『天国と地獄』

TOHOシネマズ新宿、スクリーン6入口に掲示された案内ポスター。(※『午前十時の映画祭9』当時) 天国と地獄 [Blu-ray]

原作:エド・マクベイン『キングの身代金』 / 監督:黒澤明 / 脚本:小国英雄菊島隆三、久松栄二郎、黒澤明 / 製作:田中友幸菊島隆三 / 撮影:中井朝一、斉藤孝雄 / 美術:村木与四郎 / 照明:森弘充 / 録音:矢野口文雄 / 整音:下永尚 / 音楽:佐藤勝 / 出演:三船敏郎仲代達矢香川京子三橋達也、佐田豊、石山健二郎、木村功加藤武志村喬、藤田進、土屋嘉男、名古屋章藤原釜足東野英治郎菅井きん大滝秀治常田富士男山崎努 / 配給&映像ソフト発売元:東宝

1963年日本作品 / 上映時間:2時間23分

1963年3月1日日本公開

午前十時の映画祭8(2017/04/01~2018/03/23開催)上映作品

2015年2月18日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazonBlu-ray Discamazon]

TOHOシネマズ新宿にて初見(2017/10/9)



[粗筋]

 ナショナル・シューズはその頃、販売戦略で揉めていた。職人から叩き上げで常務にまでのし上がった権藤金吾(三船敏郎)は価格が高くなっても品質の優れた靴を製造したい、と考えているが、他の重役は利益を上げるためにデザインは優れていても一定期間で買い換える必要のある靴でいい、と考えている。権藤邸にて行われた話し合いは平行線を辿り、重役達は株主総会で結論を出す、と言い置いて去っていった。

 しかし権藤には腹案があった。密かにナショナル・シューズの大株主から株を譲り受ける手筈を整えており、この交渉がうまく行けば、他の重役や現社長の株式を圧倒し、権藤が大株主になる。そのために、権藤は自身の邸宅も抵当に入れて、5千万の資金を工面していた。

 交渉のために腹心の秘書・河西(三橋達也)を大阪へ向かわせようとしたその矢先、権藤邸の電話が鳴り響いた。電話をかけてきた人物は、権藤の息子を誘拐した、という。

 権藤と妻の伶子(香川京子)は動揺するが、ふたりの息子・純(江木俊夫)はちゃんと家にいた。たちの悪い悪戯か、と安堵した直後、権藤付きの運転手・青木(佐田豊)の息子・進一(島津雅彦)の姿がないことに気づく。どうやら犯人は、相手を取り違えて誘拐を決行してしまったらしい。

 憤った権藤はすぐさま警察に連絡する。人違いに気づけばすぐに解放される、と安易に考えていた権藤だが、出入りの業者に偽装してやって来た捜査班の主任・戸倉警部(仲代達矢)は、そう簡単にはいかない、と指摘する。案の定、ふたたび電話をかけてきた誘拐犯は、人違いを気に留める様子もなく、権藤に身代金3千万円を要求する。

 たとえ大企業の重役といえども、3千万はおいそれと用意できる額ではない。手許には5千万の小切手があるが、これを河西に運ばせなければ、途端に権藤の地位は危うくなる。会社での地位か、人命か――権藤は極めて厄介な選択を迫られる羽目に陥っていた……



[感想]

 本篇については、有名なエピソードがある。鉄橋を走る列車から土手を見るシーンで、手前にある民家が邪魔なので、住民の許可を得て2階部分を撤去し、後日復元した、という話である。私も、その逸話だけを先に知っていたため、いったいどんな拘りでそんな無法とも言える行為に及んだのか、と興味津々で鑑賞したのだが――困ったことに、そうすることに拘る心境が理解できてしまった。確かに、あの場面で民家の2階が存在していると、いちばん撮りたい部分が遮られてしまう。

 何本か観て痛感したが、黒澤明という監督はその映像の質の高さもさることながら、脚本の完成度が極めて高い。織り込まれるエピソードの密度も構成も、これ以外はない、というレベルで研ぎ澄まされている。『羅生門』のように構造自体が謎を含む作品はもちろん、『用心棒』『椿三十郎』のような娯楽作品、風刺をも籠めた傑作『生きる』でさえも、その構成故に謎解きめいた興趣を備えていた。そんな監督が、ミステリにおいて最も難しく、それ故に魅力的な題材である誘拐ものを手懸けるのだから、詰まらないはずがない。

 いちおう原作は存在するが、エド・マクベインという作家が手懸けた海外の作品であり、本来は舞台も登場人物も、社会的背景さえまるで異なるはずだ。だが、その差異がもたらすはずの違和感は本篇には全くない。見事なまでに日本の風土に溶け込んでいる。

 原作を踏まえつつ磨き上げられた誘拐計画は、最初に対象の取り違え、という失態を挟みながらも隙がない。当時の鉄道の構造を考慮し、それを活かした仕掛けの驚きはいま観ても色褪せない。わざわざ民家を一時撤去する手間と費用を払ってまで作り上げた鉄橋上のハイライトは、恐るべき躍動感だ。

 しかも、物語はそこで終わらない。誘拐計画が終わっても、警察の捜査は続く。犯人側の動きを織り込みながら、じりじりと肉迫していくさまもまたスリリングで、観客の気を逸らさない。

 本篇において興味深いのは、誘拐事件と並行して、被害者である権藤金吾を巡るドラマも展開している点だ。物語は彼と、会社重役達の険悪な会合から切り出される。商品開発の方針を巡る対立から勢力争いに発展し、それが誘拐事件と結びついて権藤を翻弄する。身代金のやり取りが終わっても、権藤の境遇の変化は続き、それがふたたび事件と絡みあっていく。

 感心させられるのは、何気なく描かれているように見える出来事や情景描写が、終わってみれば見事に象徴的に機能していることだ。権藤の邸宅が高台にあることさえも、本篇では重要な意味を帯びている。終盤に至って明かされる犯人像や、最後にその人物の口から語られる動機に、恐らく多くの観客はハッとさせられるはずである。本篇は最初から最後まで、まさにこの“天国と地獄”の対比としか思えない構図の上に組み立てられている。

 既に時代は隔たり、本篇のような動機も犯行手段も成立しないが、それが作品の価値を減ずることはない。徹底した構成の巧みさが観る者を圧倒する、稀有な傑作である。



関連作品:

姿三四郎』/『羅生門』/『生きる』/『七人の侍』/『用心棒』/『椿三十郎(1962)』/『赤ひげ

女王蜂』/『座頭市 THE LAST』/『近松物語 4Kデジタル復元版』/『黒蜥蜴(1968)』/『犬神家の一族(2006)』/『ゴジラ(1954)』/『奇談』/『この子の七つのお祝いに』/『東京暮色』/『死者との結婚』/『幕末太陽傳 デジタル修復版』/『検察側の罪人

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