『海の上のピアニスト 4Kデジタル修復版』

YEBISU GARDEN CINEMA、入口前に掲示された『海の上のピアニスト 4Kデジタル修復版&イタリア完全版』ポスター。
YEBISU GARDEN CINEMA、入口前に掲示された『海の上のピアニスト 4Kデジタル修復版&イタリア完全版』ポスター。

原題:“La leggenda del pianista sull’oceano” / 英題:“The Legend of 1900” / 原作:アレッサンドロ・バリッコ / 監督&脚本:ジュゼッペ・トルナトーレ / 製作:フランチェスコ・トルナトーレ / 製作総指揮:ローラ・ファットーリ / 撮影監督:ラホス・コルタイ / プロダクション・デザイナー:フランチェスコ・フリジェッリ / 編集:マッシモ・クアリア / 衣装:マウリツィオ・ミレノッティ / 視覚効果スーパーヴァイザー:デヴィッド・ブッシュ / キャスティング:ファブリツィオ・サージェンティ・カステラーニ、ヴァレリー・マカフェリー、ジェレミー・ツインマーマン / 音楽:エンニオ・モリコーネ / 出演:ティム・ロス、プルイット・テイラー・ヴィンス、メラニー・ティエリー、ビル・ナン、クラレンス・ウィリアムズ3世、ニール・オブライエン、アルベルト・ヴァスケス、ガブリエル・ラヴィア、ピーター・ヴォーン、ハリー・ディッスン、イーストン・ゲイジ、コリー・バック / 初公開時配給:Asmik Ace / 4Kデジタル修復版配給:SYNCA
1998年アメリカ、イタリア合作 / 上映時間:2時間1分 / 日本語字幕:柏野文映 / 字幕監修:中川慧輔 / PG12
1999年12月18日日本初公開
2020年8月21日4Kデジタル修復版日本公開
午前十時の映画祭13(2023/04/07~2024/03/28開催)上映作品
2020年11月18日映像ソフト日本最新盤発売 [Blu-ray Disc]
4Kデジタル修復版&イタリア完全版公式サイト : http://synca.jp/uminoue/
YEBISU GARDEN CINEMAにて初見(2020/08/22)


[粗筋]
 閉店間際の楽器店に、楽器ケースを携えた男がやって来た。僅かな額にしかならない、と解っても、愛用していたトランペットを売り払わねばならないまでに食い詰めていたその男、マックス・トゥーニー(プルイット・テイラー・ヴィンス)は、最後の想い出に、と懇願して、演奏を始める。迷惑がっていた楽器店の主(ピーター・ヴォーン)は、その曲が偶然に手に入れたレコードに記録されていた、未知のピアニストの奏でた曲に似ていることに驚いた。マックスはそのレコードが、彼の親友であった“伝説のピアニスト”の唯一記録した演奏だ、と言う。
 のちにピアニストとなる彼を発見したのは、ひとりの貧しい水夫だった。客船ヴァージニアン号の機関室で働いていたダニー・プードマン(ビル・ナン)は、客が降りたあとのホールで、高価な落とし物を捜していたとき、空き箱に入れられ取り残された赤子を拾う。ダニーはその赤子を、自分の子供として、育てることにしたのだった。
 入れられていた箱に書かれた文字や自身の名前、そして発見された年も加えてつけられた名前は、“ダニー・ブードマン・T・D・レモン・1900”。呼びやすさから“1900=ナインティーン・ハンドレッド”として親しまれるようになった我が子に、ダニーは彼なりの教育を船内で施した。
 だが、ナインティーン・ハンドレッドが幼いうちに、ダニーは不幸な事故で命を落としてしまう。それでも変わらず、船の中で乗組員たちによって育てられていたナインティーン・ハンドレッドは、ある晩、迷い込んだホールで、音楽、そしてピアノと運命の出会いを果たす。客が船室に引っ込んだあとのホールに忍び込み、ピアノに始めて触れたナインティーン・ハンドレッドは、客たちが思わず部屋を出てきて集まるほどに見事な曲を演奏したのだった。
 マックスがトランペット奏者としてヴァージニアン号に搭乗した頃には、成長したナインティーン・ハンドレッド(ティム・ロス)は名物ピアニストとなっていた。生まれて以来ずっと船の中で育ってきたナインティーン・ハンドレッドは嵐の中でも平然と船内を歩き回り、目の前にいる客たちの身なりや表情からインスピレーションを得て、変幻自在に楽曲を組み立てていく。マックスはその卓越した才能に、あっという間に魅せられていった。
 親友と呼べる関係になったマックスは、ナインティーン・ハンドレッドに盛んに船を下り、陸で演奏活動を行うことを勧める。彼ならあっという間に大金を稼ぎ、幸せな家庭を築くことも夢ではない、とマックスは確信していた。しかし、船の上しか知らないマックスは、地上に出ることを恐れ、接岸したときもタラップに近づこうとさえしない。
 そんな彼の噂を聞きつけた、“ジャズの生みの親”と呼ばれるピアニストのジェリー・ロール・モートン(クラレンス・ウィリアムズ3世)が、ナインティーン・ハンドレッドに挑戦状を叩きつけてきた。この出来事が、やがて思わぬ形で、ナインティーン・ハンドレッドに変化をもたらすきっかけとなっていく――


