『劇場版 SPY×FAMILY CODE:White』

ユナイテッド・シネマ豊洲、スクリーン9入口脇に掲示された『劇場版 SPY×FAMILY CODE:White』ポスター。
ユナイテッド・シネマ豊洲、スクリーン9入口脇に掲示された『劇場版 SPY×FAMILY CODE:White』ポスター。

原作:遠藤達哉(集英社『少年ジャンプ+』連載) / 監督:片桐崇 / 脚本:大河内一楼 / 監修&キャラクターデザイン原案:遠藤達哉 / キャラクターデザイン:嶋田和晃 / サブキャラクターデザイン:石田可奈 / 総作画監督:浅野恭司 / 設定考証:白土晴一 / プロップ設定:反田誠二、松尾優 / コンセプトメカデザイン:常木志伸 / メカデザイン:高畠聡 / 美術設定:谷内優穂、金平和茂 / 美術監督:杉本智美、小島あゆみ / 色彩設計:田中花奈実 / 2Dワークス:川島千尋 / 3DCG監督:今垣佳奈 / 撮影監督:節原あかね / 編集:齋藤朱里 / 音響監督:はたしょうこ / 音響効果:出雲範子 / アニメーションアドヴァイザー:古橋一浩 / アニメーションプロデューサー:林加都恵、山中一樹、伊藤泰斗 / 音楽プロデュース:(K)NoW_NAME / 主題歌:Official髭男dism『SOULSOUP』 / エンディングテーマ:星野源『光の跡』 / 声の出演:江口拓也、種崎敦美、早見沙織、松田健一郎、甲斐田裕子、佐倉綾音、吉野裕行、小野賢章、山路和弘、藤原夏海、加藤英美里、銀河万丈、武内駿輔、中村倫也、賀来賢人 / 制作:WIT STUDIO×CloverWorks / 配給:東宝
2023年日本作品 / 上映時間:1時間50分
2023年12月22日日本公開
公式サイト : https://spy-family.net/codewhite/
ユナイテッド・シネマ豊洲にて初見(2024/1/19)


[粗筋]
 表面的な和平の上に成り立つ危うい均衡を保つ西国《ウェスタリス》と東国《オスタニア》。西国情報局対東課《WISE》の諜報員、コードネーム《黄昏》はオペレーション《梟》のため、ロイド・フォージャー(江口拓也)という仮の名前で、孤児院から引き取った娘・アーニャ(種崎敦美)を名門イーデン校に送りこみ、東国の国家統一党総裁ドノバン・デズモンドの次男ダミアン(藤原夏海)への接近を図っている。
 家柄をも重んじるイーデン校では家族が揃っている必要があるため、ロイドは公務員であるヨル(早見沙織)とかりそめの婚姻関係を結んでいるが、ヨルにも秘密はある。早くに両親を失い、ひとりで弟を養う必要があった彼女は、幼少より特殊な戦闘術を叩き込まれ、いまも殺し屋として、東国の平和を脅かす存在を抹殺し続けていた。ヨルがロイドとの偽装結婚を承諾したのは、自分の年齢で独身のままだとスパイとして疑われる、という同僚の話を真に受け、カモフラージュするためである。
 娘のアーニャもまた、実験によって生まれた超能力者であった。人の心を読むことが出来るために不気味がられ、施設や里親をたらい回しにされたが、まともではない偽者の両親とは相性がよく、頭が悪いながらも努力してロイドの作戦に貢献している。能力ゆえにロイドもヨルも別の顔を隠し持っていることをアーニャは知っているが、アーニャの特殊能力についてはまだ気づかれていない。飼い犬のボンドも未来予知が可能だが、それさえ知っているのはアーニャだけだった。
 ロイドが目指しているのは、イーデン校の懇親会でデズモンドに接触することだが、そのためにはアーニャが様々な場面で優秀な成績を収めたものに与えられる《星》を8つ手にする必要がある。如何せん、アーニャは学業が心許ないので、《星》集めこそ最大の難関であった。
 イーデン校では伝統となっている調理実習がある。生徒それぞれがお菓子を作り、優勝すれば《星》が授与される、という噂だった。今年の審査員は校長が務めるという。ロイドは、以前に収集した情報の中で、校長がフリジス地方の伝統のお菓子《メレメレ》が好物であることを把握しており、中でも特別な材料を使った1品を提供できれば、アーニャが優勝できる、と考えた。味を知るには実物を食べるのがいちばん、とロイドは週末を利用して、フリジス地方への家族旅行を提案する。
 フリジス地方へ向かう列車で、お手洗いに向かったアーニャは、そこで謎の鍵を拾う。ロイドの予知から、それがお宝の鍵らしい、と知ると、好奇心に負けて、荷物室へとその荷物を探りに行ってしまった。ボンドの予知したトランクを開けてみると、そこに入っていたのはチョコレート菓子がひとつだけ。弾みでそのお菓子を口にしてしまったことが、フォージャー家初めての家族旅行を、大冒険に変えてしまう――


