『マ・レイニーのブラックボトム』

『マ・レイニーのブラックボトム』本篇映像より引用。
『マ・レイニーのブラックボトム』本篇映像より引用。

原題:“Ma Rainey’s Black Bottom” / 原作:オーガスト・ウィルソン / 監督:ジョージ・C・ウルフ / 脚本:ルーベン・サンティアゴ=ハドソン / 製作:トッド・ブラック、デンゼル・ワシントン、ダニー・ウルフ / 製作総指揮:コンスタンツァ・ロメロ / 撮影監督:トビアス・シュリッスラー / プロダクション・デザイナー:マーク・リッカー / 編集:アンドリュー・モンドシェイン / 衣装:アン・ロス / キャスティング:アヴィ・カウフマン / 音楽:ブランフォード・マルサリス / 出演:ヴィオラ・デイヴィス、チャドウィック・ボーズマン、コールマン・ドミンゴ、グリン・ターマン、マイケル・ポッツ、ジェレミー・シャモス、ジョニー・コイン、テイラー・ペイジー、ドゥーサン・ブラウン、ジョシュア・ハート / マンディ・レーン・エンタテインメント/エスケープ・アーティスツ製作 / 配給:Netflix
2020年アメリカ作品 / 上映時間:1時間34分 / 日本語字幕:チオキ真理 / R15+
第93回アカデミー賞ヘア&メイクアップ部門、衣裳部門受賞(主演男優賞、主演女優賞候補)作品
2020年12月23日配信開始
NETFLIX作品ページ : https://www.netflix.com/jp/title/81100780
Netflixにて初見(2021/5/6)


[粗筋]
 1927年。“ブルースの母”と呼ばれ、南部では絶大な人気を誇るシンガーのマ・レイニー(ヴィオラ・デイヴィス)は、マネジャーのアーヴィンに請われ、レコーディングのためにニューヨークへと赴いた。
 だが、レコーディングは最初から波乱含みだった。余裕を持って到着したバンドメンバー3名に対し、もっとも若く野心に溢れたレヴィ(チャドウィック・ボーズマン)はひとり遅れて入ってきた。肝心のマ・レイニーに至っては、約束の時間になっても到着する気配がない。
 アーヴィンはバンドメンバーにリハーサルを求めるが、レヴィはまったくやる気を示さない。レコード会社のオーナーであるメルに、自身の曲を売り込んでおり、遠からずバンドを結成して独立するつもりで、仲間たちの説得にもろくに耳を貸さない。
 マ・レイニーは1時間遅れでようやくスタジオに到着した。ようやくレコーディングに入れるかと思いきや、レコードのメインになる楽曲《ブラックボトム》冒頭の口上を甥のシルヴェスター(ドゥーサン・ブラウン)にやらせる、と言い出したり、コーラの買い出しを要求したり、なかなかマイクの前に立とうとしない。そのうちに、リハーサル室のレヴィたちバンドメンバーの会話も、次第に不穏な緊張感を帯びていった……


