『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝-永遠と自動手記人形-』

TOHOシネマズ上野、スクリーン2入口脇に掲示されたチラシ。

原作:暁佳奈(KAエスマ文庫・刊) / 監督&絵コンテ:藤田春香 / 脚本:鈴木貴昭、浦畑達彦 / 監修:石立太一 / シリーズ構成:吉田玲子 / 世界観考証:鈴木貴昭 / 企画プロデューサー:八田英明 / 製作:八田陽子、古田陽子、西出将之、井上俊次、鶴岡陽太 / 演出:山村卓也、太田稔、山田尚子、藤田春香 / キャラクターデザイン&総作画監督:高瀬亜貴子 / 作画監督チーフ:門脇未来 / 色彩設計:米田侑加 / 美術監督:渡邊美希子 / 3D美術:鵜ノ口穣二 / 撮影監督:船本孝平 / 3D監督:山本倫 / 音響監督:鶴岡陽太 / 編集:重村建吾 / 音楽:Evan Call / 主題歌:茅原実里『エイミー』 / 声の出演:石川由依寿美菜子悠木碧内山昂輝子安武人遠藤綾茅原実里戸松遥田所あずさ、武田華、各務立基、齋藤綾斉藤次郎 / アニメーション制作:京都アニメーション / 配給:松竹

2019年日本作品 / 上映時間:1時間30分

2019年9月13日日本公開

公式サイト : http://www.violet-evergarden.jp/sidestory/

TOHOシネマズ上野にて初見(2019/9/24)



[粗筋]

 大戦の終結を経て、電波塔の建設が進み、街灯がガスから電気へと切り替わりはじめ、いよいよ発展への道を歩みはじめたライデンシャフトリヒに、1人の幼い少女テイラー・バートレット(悠木碧)が海を越えてやって来た。

 テイラーが訪れたのは、退役軍人クラウディア・ホッジンズ(子安武人)が創業したC.H郵便社。テイラーは幼い頃に受け取った手紙を頼りに、郵便社に勤めるヴァイオレット・エヴァーガーデン(石川由依)に会いに来たのだ。

 きっかけは、4年前に遡る。

 全寮制の女学校に通うイザベラ・ヨーク(寿美菜子)のもとに、ヴァイオレットが派遣されてきた。ヴァイオレットの本来の仕事は“自動手記人形”と呼ばれる、手紙の代筆サーヴィスだったが、王家からの依頼で、デビュタントを控えたイザベラの家庭教師を務めることになったのだ。

 当初イザベラは、品があり、何事にも物怖じする様子を見せないヴァイオレットに反発を覚える。かつては極貧の生活を送り、この女学校も自らの意志で入学したわけではない。何事も完璧にこなし、どこにでも行くことの出来る彼女を、内心では羨んでいた。

 その毅然とした佇まいから、同級生に“騎士姫様”と呼ばれるようになったヴァイオレットだが、間近で接していたイザベラは、次第に彼女が完璧なばかりではないことに気づく。ときおりピントのずれた受け答えをし、常識への疎さを覗かせる。そして、かつては孤児だった、ということを知ると、次第にイザベラは親しみを覚えるようになった。

 イザベラも、ほんの少し前までは、孤児だったのだ――

[感想]

 2018年、テレビ放映前から国際的なセールスを開始したことでも話題となったテレビシリーズをもととした作品である。

“外伝”と銘打っているが、テレビシリーズと基本的な作りは変わらない。テレビシリーズはヴァイオレットが自動書記人形となり、顧客たちの手紙を代筆してその想いに触れることで“感情”というものを理解していくプロセスを辿る大きな枠組があるが、各話ごとに異なる視点人物のナレーションが入り、それぞれの目から見たヴァイオレットが語られる、というスタイルを取っている。本篇も、前半はイザベラ、後半はテイラー、ふたりの視点を中心として、ヴァイオレットを取り巻くようにして物語を展開していく。2つのエピソードが繋がることで長篇の体を為す、というのはテレビシリーズにはなかった趣向だが、作りとしてはシリーズを敷衍している。

