『天気の子』

TOHOシネマズ上野のロビーに展示された、特典壁紙ダウンロード用QRコード付きの大型ポップ2種。

英題:“Weathering with You” / 原作、監督、脚本&編集:新海誠 / 演出:徳野悠我、居村健治 / 製作:市川南、川口典孝 / 企画&プロデュース:川村元気 / エグゼクティヴ・プロデューサー:古澤佳寛 / プロデューサー:岡村和佳菜、伊藤絹恵 / キャラクターデザイン:田中将賀 / キャラクターデザイン&作画監督:田村篤 / CGチーフ:竹内良貴 / 撮影監督:津田涼介 / 美術監督:滝口比呂志 / 助監督:三木陽子 / 音響監督:森川永子 / 音楽プロデューサー:成川沙世子 / 音楽:RADWIMPS / 出演:醍醐虎汰朗、森七菜、本田翼、吉柳咲良、平泉成梶裕貴倍賞千恵子小栗旬島本須美、香月萌衣、木村良平花澤香菜佐倉綾音市ノ瀬加那野沢雅子、柴田勝秀 / 制作プロデュース:STORY inc. / 制作:コミックス・ウェーブ・フィルム / 配給:東宝

2019年日本作品 / 上映時間:1時間54分

2019年7月19日日本公開

公式サイト : https://tenkinoko.com/

TOHOシネマズ上野にて初見(2019/7/19)



[粗筋]

 森嶋帆高(醍醐虎汰朗)が着いたとき、東京は長い雨が降り続けていた。

 郷里の島を飛び出し、東京でひとり暮らしていく覚悟だったが、家出少年に対する風当たりは冷たく、身分証も持たない16歳の働き口など容易くは見つからない。夜ごとファストフードの店に入り浸り、報いのない職探しに疲れ切った帆高に、店のアルバイトの少女がこっそりとハンバーガーを恵む。帆高にとって、生きて来た中でいちばん忘れがたい夕食だった。

 いよいよ窮した帆高は、東京に向かう船上で知り合った須賀圭介(小栗旬)という男を頼る。夏美(本田翼)という女性しか従業員のいない小さな編集プロダクションを営み、怪しい記事を扱っている圭介は、帆高が家出少年であることを知ったうえで雇ってくれた。圭介自身も生活する編集プロダクションの一室で寝泊まりし、三食の面倒も見てもらえる、帆高にとっては願ってもない好条件だった。

 初日から夏美と共に取材に駆り出され、不慣れながらも記事の執筆やテープ起こしを手がける忙しい毎日が始まる。誰かに頼られる日々は、帆高に初めての充足感をもたらす。

 そんなある日、帆高は新宿の歌舞伎町で、ハンバーガーを恵んでくれた少女を見つける。いかがわしいスカウトに連れ去られそうになる姿に見ぬふりは出来ず、帆高は彼女の腕を掴んで走り出した。しかし間もなく男たちに捕まってしまい、男たちに殴られた帆高は、少女を助けたい一心で、放浪中に拾った拳銃を取り出す。モデルガンだと思っていたそれは、引き鉄を引くと、重い発砲音を響かせた。

 毒気を抜かれた男たちからどうにか逃げきったものの、少女は激昂し、帆高自身も人を殺しかねなかった恐怖に震える。いちどは立ち去ろうとした少女だったが、ほどなく帆高の元に戻って、身の上を話した。事情があってファストフードのバイトを解雇され、どうしてもお金が必要だったために、スカウトに耳を貸してしまった。危なっかしかったが最終的には助けてくれた帆高に感謝し、少女は帆高を逃げ込んだ廃墟ビルの屋上へと案内する。

 そこはどんよりとした雲の隙間から、ひとすじの光が射すなかに小さな社がたたずむ不思議な場所だった。少女が「もうすぐ晴れるよ」と言って、空に祈りはじめると、彼女の言葉どおり雲が切れ、青空が覗いた。

 それが帆高と、“100%の晴れ女”天野陽菜(森七菜)との出会いだった――

[感想]

君の名は。』の大ヒットは、同年に陸続と登場した傑作・話題作とともに日本映画史に残る事件だったが、それだけにこの次を手懸ける作り手、とりわけ新海誠監督自身の感じるプレッシャーは大きかったはずだ。あの奇蹟的な成績を収められるかはともかく、その膨らみすぎた期待にどこまで応えられるか、と思案した時期はあったに違いない。

 そういう有象無象のファン、世間からの無責任な期待に対して、本篇は理想的な答だった、と私は思う。

 実のところ、本篇の大きな枠やシチュエーションは『君の名は。』と一致している。ボーイ・ミーツ・ガールであり、大きなファンタジーを織り込んだ現実世界に描かれる冒険であり、ロマンである。一部を騒然とさせている“バニラトラック”の登場や風俗関係への求職、終盤でラブホテルを舞台にするくだりなども、『君の名は。』では口噛み酒や胸を触って性別を確認する、といったかたちで覗かせた、この年代なら抱いて然るべきな性的なものへの関心を少々露骨に描く姿勢の延長上にある。『君の名は。』で評価された、或いは観客に強く印象づけたものをきちんと踏まえ、異なるアプローチで表現することを意識していることが窺えるのだ。

