『アップグレード』

新宿シネマカリテ、階段脇の空間に展示されたイメージと“STEM”のモニュメント。 アップグレード [Blu-ray]

原題:“Upgrade” / 監督&脚本:リー・ワネル / 製作:ジェイソン・ブラム / 撮影監督:ステファン・ダスキオ / 美術:フェリシティ・アボット / スタント・コーディネーター:クリス・アンダーソン / 編集:アンディ・キャニー / 衣装:マリア・パッティンソン / 音楽:ジェド・パーマー / 出演:ローガン・マーシャル=グリーン、メラニー・ヴァレイヨ、ベッティ・ガブリエル、ハリソン・ギルバートソン、ベネディクト・ハーディ / 声の出演:サイモン・メイデン / 配給:PARCO

2018年アメリカ作品 / 上映時間:1時間40分 / 日本語字幕:佐藤志帆 / PG12

2019年10月11日日本公開

2020年4月2日映像ソフト日本盤発売 [DVD Video:amazonBlu-ray Discamazon]

公式サイト : http://upgrade-movie.jp/

新宿シネマカリテにて初見(2019/10/31)



[粗筋]

 その日、グレイ・トレイス(ローガン・マーシャル=グリーン)は肉体の自由と愛する妻とを一瞬のうちに失った。

 あらゆるものがデジタルで管理されるようになった時代に、レトロな乗用車の取引や修理で収入を得ているグレイは、妻のアシャ(メラニー・ヴァレイヨ)を伴い、顧客の元にレストアを済ませたファイヤーバードを届けた。IT企業に勤める妻に、巨大IT企業ヴェッセルを起業した若き天才エロン・キーン(ハリソン・ギルバートン)を会わせたかったのだ。

 エロンはグレイとアシャに、ヴェッセル社が開発中の最新AIを披露する。そのAI、“STEM”は人間の肉体に埋め込み、失われた機能を補う、新たな福音となり得る技術だという。自らの手でものを扱うことに拘るグレイは半信半疑の心境で耳を傾けていた。

 その帰り道に悲劇は起きる。自動操縦となっていたアシャの乗用車は何故かふたりの家の方角ではなく、グレイの生まれ育ったスラム街へと向かい、猛スピードで走った挙句に転倒する。そして、レスキューの代わりに現れた4人組の男たちが、2人を襲った。

 アシャは殺された。グレイも、一命こそ取り留めたものの、首から下の自由を失ってしまう。母の助けと、自動化された社会のお陰もあって生活に困ることはなかったが、喪失感は拭えない。薬の過剰投与で自殺を試みるが、けっきょく病院に担ぎ込まれ、ふたたび生きながらえてしまう。

 自殺未遂による昏睡から目醒めたグレイの病室を、突然エロンが訪ねてきた。彼はグレイに、身体の自由を取り戻す方法がある、と囁く。それは、“STEM”を脊髄に埋め込み、失われた機能を補助させる、というものだった。

 現時点でこの治療法は認可を受けておらず、グレイは秘密を守る、という契約のもと、エロンの自宅で手術を受ける。

 そうして、グレイは身体の自由を取り戻した。そうして家に戻ったグレイが、事件を担当するジェーン・コルテス刑事(ベッティ・ガブリエル)から届けられた捜査資料に目を通しているとき、何者かがグレイの頭の中で語りかけてきた――



[感想]

 SF映画はときどき、低予算のなかから思わぬ掘り出し物が見つかることがある。本篇の場合、監督と脚本を担当しているのが、ジェームズ・ワンとともに作った『SAW』で全世界に衝撃を与え、『インシディアス』で全年齢対象の本格ホラーをヒットさせ新たな潮流を生み出したリー・ワネルであるから、“埋もれていた”ような表現は不当だと思うが、本篇が低予算にして意欲的なSFスリラーであることは間違いない。

 世の中のすべてがデジタルで管理される近未来世界、という設定だが、セットやCGで作り込んだ映像による創造性豊かな街並みを展開するわけではなく、ほとんどロケと屋内のセットだけで撮影していると覚しい。グレイやエロンの住宅の内装は近未来的だが、その外観や、主な事件、アクションの舞台となるうらぶれたバーや朽ちかけたビルなどには格別な特徴付けは施していない。現実の科学技術が都市の外観にこそ影響を及ぼしても一般の住宅や商業地区の構造まで大きく変貌させることはない、というのはこの100年ばかりで多くのひとが体感的に学んでおり、近未来設定の映画でも建物や街並は制作当時の姿をそのまま利用する、というのが最近のSF映画に共通する流れだが、本篇はその使い方に無理がなく、お手本のような作りをしている。

 そんな中で本篇の際立った個性は、やはり“アップグレード”されたグレイの、独創的なアクションだろう。脊椎に致命的なダメージを負い、首より下に届かなくなった脳からの指令を補うために最新型AIを埋め込む、までなら想像の範囲内だが、AIが効率的な反応を求めた結果、観たことのないアクションをさせる、という発想は意表を突いている。人間離れした動作であるが故に相手はもちろん観客側も予測できないので、アクション・シーンの興奮を激しく煽られる。現実には、これは却って非効率的ではないか? という疑問も大いにあるが、アクションとしてのインパクトの強さ、唯一無二の個性を演出している、という点で評価できるし、突出したユニークさが不自然さを上回り、ハマってしまう。

 しかも本篇はこの設定、このアクションならではの見せ場が随所で盛り込まれているのも巧い。システムに接続しているが故の制約をサスペンスとして用いたかと思えば、近しいシステムを身体に採り入れた敵を登場させて更に未体験の格闘を演出する。

 だが、本篇の本当の凄みは、ドラマとしてもスリラーとしても巧みに練り上げられていることだ。きちんと冒頭に世界観と共にグレイと妻の日常を描いて事件のあとと対比させる。最初に妻の姿を見せていればこそ、復讐へと赴くグレイの心情も飲み込みやすい。そして、様々な出来事、戦いを経て到達するクライマックスには、たぶん唸らされるはずだ。

 趣向を凝らしすぎたが故にアクションも物語の構造も歪になり、その不自然さがどうしても合わない、評価出来ないというひとも恐らくは少なくない。しかし、創意と工夫に富んだ意欲作であることは確かだ。低予算でもアイディアさえあれば充分にムードと見応えのある作品に仕上げられる、といういいお手本だと思う。



関連作品:

インシディアス[序章]』/『SAW』/『SAW』/『SAW3』/『デッド・サイレンス』/『インシディアス』/『インシディアス 第2章

デビル(2011)』/『プロメテウス

マトリックス』/『ピッチブラック』/『インストーラー』/『第9地区』/『スカイライン-征服-』/『LUCY/ルーシー』/『プリデスティネーション