[感想]
 原作やテレビアニメシリーズをご覧の方ならお解りの通り、上の粗筋は半分以上、シリーズの大前提の説明である。シリーズについて知識がないひとが読んでも、ある程度把握出来る、という想定のもとで記すと、こうせざるを得ないのだ。
 こうしてみると、前提となる設定がだいぶ入り組んでいるように感じるのだが、ややこしく感じるのは、テレビシリーズだと4話分ほどに相当する内容を圧縮しているためだ。実のところこのシリーズの勘所は、それぞれに理由があって、異なる特殊能力・属性を持つ他人が偽装家族を形成している、という点の面白さに尽きる。その動機となる計画に付随する任務やトラブルを軸にしつつ、この“家族”ならではのすれ違い、ドタバタ、スリリングな駆け引きで魅せる。前提はややこしいが、ぶっちゃけそのあたりはぼんやりと呑みこんだだけでも楽しめるのが、このシリーズの巧さであり、どこから観ても何となく入っていける利点に繋がっている。
 私自身は若干の予習をしてから映画館に向かったが、しかし仮に原作、テレビシリーズのどちらにも触れないままでも、この劇場版は問題なく楽しめる。いちおう、私が粗筋で記した基本設定についての説明はあるが、うまく圧縮されているので、説明っぽさを感じる暇もなく作品世界に入っていけるはずである。
 なおかつこの作品、オリジナル・シリーズのキモをほぼ網羅している。お互いが秘密を抱え、なおかつそれが娘役のアーニャにだけは筒抜けである、という絶妙な人物関係。虚構に過ぎない家族関係ながら、執着と言うべきか情と言うべきか、絆のようなものが生まれつつあって、特にヨルとアーニャはこの関係性の破綻に恐れを抱いている。そもそものきっかけであるロイドだけは、何よりも任務の遂行を第一に考えているようだが、その達成まで程遠い現段階では、家族の解散は計画の立て直し、ひいては凄腕エージェントとしての沽券に関わるため、彼とて易々と終わらせるわけにはいかない。かくて、それぞれ異なる思惑から、己の秘密を保ちながら家族の関係を守ろうとして、滑稽なすれ違いと、奇妙な緊張感のあるドラマを生み出している。
 この劇場版においても、《SPY×FAMILY》というシリーズのこうした本質的な面白さが存分に発揮されるよう仕組まれている。
 ロイドはアーニャの《星》獲得のため家族旅行を提案し、食材集め、というやけに家庭的な部分でスパイの技能を発揮する。最後の食材のために《ミッション:インポッシブル》ばりの技能を見せつけているのが楽しくて仕方ない。
 ヨルはそんなロイドの言動に、同僚から吹き込まれた浮気の兆候を嗅ぎ取って一喜一憂する。殺し屋としての任務は本篇には(導入の説明部分を除いて)出て来ないが、ずっと浮世離れをした仕事に就いているからこその世間知らずな一面が滑稽で、可愛くさえある。個人的には彼女のキャラクターがお気に入りなので、特殊な技能と世間知らずっぷりをフル活用したコミカルで愛らしい活躍ぶりは眼福だった。
 他人の心を読むことの出来るアーニャはそうした両親の奮闘ぶりも、家族旅行に絡んでくる事件の兆候も情報として得ているのだが、如何せん子供、しかも思慮の足りない子なので、好奇心や思い込みからしばしば先走ってトラブルを引き起こす。本篇では、そもそも陰謀に関わってしまうのも彼女の超能力と子供らしい好奇心がきっかけだし、要所要所で両親を助けるのもアーニャだ。アニメシリーズの好調は子供たちからの人気が下支えしているというが、低年齢層の支持が厚いアーニャが本篇では色んな意味で大活躍している。
 背景にいる組織は本格的に危険なもので、その狙いもテレビシリーズで主に採り上げられるより重いが、アーニャというキャラクターの視点を中心に、フォージャー家の個性に合わせてトラブルや冒険を組み立てているので、いい意味での軽妙さを保っている。ロイドのスパイという仕事も、夜の暗殺者という仕事も本来は緊張感に満ち血腥いものなのだが、子供も大人も興奮しワクワクできるような世界観と筋立てになっている。実に抜かりのない仕上がりだ。
 難点を挙げるとすれば、近年のテレビシリーズ派生の劇場版に見られる、“シリーズの世界観を活かしながら、その魅力や物語としての奥行きを深くする作品”というところまで至らず、“テレビシリーズの魅力を膨らまして転写した”という程度に留まっている点であろう。実際、ネット上ではそういった不満をちらほら見かけたが、しかしテレビシリーズの流れを壊すことなく、その魅力を初見の観客にも浸透させる独立した作品、というのは劇場版として理想と言っていい。『呪術廻戦 0』や『鬼滅の刃 無限列車編』のような成功を求めていた人には不満だろうが、本篇の仕上がりも間違いなくひとつの理想だ。好みと、劇場版とはどうあるべきか、という受け止め方の違いでしかない。
 あともうひとつ、受け止め方に困る《○○○神》のくだりがある――わざわざこのひと幕のために、別個の美術スタッフを立てたり、アニメーションとしての作り方まで別物にしている力の入りようだが、さすがにやり過ぎ感は否めない気がする。状況的にはけっこう剣呑だというのに、こっちは笑いが止まらなかった。子供は大喜びかも知れないが、同行している大人の中には居心地の悪くなるひともいるだろう。スタッフの遊び心とこだわりの象徴でもあるが、少々罪作りでもある。
 何にせよ、そうした過剰なお遊びさえもツボを押さえた、完璧すぎる劇場版である。2024年1月現在、テレビシリーズも含め次の計画は明確に発表されていないが、本篇には長く愛されるシリーズの香気をはっきりと感じる。


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