[感想]
 誕生からいちども船を下りたことのないピアニスト――という、この設定がまず、あまりにも魅力的だ。決してあり得ない話ではない、しかし、その状況からすれば、存在自体が社会によって認知されることのなかったであろう子供が、天賦としか言いようのない才能によって噂が広まり伝説となる。そのプロセスだけでも想像を喚起し、関心を惹かずにおかない。
 しかし、長篇2作目にして『ニュー・シネマ・パラダイス』という、あらゆる映画ファンを魅了する大傑作をものにしてしまったジュゼッペ・トルナトーレ監督は、この素材を映画として見事なまでに昇華させてしまった。
 最初に度肝を抜かれるのは、親友であり本篇の実質的な語り部となるマックスと出会った直後、嵐のなかでのシーンだ。ナインティーン・ハンドレッドは激しい揺れに船酔いを起こしたマックスに、「治してやる」と言い、大きく揺れる床をものともせず平然と船内を歩き回る。そして、無人となったホールに赴くと、マックスにピアノのストッパーを外させ、ホール内を縦横無尽に動き回るピアノを鮮やかに演奏してみせるのだ。
 このシーンには既に、ナインティーン・ハンドレッドという人物像がほぼ余すことなく詰め込まれている。生まれて以来ずっと船の中にいればこそ、揺れをものともせず行動することが出来、激しく動き回るピアノでさえ華麗に演奏する。他のキャラクターでは成立し得ないこの見せ場だけで、他の映画では体験出来ない興奮と感動とを味わうことが出来る。
 続くハイライトは、“ジャズの生みの親”と賞賛されるピアニストとの一騎打ちだ。未知の音楽を奏でる、というナインティーン・ハンドレッドに勝負を挑んでくるが、最初の2回までナインティーン・ハンドレッドは想定以下の安易な演奏で流す。ジャズ・ピアニストの素晴らしい演奏に酔い痴れ、観客がナインティーン・ハンドレッドをすっかり侮ったところで繰り出す3度目の演奏が、登場人物ばかりでなく観客の度肝を抜く。本篇の音楽を担当したエンニオ・モリコーネは、ジャズのパートはもちろん、ここでナインティーン・ハンドレッドが演奏したものを含む、この人物の“誰も聴いたことがない、唯一無二の音楽”をすべて作曲したそうだが、実際、この閉じた世界において、様々なひとびとが通り過ぎていくのを眺めながら磨いた感性によって想像された独創的な音楽、という雰囲気が出ている。演奏後の、映画としてあまりにも粋で爽快なひと幕にも説得力をもたらしており、本篇の映像とアイディア、そして音楽の見事すぎる相乗効果ぶりに、震えるような感動を味わうはずである。
 そして、この出来事が契機となって行われるレコーディングのくだりがまた素晴らしい。相変わらず船を降りようとしないナインティーン・ハンドレッドのために、わざわざ技師が機材を持ち込んで録音を行うのだが、その収録中、彼は船窓に見えた少女に目を奪われる。恐らく、向こうからは船室内が見えず、船窓を鏡代わりにしていたと思われ、彼女がナインティーン・ハンドレッドを意識している様子はない。しかしナインティーン・ハンドレッドは演奏しながら、彼女を目で追っている。船窓から消えたときの落胆と、次の船窓にふたたび彼女を見たときのときめき、それらが同時進行で反映される演奏との調和は、先行するピアノ対決の場面とはまた異なり、静かだがそれでいて弾むような感情が完璧に描かれている。
 映画として、映像、音楽、それに演技や台詞、すべてがまったく隙なく調和する名場面がしっかりと詰めこまれていることに驚くが、しかし本篇は、合間を埋めるパーツも秀でている。ナインティーン・ハンドレッドではなく、マックスという人物の言葉を借りて物語を綴るスタイルもそうだし、乗客や乗員の変化、それぞれの台詞に鏤められた工夫やユーモアもあちこちでいいスパイスを効かせてくる。
 何よりも、ピアニストがずっと乗り続けた客船の“運命”が印象深い。社会とは無縁に優雅な航海を重ねていたこの船も、歴史の大きなうねりによって変化を余儀なくされ、ある結末を迎えることになる。そこに至ってマックスが起こした行動と、最後にナインティーン・ハンドレッドが示す決断は、この題材、この物語だからこそのロマンと情感に満ちている。
 果たして本当に他の選択肢はなかったのか、親友としてマックスに打つ手はまったくなかったのか、という疑問も残るのだが、しかしこういう生き方、去り際もまた潔く、尊いものだと思う。それがマックスにもたらす無力感は切ないが、しかし同時にこの結末は、冒頭から幾度か口にする彼らの信条とも一致する。それが、この切ない結末にこの上ない価値をもたらしていることも確かだ。
 長篇2作目にして、映画への愛情を惜しみなく詰めこんだ“新しい古典”を生み出してしまった監督は、それから10年目を経てふたたび、映画だからこそかたちに出来るロマンを完璧に仕上げてしまった。監督はこのあとにも、謎と歪な愛情とが絡みあう逸品『鑑定士と顔のない依頼人』を生み出すなどなおも活躍を続けているが、たとえ仮に今後、監督が大きな成果を残すことが出来なかったとしても、『ニュー・シネマ・パラダイス』と本篇のふたつだけで、映画史にその名を刻みこむことは疑いない、と思う。


関連作品:
ニュー・シネマ・パラダイス』/『マレーナ』/『題名のない子守唄』/『鑑定士と顔のない依頼人
パルプ・フィクション』/『ザ・セル』/『インストーラー』/『スパイダーマン』/『クローン』/『フィクサー』/『サスペリア PART2 <完全版>』/『ライフ・イズ・コメディ! ピーター・セラーズの愛し方』/『五線譜のラブレター DE-LOVELY
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