『潜水艇タイタン:オーシャンゲート社が犠牲にしたもの』

『潜水艇タイタン:オーシャンゲート社が犠牲にしたもの』予告篇映像より引用。
『潜水艇タイタン:オーシャンゲート社が犠牲にしたもの』予告篇映像より引用。

原題:“Titan : The OceanGate Disaster” / 監督:マーク・モンロー / 製作:ジョン・バーディン、リリー・ギャリソン、マーク・モンロー / 撮影監督:ジェイク・スワンコ / プロダクション・デザイナー:ブリアンな・マーフィ / 編集:ジェームズ・レック / 音楽:ネイサン・クライン、アンドリュー・スキート / 出演:ストックトン・ラッシュ、エミリー・ハマーマイスター、デヴィッド・ロックリッジ、トニー・ニッセン、シドニー・ナルジョレ、ジェイソン・ニューバーガー、ジョセフ・アッシ、ロブ・マッカラム、ボニー・カール、マーク・ハリス、ビル・プライス、ポール・マクデヴィット、デヴィッド・ポーグ、ジェイク・コーラー、フィル・ブルックス、ジェイムズ・キャメロン、ティム・キャターソン、ジャック=イヴ・コーステュー / 配給:Netflix
2025年アメリカ作品 / 上映時間:1時間51分 / 日本語字幕:新田美紀 / 13+
2025年6月11日全世界同時配信開始
公式サイト : https://www.netflix.com/title/81712178
Netflixにて初見(2025/8/20)


[粗筋]
 2023年6月18日、カナダ沖のタイタニック号沈没海域で、観光用の潜水艇タイタンが遭難した。通信が途絶えた、という通報に、複数の国が捜索を行うが、数日後、崩壊した船体と、遺体の一部が発見される。遭難したのは4000メートルに近い深海、乗員5名に生存の可能性はない、という結論が出された。海底で消息を絶った人々のなかには、タイタン号を開発、運用したオーシャンゲート社のCEO、ストックトン・ラッシュも含まれていた。
 オーシャンゲート社はラッシュとギレルモ・シェンライが観光会社として2009年に創設した。2010年から、商用潜水艇をリースし、各地で海底探査を行うツアーを実施するようになる。そして、2016年に、1912年にカナダ沖に沈没した豪華客船タイタニック号を、自社開発した潜水艇で行う計画を立てる。
 大学で航空宇宙学を修めたラッシュには勝算があった。一般的に、深海探査に用いる潜水艇は船殻にチタンを用いており、建造には多額の費用がかかるが、ラッシュはここに、宇宙船に用いられる炭素繊維を使用する。炭素繊維は安価であり、開発運用が容易になる、と考えたのである。
 計画のために、オーシャンゲート社は多くの技術者、専門家を雇用した。しかし、技術者の多くは、強度テストの段階で、この設計に強い不安を抱くようになる。炭素繊維は強度に優れる一方、緻密に絡みついた繊維が破断することで、急速に耐圧性能が落ちる。
 そこでオーシャンゲート社は“安全対策”として、船内の随所にマイクを設置、母船で間断なくモニターを実施することにした。僅かでも異音を検知すれば、潜水は中断し浮上する、というものである。
 だが、当初開発主任を務めていたデヴィッド・ロックリッジは、それでも現在の潜水艇の設計が、実用に耐えないものであることを指摘する。耐圧実験のモニターは、圧力を上げるごとに異音を検出しており、潜水するごとに炭素繊維は切れ、耐久性が落ちているのが明白だった。
 ラッシュの決断は、ロックリッジの解雇だった。大勢の同僚が見守る前での処分は、同様の問題意識を抱く者たちに警戒の年を更に抱かせ、それ以外の従業員たちの萎縮を招く。
 その後、ラッシュは批判や対立に敏感になり、重要な技術者の解雇が相次ぐ。危機感を抱いた従業員は、最悪の事態が訪れないことを祈りながら、会社を離れていった。
 紆余曲折の末、オーシャンゲート社は2021年から、タイタニック号を見物する観光潜水を開始する。そして運命の瞬間へのカウントダウンが始まった――


