにどんどんと現実から遊離していくような感覚に陥る作品だ。“意味不明”のままで投げ出したくないから、こちらは提示される描写を解きほぐそうとするが、映画は更に不可解な場面を鏤め、観客をどんどんと迷宮の深奥へと導いていく。
 恐らくは、ほとんどの工程をひとりで担当したデヴィッド・リンチ自身、それぞれの描写に明確な意味を籠めることはしていまい。製作中、想定していなかったタイミングで子供が出来、親になることへの不安が作品に織り込まれている、という話もあるようだが、本篇で提示される要素は決してそこで留まらず、生命の誕生、自分という存在への懐疑すら揺らめいている。
 この作品がただシュールで不可解、というだけに留まっていない最大の要因は、モノクロの映像を選択したところにあるように思う。舞台は明らかに貧しいひとびとの暮らす地区であり、そのまま映せば薄汚れた印象が強まるところを、陰影の明瞭なモノクロにすることにより、美術的な映像に仕立てている。一瞬、度肝を抜かれるような赤子の姿も、もはや悪夢なのか幻覚なのか、或いは現実のようにすら思えるグロテスクなクライマックスでさえも、奇妙な色香を放つかのようだ。
 本篇を複数の人間で同時に観始めても、鑑賞中に会話を交わさない限り、感想は決してひとつになるまい。ある者はグロテスクだが筋の通った悪夢と評し、別の者は支離滅裂なだけの作品、と断じるかも知れない。しかし、満場一致で“駄作”と切って捨ててしまえない、それほど意識的に観客の予測を裏切りながらも芯の通った映像世界を構築する、というのは、言うほど簡単ではない。監督が本篇のあとに『エレファント・マン』で国際的な成功を収め、テレビシリーズ『ツイン・ピークス』という一大カルチャーとなる作品を生み出してしまった、という事実も手伝っているとはいえ、40年以上を経ていまなお鑑賞されていることが、本篇の価値を何よりも如実に証明している。


関連作品:
マルホランド・ドライブ』/『それぞれのシネマ ~カンヌ国際映画祭60周年記念製作映画~
シティヒート』/『デッド・サイレンス』/『ツリー・オブ・ライフ
2001年宇宙の旅』/『エイリアン』/『CUBE』/『オテサーネク』/『ウェイキング・ライフ』/『地球、最後の男』/『複製された男』/『プリデスティネーション』/『レッドタートル ある島の物語』/『ミッドサマー

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