『Wの悲劇』

神保町シアターのロビー壁面に掲示された劇中のスチールと、原作者の経歴紹介文。 Wの悲劇 角川映画 THE BEST [Blu-ray]

原作:夏樹静子 / 監督:澤井信一郎 / 脚本:荒井晴彦澤井信一郎 / 製作:角川春樹 / プロデューサー:黒澤満、伊藤亮爾、瀬戸恒雄 / 撮影:仙元誠三 / 照明:渡辺三雄 / 美術:桑名忠之 / 舞台監修:蜷川幸雄 / 舞台美術:妹尾河童 / 編集:西東清明 / 録音:橋本文雄 / 音楽:久石譲 / 音楽プロデューサー:高桑忠男、石川光 / 主題歌:薬師丸ひろ子『WOMAN~Wの悲劇~』 / 出演:薬師丸ひろ子世良公則三田佳子三田村邦彦高木美保、志方亜紀子、清水紘治南美江、草薙幸二郎、堀越大史、西田健、香野百合子、日野道夫、野中マリ子、仲谷昇梨元勝福岡翼須藤甚一郎、藤田恵子、蜷川幸雄 / 角川春樹事務所製作 / 配給:東映 / 映像ソフト発売元:KADOKAWA

1984年日本作品 / 上映時間:1時間48分

1984年12月15日日本公開

2019年2月8日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazonBlu-ray Discamazon]

横溝正史と謎解き映画の悦楽(2015/3/7~2015/4/3開催)にて上映

神保町シアターにて初見(2015/04/01)



[粗筋]

 劇団“海”の研究生・三田静香(薬師丸ひろ子)は、先輩である五代淳(三田村邦彦)と一夜を共にしたその日に、不動産屋に勤める森口昭夫(世良公則)と知り合う。好きな人がいる、と言っても昭夫はお構いなしに、静香に声をかけるようになった。

 その頃、劇団では新たに『Wの悲劇』と題した劇を打つことが決まった。重要な人物を演じるのは劇団のトップ女優・羽鳥翔(三田佳子)だが、彼女の娘であるヒロイン格の俳優は、劇団内のオーディションで選ばれることになった。一家の誰からも愛される無垢な女性、というキャラクターは、男遊びに耽るようなイメージのない静香も有力候補のひとりと仲間内では見做されたが、選ばれたのは同期の菊地かおり(高木美保)だった。静香もキャストには選ばれたが、台詞がごく僅かしかない女中役で、しかもプロンプターや楽屋の面倒も兼任する、実質的な雑用係である。

 静香は激しく落ち込んだ。オーディションに合格するものと思い込んで、祝いの花束を持ってきた昭夫に八つ当たりするが、昭夫はそんな静香を慰める。そして静香は昭夫の部屋でひと晩を過ごした。

 芝居も男女関係も思うままにならない日々のなか、いよいよ公演が始まった。最初の上演が行われた大阪の滞在先のホテルで、だがある日、思いがけない事件が起きる――

[感想]

 推理作家・夏樹静子の同題作品の映画化、ではあるのだが、かなり意表を突く形を取っている。そのままストーリーをなぞるのではなく、劇団が同作を舞台で上演する、という設定で、劇団に所属する新人女優の経験する“事件”を描く、という体裁を取っている。

 作中ではオーディションから実際の上演の断片までが織り込まれており、原作のストーリーの全体像は解らないのに事件の謎はほぼ解き明かされてしまう、という、原作のストーリーを楽しみたいひとにとっては最悪の趣向であるのは確かだが、原作のテーマを読み解く、という意味では開明的な発想であり、意欲的な試みであるのは間違いない。そして、そうすることによって、単純に原作を映像化したのでは引き出すことの出来ないレベルまで、薬師丸ひろ子という“女優”の魅力を引き出すことに成功している。

 こちらは公開から30年以上を経過してから鑑賞しているので驚きはしないが、恐らく当時の観客にとって、冒頭のシーンはかなりショッキングだったのではなかろうか。なにせ薬師丸演じる静香が三田村邦彦演じる五代との初体験を済ませた直後から始まるのだ。肌を大きく露わにする場面こそなくとも、暗闇での気怠い会話と、後朝の晴れやかさと不安のない混ざった表情が既に艶っぽい。本人が意図していたか、は解らないが――年齢や時代を思えば、意図していたとしたら本人ではなく周囲だろう――アイドル的な扱いから脱却する狙いがあったように見受けられる。

 もしそうなら、彼女の奮闘は充分な成果を上げている、と言っていい。冒頭の初々しい艶っぽさも出色だが、念願の役を奪われた失意から、とんでもない状況での“演技”を請われ全力で応えるくだりなど、役者としての振り幅を見せている。こなれていない場面も散見されるが、その存在感や万華鏡めいた多彩な表情は見事に作品の核として活きている。最終的に薬師丸が劇中劇で演じるキャラクターは、重要だが露出は多くなく、恐らく原作に忠実な映画化では、ここまで薬師丸ひろ子は輝かなかったに違いない。

 その演技を引き立てるためには、当然ながら背景や周囲の設定の完成度も重要だ。本篇は劇中劇に別途、蜷川幸雄を演出担当として配し、劇中劇のクオリティを高めている。稽古の様子から、劇団内でのキャスティング争い、伝説となっている蜷川の荒々しい演技指導のくだりまで織り込み、演劇の世界の空気をリアルに再構築している。

 舞台がリアルだからこそ、静香の葛藤にも説得力が生まれる。劇団の中でも様々なせめぎ合いがあり、演技力ではなく本人のイメージで判断されるような傾向も窺える。静香が五代と寝たのも、処女というイメージへのコンプレックスであったことが垣間見えるし、五代と異なり本気で接していた森口との関係に踏み切れなかったのも、そうした葛藤のもたらした不幸と言える。

 ちょうど粗筋のあと、静香の立場を一変させる出来事にしても、劇団の看板女優である羽鳥翔(三田佳子)の、女性であるがゆえの“悲劇”が引き金となっている。劇中で彼女は自ら望んでそういう立場を選択した、というようにも述懐しているが、日本独特の因習を引きずっていればこそ、という側面もあるように見受けられ、決して額面通りには受け止めにくい。やむを得ない事情があったとはいえ、この後の展開で彼女が背負うべきだった責めや、それと引きかえの勲章と呼びうるものも他人に奪われてしまうのは、まさに女性(Woman)としての悲劇、であろう。

 原作でも重要なテーマであった、女性というジェンダーの悲劇を、演劇の世界からも抽出して、原作を踏襲したドラマと対比させ、膨らませている。原作のストーリーそのものをしっかりと再現して欲しい、と考える層にとっては許しがたい趣向であろうが、本篇の作り方には間違いなく原作への理解と敬意とが窺える。そのうえで、ヒロインである薬師丸ひろ子の、この作品が撮られたその時点での魅力を存分に引き出しているのだから、この時代にこそ許された、唯一無二の傑作と言っていい。恐らく同じことをまた新たにやろうとしても、この頃の薬師丸ひろ子に匹敵する素材がなければ不可能だ。

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