[感想]
 当時、世界中を騒がせた事故を記憶している人は、これを書いている2025年時点ではまだまだ大勢いるはずだ。連絡の途絶と、複数の国を巻き込む捜索、そして最悪の報告まで、ニュースで追っていた人も少なくないはずだ。
 本篇はこの事故に至るまでの過程を、ふんだんにある資料映像と、元技術者、元従業員、随所で関わった捜査員や、実際にタイタンのツアーをレポートした人々に対するインタビューで追ったドキュメンタリーである。
 ドキュメンタリーというものは、どうしても作り手の意向、見解が色濃く反映されてしまう。どれほど理性的に事実に向き合おうとしても、このバイアスを排除することは恐らく不可能だ。だから、本篇から受ける印象をそのまま事故の真相と捉えるのは本来、慎むべきではあるのだが――それでも、本篇で採り上げられた証言、映像を観る限り、事故はほぼオーシャンゲート社のCEOであり、タイタンと運命を共にしたストックトン・ラッシュの強すぎる承認欲求と、最後まで自制出来なかった驕慢に起因する、と言い切っていいように思えてしまう。
 本篇を鑑賞すると、内在していた危険があの事故で突如として露見し、一瞬で破滅的な被害をもたらしたわけではなく、はじめから危うい要素があったことが解る。しかも、オーシャンゲート社が潜水艇の自社開発に着手した極めて早い段階で指摘がされており、常に綱渡りの状態だった。
 炭素繊維は確かに航空事業や宇宙船開発において実用されているが、しかし耐圧性能については疑問符が付く。無数の繊維が緊密に絡みあい、高い強度を誇る一方で、圧力が加わることにより繊維は断裂する。一見、強度を保っているように見えても、繊維が断裂すればするほど、確実に強度は落ちていくのだ。素人が聞いても、これを潜水艇の基本構造に用いることには不安を覚える。
 オーシャンゲート社は、その繊維の断裂を検知するため、線内の随所にマイクを設置、モニターすることで“安全対策”と称して実施した家、ここにも罠は潜んでいる――うっかり全部書いてしまいたくなったのでここからは控えるが、客観的に見れば慄然とするような成り行きがここには潜んでいる。
 そしてもうひとつ、恐るべき事実として、オーシャンケート社は潜水艇の潜水性能を、国際的な機関で審査してもらうことを軽視していた。
 そこには、専門家のみが独占している海底世界を一般市民に開放することで、“革新者”として歴史に名を残したい、というストックトン・ラッシュの自己顕示欲、強烈な承認欲求が絡んでいる。市場の開拓を阻んでいるのが権威や既得権益であり、それを打破することで世界にオーシャンゲート社の名前を轟かせたい。だから、既存の審査基準に委ねることなく、自分たちの実験と開発のみで安全性を担保しようとした。
 幾度か審査、調査は実施され、その都度危険性は指摘されているのに、2021年よりタイタニック号へのツアーが開始されたのは、広大な海は多くの領域がどこに国にも属さないため、法による規制が難しかった、という背景もあった。オーシャンゲート社はこの大きな隙間を縫い、メディアを巻き込んで喧伝することで、注目を集めてしまった。
 その過程において、オーシャンゲート社はいつしか、CEOであるストックトン・ラッシュの独裁体制が確立され、言ってみれば、もはやオーシャンゲート社とラッシュが同一のような状態になっていく。これもまた、事態を悪化させた要素だった。会社の方針に反発、批判するものは、ラッシュの敵であり、彼の目指す“技術革新”を脅かす者だ、と判断されてしまう。危険に気づいた者は、意見を容れられない会社から離れていき、残るのは、少なからず恐怖を抱いていたとしても、ラッシュに意見出来ない者のみになる。本篇中、随所で登場する組織図から、次々と重要人物が掻き消されていく描写があるが、もはやホラーのような趣すらある。
 本篇はこうした展開を、多くの関係者へのインタビューをもとにしつつ、冒頭で事故前後の様子と報道をまず見せた以外は、時系列に整理して示している。非常に解りやすいが、破滅へと着実に迫るさまがあまりにも克明で、観ていて恐ろしく、そして憐れだ。とりわけ終盤で、ダイビングの動画を配信するYouTuberジェイク・コーラーが、自ら望んでタイタンを見学し、実際に搭乗する様子が挿入されるが、見ていてこの人物に同情するほどである。この映像の中にも不穏な兆候は幾つも見出され、それが解るからこそ、インタビューでコーラーは感情を露わにする。僅かでもこの計画に関わった人々は、少なからず心に傷を負ったはずだが、コーラーの恐怖とトラウマは、たぶんそれに劣らない。
  本篇は冒険心や功名心、自己顕示欲といったものと常に背中合わせで存在する“悪魔”を浮き彫りにしているように思える。革新者として歴史に名を残そうと挑み続けること、それ自体は悪いことではないが、そこには常に、危険があることを忘れてはならないと、この悲劇と、それを追った本篇は警鐘を鳴らしている。
 本篇最後のテロップで、各国が行っている調査の報告書は本篇完成時点で未だ完成しておらず、私の知る限り、この項を記している8月20日時点でも発表はされていない。そして、誰ひとり、事故についての“罪”で告発はされていないという。釈然としないが、深海で起きた事故の全容を把握することは極めて困難だろうし、本篇で描かれた事実に基づけば、犠牲者の遺族や関係者が納得する結論は出せないだろう。けれど、それでも私たちはこの事件を知るべきだし、忘れてはいけないのだ、と、本篇を観ていて痛感する。


関連作品:
タイタニック
ディープ・ブルー』/『アース』/『オーシャンズ』/『ザ・ムーン』/『宇宙(そら)へ。
ビロウ』/『ブラック・シー』/『MEG ザ・モンスターズ2

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