 他方、そうして『君の名は。』を強く意識しながらも(だからこそ、とも言えるが)あえて距離を持たせた、くっきりと差異をつけた部分もまた多い。たとえば『君の名は。』では設定の都合もあってどうしても浅くなったメインの男女の交流、ふたりが関係を深めていく様を、本篇はかなり丁寧に描いている。最初の偶然、再会したときの感情的な行き違いから、互いの境遇の近しさから交流が始まる。『君の名は。』同様、RADWIMPSの音楽とナレーションに乗せダイジェスト気味に日々の繰り返しを省略する手法は用いているが、最後の感情の変化が曖昧だった『君の名は。』と比べると関係性の変化、構築が明白に描かれている。恐らくそれもまた意識してのことだろう。

 その一方、『君の名は。』の巧さも随所で引き継いでいる。たとえば、帆高は陽菜と出会い、彼女の特別な力を知ったことで、いちおうは頑張っていた須賀の手伝いが疎かになっていくくだりだ。『君の名は。』中盤の瀧と三葉の一途さを思わせる、大人目線では身勝手な、しかしこの世代らしい爽やかなひたむきささの表現は、だがそれ故にリアルだし、終盤の大きな選択と地続きになっている。中の人間、ジェンダーの変化を仕草や振る舞いでも巧みに表現していた『君の名は。』よりも地味だが、観る側の心にイメージを巧みに焼き付けた組み立ては洗練されている。

 どういう点が受け入れられ、どのように磨いていけば作品を高められるか。本篇には作り手のそういう意識が明瞭に窺える。何よりも明確なのが、本篇の結末だろう。

 パンフレットの中のコメントで監督が危惧するとおり、本篇の結末はたぶん賛否両論になる。その趣旨に抵触しないよう触れるのは難しいが、釈然としない思いに駆られるひとは少なくないはずである。

 しかしそれもまた、『君の名は。』が受け入れられた理由を承知の上で、そのカタルシスを再現しつつも、決して二番煎じに陥るまい、という強い意志を感じさせるものだ。クライマックスの昂揚感と裏腹なエピローグの息苦しさ、そしてそのあとにもう一度突き抜けようともがくことで、本篇は『君の名は。』とはまた違う、複雑で芳醇な余韻を演出することに成功している。

 あの結末にモヤモヤとした印象を抱き、失望する向きもあるかも知れない。ただ、そういうひとには、劇中で須賀圭介が劇中で須賀圭介が放つ言葉を幾つか思い返していただきたい――これもネタを明かさぬよう詳述は避けるが、彼の言動は如何にも大人らしい分別のあるものだ。しかし、その言葉を口にした須賀圭介が、何故終盤でああいう行動に及び、エピローグであんなことを口にしたのか、を振り返っていただきたい。それは非常に巧みな妥協の仕方であり、作り手自身が観客の抱くであろうもどかしさを承知していることを窺わせるものだ。

 そして、そういうモヤモヤ、もどかしさ、後悔とも呼べる感覚のあとに、あの描写を挟んでいるのがまた絶妙だ。そこでの理解と弾けるような歓喜があることで、一部のひとには違和感をより募らせる危険を冒しつつも、同時に潔さ、爽快さを演出している。手前までのわだかまりがあることで、そのインパクトがより強まっているのも確かなのだ。

君の名は。』の成功と、そこから来るプレッシャーから目を背けず、テーマの形で昇華した。だから私は、本篇が『君の名は。』に続く作品として理想だった、と思うし、その位置づけに見合う傑作だ、と信じる。

 ――と、ほとんどストーリーについて語るだけで終わってしまったが、念のために言い添えておくなら、これも『君の名は。』の傑出した魅力のひとつだった絵の美しさも本篇は維持している。展開ゆえに多くのシーンが雨のなかで繰り広げられるのだが、どんよりした印象ばかりにならず、霧雨、小雨、豪雨と様々なかたちで描写し、舞台である東京・新宿を中心とする都会の情景の多彩な表情を見せている。当然、主に陽菜の力で現れる晴れ間の、湿り気を帯びた世界を照らす眩い光の表現も際立っている。

 また、キャラクターの完成度の高さも注目すべきところだろう。純粋で向こう見ずな帆高と、天真爛漫な逞しさに儚さも覗かせる陽菜、という主人公として文句のない組み合わせはもちろん、幼くして驚異的な社交性で帆高に“先輩”と呼ばれるほどの陽菜の弟、男の子の憧れをシンプルに体現している、も存在感が素晴らしい。だがやはり特筆すべきは陽菜よりも先に帆高と出会い、彼を手助けする須賀圭介だ。無責任で退廃的な物言いが目立つが、それ故に都会の大人というもののドライさを象徴するような言動をする。彼の言葉、振る舞いには帆高と違う危うさがあるが、大人であるほどに共感させられる面も少なくない。彼のキャラクター性こそ、本篇の作り手のバランス感覚の表れと言っていいのではなかろうか。

 ストーリーは物議を醸すだろう。だが、昔ながらの“お話”の約束に逆らいながら爽快感を演出した組み立ては間違いなく評価されるべきだ。また前作にあったSF的な破綻も本篇にはなく、個々のキャラクターの存在感が増したぶん物語の膨らみも増した。そして前作の圧倒的な映像のクオリティに惹かれた観客を失望させることのない、薄暗くも鮮やかな雨の表現。成り行き自体が奇跡的だった前作ほどのヒットを成し遂げられるかどうかは現時点で解らないが、個人的に、質という面では前作よりも高く評価する。

関連作品:

君の名は。

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