[感想]
 人はそれぞれに異なる来歴を持つ。人種だけでなく出身地、家族構成、そしてその生まれた時代と、様々な条件があり、その経験の上にその人の個性が築かれていく。“人種問題”と一括りにしたところで、黒人やアジア人、またユダヤ人と、それぞれの所属する共同体や社会の成り行きによって、差別が始まるきっかけも、迫害の内容もまた違ってくる。それは、“黒人”という言葉で一括りにされてしまうひとびとのあいだにおいても変わりない。
 冷静に考えてみれば解るそうした事実を、本篇はさながらショーケースのように明快に描いている。
 タイトルロールである実在のシンガー、マ・レイニーは南部で熱狂的に支持され、請われてニューヨークへとレコーディングにやって来た、いわゆる成功者だ。スタジオでは白人のマネジャーやレコード会社の幹部に厚遇されているが、しかしそれは自分が“商品”として成り立つからに過ぎない、と理解している。ふてぶてしく振る舞いながら、バンドメンバーに対して己の心境を述懐する際の表情には諦観が窺える。成功者であっても、“黒人”というラベリングを逃れ得ていない。
 もうひとりの主人公であるレヴィは、まだ未来のある若者であり、序盤はやたらと陽気に楽観的な展望を語る。だが、バンドメンバーたちとの口論が激しくなって打ち明けるその生い立ちはあまりに過酷だ。この時代、黒人として括られた人びとは様々な苦難に見舞われたが、そのなかでもレヴィが味わった辛酸は特に強烈だろう。
 粒立てて描かれるのはこのふたりだが、本篇に登場する、或いは語られる黒人たちも平坦な人生を送ってきたわけではない。読書家で哲学的な物言いをするピアノ奏者のトレド(グリン・ターマン)も、そんな人生観に至る過去を語るひと幕があるし、会話の中で引用される黒人牧師のエピソードは、これ以前の時代の黒人が如何に生きづらかった、の象徴だ。劇中では自身の過去を深く語っていないトロンボーン奏者のカトラー(コールマン・ドミンゴ)やベース奏者のスロー・ドラッグ(マイケル・ポッツ)にしても、レヴィやトレドへの言動から、決して画一的でない経歴が透けて見える。
 そういう差違を誰よりもよく解っているのは、やはり当事者なのだろう。劇中でレヴィは、トレドが“我々”という表現を用いたことに強く反発する。トレドにしても、人間がそれぞれ異なる背景や事情を抱えているのは承知で、十把一絡げに差別される現実に向き合うため、あえて“我々”と表現しているのだが、レヴィにはそれが許せない。若さと、自らの可能性への盲信、そして聞く者をたじろがせるようなレヴィの体験が、ある意味では選民意識に近いとも言える自負、矜持を形作っているが故だ。たとえ同じように差別の対象とされても、決して混じりあっているわけではない現実が、ほぼ密室に近い設定の中で巧みに表現されている。
 もともとは戯曲であった作品を映画化したということだが、それ故なのか、心情や現実を象徴する描写がコンパクトで効果的だ。最たるものは、レヴィがやたらとこだわる新品の靴と、見覚えのない扉だ。あまりにも平明な暗喩は、痛々しいほど鮮烈な衝撃を残す。
 音楽に携わる人びとを題材としているから、というのもあるのだろう、本篇の会話、描写のテンポはまるでヒップホップのように小気味良い。しかし、その陽性の語り口から滲み出す悲哀、結末がもたらす静かで沈痛な余韻は、忘れがたいものがある。
 コンパクトにまとまりながらも、極めて味わい深い。42歳の若さでこの世を去ったチャドウィック・ボーズマンの、命を振り絞ったような叫び、嘆きが頭から離れなくなる、傑作である。


関連作品:
スーサイド・スクワッド』/『21ブリッジ』/『リンカーン』/『SUPER8/スーパーエイト』/『トゥームレイダー2
ウエスト・サイド物語』/『バード(1988)』/『アラバマ物語』/『ヘルプ ~心がつなぐストーリー~』/『それでも夜は明ける』/『ラビング 愛という名前のふたり』/『グリーンブック

コメント

  1. […]  本篇の成功により、《ブラックパンサー》は早々と、続篇の製作が決定した。  だが、まだ撮影の始まらない2020年、肝心のブラックパンサー=ティ・チャラを演じるチャドウィック・ボーズマンの死去、という、多くの人が想像もしなかった悲劇が起きてしまった。 […]

  2. […] 関連作品: 『アイアンマン』/『インクレディブル・ハルク』/『アイアンマン2』/『マイティ・ソー』/『キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー』/『アベンジャーズ』/『アイアンマン3』/『マイティ・ソー/ダーク・ワールド』/『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』/『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』/『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』/『アントマン』/『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』/『ドクター・ストレンジ』/『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』/『スパイダーマン:ホームカミング』/『マイティ・ソー バトルロイヤル』/『ブラックパンサー』 […]

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