『バンク・ジョブ』

『バンク・ジョブ』

原題:“The Bank Job” / 監督:ロジャー・ドナルドソン / 脚本:ディック・クレメントイアン・ラ・フレネ / 製作:スティーヴン・チャスマン、チャールズ・ローヴェン / 製作総指揮:ジョージ・マッキンドー、ライアン・カヴァノー、デイヴィッド・アルパー、アラン・グレイザー、ゲイリー・ハミルトン、クリストファー・マップ、マシュー・ストリート、デイヴィッド・ウェアリー / 共同製作:メイリ・ベット / 撮影監督:マイケル・コールター,BSC / 美術:ギャヴィン・ボケット / 編集:ジョン・ギルバート,ACE / 衣装:オディール・ディックス・ミリョー / 音楽:J・ピーター・ロビンソン / 出演:ジェイソン・ステイサムサフロン・バロウズ、スティーブン・キャンベル・ムーア、ダニエル・メイズ、ジェームズ・フォークナー、アルキ・デヴィッド、マイケル・ジブソン、キーリー・ホウズ、ジョージア・テイラー、リチャード・リンターン、ピーター・ボウルズ、アリステア・ペトリー、ハッティー・モラハン、ドン・ギャラガー、クレイグ・フェアプラス、ジェラルド・ホーラン、デヴィッド・スーシェ、ピーター・デ・ジャージーコリン・サーモンシャロンモーガン / モザイク・メディア・グループ製作 / 配給:MOVIE-EYE

2008年イギリス作品 / 上映時間:1時間50分 / 日本語字幕:松浦美奈 / PG-12

2008年11月22日日本公開

公式サイト : http://www.bankjob.jp/

シネマライズにて初見(2008/12/20)



[粗筋]

 1971年、イギリス。中古車販売店を経営するテリー・レザー(ジェイソン・ステイサム)は窮地に陥っていた。経営に行き詰まり、毎日のように借金取りが厭がらせにやって来る。

 資金繰りに悩んでいたそのとき、かつて親しくしていたマルティーヌ・ラヴ(サフロン・バロウズ)がふらりと姿を現した。彼女はテリーに折り入って話があると言い、バーに呼び出す。そこでマルティーヌが齎したのは、ベイカー街に面するロイド銀行の貸金庫のセキュリティが脆弱である、という話だった――つまり、銀行を襲撃しようと言うのだ。

 小さな悪事には手を染めてきたが、大それた犯罪は経験のないテリーは、その申し出に困惑する。しかし、彼の生活は既にどん詰まりに来ていた。この状況を打開するためには、大きな“儲け話”に飛びつくしかない。テリーはまず古い仲間であるケヴィン(スティーブン・キャンベル・ムーア)、デイヴ(ダニエル・メイズ)に呼びかけ、銀行周囲の下調べに着手した。

 一軒挟んだところにあるハンドバッグの店舗が新たな店子を募集していることに着目し、その地下からトンネルを掘っていく計画を立てると、専門家のバンバス(アルキ・デヴィッド)を呼び寄せ、更に偽の経営者役として詐欺師のガイ(ジェームズ・フォークナー)を招き入れる。着々と潜入への手筈を整えながら、だがテリーはマルティーヌの動向が気に懸かって仕方なかった。テリーの目を盗んで、彼の見知らぬ男と幾度も接触しているらしい彼女に、テリーは疑念を抱く。

 そう、マルティーヌには黒幕がいた。彼女が接触していたのは、イギリス諜報部に属するティム・エヴェレット(リチャード・リンターン)という人物である。

 現在、イギリス諜報部は、慈善活動家を装った悪党マイケルX(ピーター・デ・ジャージー)という男に手を焼いているが、この男は政府の弱みを握っており、官僚に対して圧力をかけてくるために、明白な犯罪の痕跡があるにも拘わらず逮捕することが出来ずにいた。マイケルXが握った脅迫材料が秘匿されているのが、どこあろう、ロイド銀行の貸金庫なのである。

 テリーたちが侵入を企てる貸金庫に眠っているのは、マイケルXが入手した、イギリス王室のスキャンダル――そしてそれが、この襲撃事件を、前代未聞の展開へと導いていく……