 しかし、この作品を理解するのに、テレビシリーズを観ている必要は決してない。ヴァイオレットを狂言回しにしながらも、物語としてはあくまでイザベラとテイラーというこのふたりの女性とその繋がりを巡るものだ。仮にテレビシリーズについていっさい知らなかったとしても、背景に謎を秘めたヴァイオレットという女性とイザベラの友情物語として、そしてその縁が遠い絆を結ぶ物語として楽しめるはずだ。

 制作を担当した京都アニメーションといえば、テレビシリーズでも一貫して安定した作画のクオリティと、繊細を極める動作の表現に定評があるが、それは本篇においても健在だ。光と影を巧みに操り、表情だけでなく指や足捌きにも神経を行き届かせて心情を表現する。物語として決して大きな動きのない序盤も、その繊細な表現で惹きつけられてしまう。

 またこの作品は、華やかなロマンを意識的に多く詰めこんでいるのも見所だ。特にイサベラの章は、ゴチックロマンスを彷彿とさせる空間に、いわゆる“百合”っぽい要素が意識的に盛り込まれている。もとが兵士であるヴァイオレットの凛とした立ち居振る舞いを見た周りの生徒が彼女を“騎士姫様”と呼んで憧れの眼差しを向ける、というのもこの世界観ならではだが、一緒にベッドに入ったり入浴したり、クライマックスには男装に身を包んだヴァイオレットとドレス姿のイザベラが踊るシーンがあったり、とあまりにも華麗でくすぐったい見せ場がちりばめられている。特にダンスシーンは多彩なカメラワークを試みながらも所作の表現が細やかで、それまでふたりのあいだで交わされた思いを昇華する、前半屈指の名場面となっている。

 そんな乙女のロマンスから一転、後半は“小さな冒険物語”風の装いとなる。無断で孤児院を飛び出してきたテイラーが、ある理由から憧れを抱いた郵便配達になることを夢みて、ヴァイオレットを頼ってくる。その仕事に長く携わっているものなら当たり前、と思うような配慮や努力が、テイラーには驚くべき出来事となり、幸福な冒険譚として描き出される。

 テイラーがライデンシャフトリヒを訪ねる動機としては機能しているものの、後半の鍵は郵便配達のベネディクトだ。そのぶん、率直に言えば若干華に欠けるが、職業人としてのベネディクトの真面目さに焦点が当てられている。自身の毎日代わり映えのしない仕事に倦んでいたベネディクトが、何も知らないテイラーと接することで、仕事への誇りを少し取り戻すプロセスがちょっとグッと来る。

 しかし、やはり白眉は、そうした体験を踏まえてのクライマックスだ。

 実は本篇は、多くの部分で説明を省いている。あらゆる設定を安易に羅列したりしない、のは当然にしても、恐らく観客が知りたい部分についても、意識的に伏せている痕跡がある。

 だが、細部を観客の想像に委ねながらも、本篇のクライマックスは観る者の心を揺さぶらずにおかない。ここで巡り会うふたりの心情、それぞれの判断や行動に、語られていない背景や、描かれていない時間のあいだに得た経験が滲み出している。

 決して華々しいとは言いがたいクライマックスだが、構図やカメラワークを駆使し、この感動的な出会いを鮮やかに彩る。所作のひとつも疎かにしない京都アニメーションの姿勢があってこそ、このクライマックスは美しく心に残るものになっている。

 もちろんテレビシリーズ本篇を観ていれば深く楽しめるのも間違いないが、単品としても好篇だと思う。テレビシリーズもそうだったが、観終わって、誰かに秘めていた言葉を届けたくなるような、そんな作品である。

 なお本篇はこのあと、恐らくはヴァイオレット自身の物語の完結篇となるであろう、正伝の劇場版が公開される。

 ご存じの通り、悲しい事件によって京都アニメーションは甚大な被害を受け、その余波によって新作の公開は2020年1月からの延期が発表された。

 だが、完成された作品自体は残り、新作はその資産を受け継ぎ制作が続けられている。いまはただ、その努力が報われ、ふたたびその作品が届けられる日が来ることを信じて待ちたい。

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