『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』

TOHOシネマズ上野、スクリーン入口脇に掲示されたチラシ。

原作:渡辺一史(文春文庫・刊) / 監督:前田哲 / 脚本:橋本裕志 / 企画&プロデュース:石塚慶生 / 撮影:藤澤順一 / 照明:長田達也 / 美術:三ツ松けいこ / 編集:西潟弘記 / 録音:鈴木肇 / 音楽:富貴晴美 / 主題歌:ポルノグラフィティ『フラワー』 / 出演:大泉洋高畑充希三浦春馬萩原聖人渡辺真起子宇野祥平韓英恵竜雷太綾戸智恵佐藤浩市原田美枝子 / 配給:松竹

2018年日本作品 / 上映時間:2時間

2019年12月28日日本公開

公式サイト : http://bananakayo.jp/

TOHOシネマズ上野にて初見(2019/1/15)



[粗筋]

 安堂美咲(高畑充希)は合コンで知り合った医大生・田中久(三浦春馬)と付き合いはじめた。医者の卵で人柄もいい、理想的な恋人に浮かれる美咲だったが、久はしょっちゅうボランティアに駆り出されて、なかなかデートする時間もない。業を煮やした美咲は、久の職場へ直々に乗り込んでいった。

 久が行っているボランティアは、鹿野靖明(大泉洋)という人物の介助だった。筋ジストロフィーを患い、全身の筋力を失っている鹿野は、食事も入浴も排泄も人手を借りねばならない。1994年当時、この状態なら施設に入るのが普通だったが、鹿野は自らボランティアを募集、道営のケア住宅での生活を成り立たせていた。

 この鹿野という男、極めてマイペースで、ボランティアとも口論になることしばしばだった。久の人がいいのにかこつけて、夜間の介助に無理矢理駆り出し、たまたま居合わせただけの美咲も一緒に居残りをさせる。あまつさえ、すっかり夜も更けたさなかに突然「バナナが食べたい」と言い出した。鹿野の妙にいやらしい言動に、ふたりきりになることを厭った美咲が買い出しに出かけ、息せき切ってバナナを見つけてくるが、これが痛くお気に召したようで、当然のように美咲をボランティアのシフトに加えてしまった。

 久の懇願に、ひとまずはボランティアを引き受けたものの、鹿野の王様然とした態度に苛立ちを募らせた挙句に言い合いとなり、美咲は鹿野家を飛び出してしまう。

 だがその晩、鹿野は久に代筆を頼んで、美咲への手紙をしたためた。昼間の態度を謝罪し、デートに誘う、というのである。ボランティアは彼女まであの人に差し出さないといけないのか、と怒りながらも、久に頭を下げられ、美咲は渋々デートを了承する。

 ベテランボランティアの高村大助(萩原聖人)に恋人の久までが介助で同行するなか、美咲は鹿野とデートすることになった。いつも以上に陽気な鹿野は、美咲に向かって夢を語る。アメリカで障害者の自立支援運動をしている人物を尊敬し、そのひとに直接会いたいと思っており、自分の言葉で会話するために現在英検2級に挑戦しているという。当初は不承不承だった美咲も、何事も遠慮なくズケズケと言い放ち、堂々と夢を口にする鹿野の人柄に、いつしか好感を抱くようになっていた。

 こうして、鹿野の目論見どおり、美咲は鹿野のボランティアのひとりとしてシフトに加わることになったのだが……



[感想]

 鹿野靖明は実在した人物である。劇中で描かれているとおり、筋ジストロフィーを患いながら20代で自らボランティアを募り、北海道が運営するバリアフリーの住宅での生活を始めた。当時としては破天荒だったその暮らしぶりに取材したドキュメンタリーが本篇の原作となっている。

 ただ、パンフレットを参照する限り、本篇のストーリーはどうやらフィクションの部分が多い。具体的には、ストーリーの核をなす田中久と安堂美咲は架空の人物であり、当然ながら彼らに関わるエピソードはほとんど脚色と捉えていいだろう。

 しかし、それ以外の部分――特に鹿野の病状の変化や、その都度発生する出来事などはかなり事実に添っているようだ。だから、この当時の筋ジストロフィー患者を巡る実情を知る者の目から見ても、その描写に文句の付けどころがない。筋肉の使い方や病状の進行に伴う対処、いずれもリアルだ。

 リアリティという点で言えば、実のところ最もこれを強化しているのは、綾戸智恵が演じた鹿野の母の存在だ。鹿野との微妙な距離感、鹿野が重症に陥った際、ボランティアたちに語った心境は、本当にこういう立場に置かれたひとでないと恐らく実感しにくい。原作の存在もあろうが、フィクションも盛り込むうえできっちりリサーチを実施していたことが窺われる。どこか飄々としているような綾戸の演技も実感的で、彼女が登場するひと幕は、本篇でいちばん涙を誘われるところではなかろうか。

 では、フィクションとして添えられた美咲と久の部分が余計か、というと、違う。むしろ、このふたりを軸にフィクションとして物語を組み立てたことで、鹿野靖明というひとがどんなふうに生きようとしたのか、その意志が明白に描き出されている。

 その生き様の意味は出来れば本篇から汲み取っていただきたいのであまり詳しくは書かないが、普通に生活が出来る、20代前後の若者が関わっていることが、鹿野靖明というひとの境遇と巧みに対比されることで、却って彼の生き様の普遍的なメッセージが浮き彫りになっている。屈託を抱えつつも伸びやかに鹿野と関わる美咲以上に、ある意味で非常に恵まれているように映る久の心情にこそ注目していただきたい。

 ただ、その構図が巧いだけに、終盤が少々ハッキリしない流れになってしまったことが惜しまれる。本篇のような成り行きでも心境の変化は訪れるだろうが、もうひとつ説得力を強めるエピソードや描写が欲しかったように思う。

 それでも本篇を観終わったとき、多くの人は不思議な清々しさを覚えるはずだ。劇中で描かれる鹿野靖明というひとの、ある意味で真っ正直な生き方のもたらす活力を、スクリーン越しに伝えるような作品となっている。人を食ったようなタイトルから、ふんだんなコメディ色を想像して鑑賞すると、中盤のシリアスさに打ちのめされるだろうが、それでも観終わったときの余韻はタイトルに似つかわしい軽妙さがある。そんなところまで含め、劇中描かれる鹿野靖明という人物像に誠実に向き合った作品だと言えよう。



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