[感想]

 ここで語られる銀行強盗事件は、実際に発生している。まさに作中で語られているとおりの年、たとえイギリスに詳しくない人であっても聞き覚えがあるはずのベイカー街に面した銀行の貸金庫が襲われ、収蔵されていた金品が盗まれたものの、その性質から多くは被害届さえ出さず、また報道も突如として収束してしまい、容疑者の訴追も満足に行われなかった、という聞くだに不思議な事件である。

 本篇は、その事件に関与した人物から取材し、固有名詞や人物を特定できる要素をなるべく排除しつつ、極力事実に添って作りあげた映画だと謳っている――それを信じるか否かはさておき、確かにこういう事情であれば真相が世間に公表されずじまいになったのも理解できる、という筋をきちんと拾い上げていることは疑いない。

 そして何より、事実であるか否かを別にして、本篇は純粋に面白い。冒頭の段階で、背景となる出来事や、のちのち絡んでくる登場人物をパッチワーク的に羅列すると、そこから中心となる銀行襲撃の計画が押し出され、主人公たるテリーに辿り着く。そこから先は基本、オーソドックスなほど真っ当な強盗ものの手順を踏んで、計画と実行の過程が描かれていく。だが本篇の場合、その前提に怪しげな背景が描かれているから、この単純な立案と実行に奇妙なスリルがつきまとい、緊張感が途切れない。

 本篇の登場人物たちが、決して特異な人物として描かれていないのも奏功している。『トランスポーター』シリーズや『アドレナリン』、現在も公開中の『デス・レース』とタフなヒーロー、或いはアンチ・ヒーロー役の定着した感のあるジェイソン・ステイサムだが、本篇ではもともと些細な犯罪に手を染めていたようだが現在は真っ当に生きようと苦しんでいる、格別な才能を備えているわけでもない男テリーに扮し、妙な親近感を覚えさせる。そんな彼を計画に巻き込むマルティーヌにしても、いわば“運命の女”的な位置づけだが誰しもを色香で狂わせることの出来ない、悪人になりきれない人物像が却って出色だ。そんな思い切りの悪い悪党たちが、傍目にもどこか抜けた計画を発覚スレスレの危うさで実行に移していくスリリングさが秀逸だ。唯一、ドラマでエルキュール・ポアロを演じたことで知られるデヴィッド・スーシェが最強の敵役として存在感を発揮しているが、むしろ彼が突出していることが、作品に力強さを齎し、クライマックスのカタルシスを加速している。

 そうして辿り着くクライマックス約30分間の、先の読めない展開が特に素晴らしい。現実の展開や登場人物の位置づけを考えれば予測は可能だが、しかしそこに辿りつくまでの紆余曲折が複雑で、最後まで予断を許さない空気を醸し出す。窮地に追い込まれたテリーが起死回生を期して張り巡らせた伏線が、パディントン駅周辺で入り乱れる様は圧倒的だ。またここで、決して秀でたところのなさそうな主人公に、肉体的ポテンシャルの高そうなジェイソン・ステイサムを起用した意義がちゃんと見いだせるのも巧い。ここでの活躍は、彼以外の役者が演じていれば恐らく不自然に映ったことだろう。

 唯一惜しむらくは、緊迫しながらも人が傷つけ合うことの少なかったストーリーが、終盤でにわかに血塗られていく点である。あれがなければ、ほとんど曇りもなくスッキリとした余韻を齎す結末となっただろう。

 ただそこは好みの問題に過ぎない。この緊迫した展開のお陰で、余韻に苦みを添え、豊潤なものに変えているのも事実だ。あとに何も残らないような爽快さを求めない人にとっては、これこそ理想と言えるだろう。

 正統派でありながら、決して一筋縄ではいかない作りをしており、かつ複雑さをほとんど意識することなく堪能できるという、完成度の高い傑作娯楽映画である。終盤で血塗られていくことと、そもそも背景にあるのが性的なスキャンダルであるだけに、大人から子供までとは言えないのが残念だが、子供たちには成長してからこの極上の味わいを堪能してもらえばいいだろう。

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