『サッドヒルを掘り返せ』

新宿シネマカリテ、スクリーン1入口脇の展示物。

原題:“Desenterrando Sad Hill” / 監督、脚本、撮影&編集:ギレルモ・デ・オリヴェイラ / 製作:ルイザ・カウエル / 音響&編集:ハビエル・ドゥチ / 音楽:セルタ・モンテス / 出演:ダヴィッド・アルバ、ディエゴ・モンテロ、セルジオ・ガルシア、ヨセバ・デル・ヴァレ、エンニオ・モリコーネクリント・イーストウッド、ジェイムズ・ヘットフィールド、ジョー・ダンテ、クリストファー・フレイリング、アレックス・デ・ラ・イグレシア、カルロ・レヴァ、エウヘニオ・アラビソ、セルジオ・サルヴァティ、ジュディッタ・シーミ、セルジオ・レオーネ / 配給:ハーク

2017年スペイン作品 / 上映時間:1時間28分 / 日本語字幕:杉田朋子

2019年3月8日日本公開

公式サイト : http://hark3.com/sadhill/

新宿シネマカリテにて初見(2019/3/9)



[粗筋]

 1966年、スペインの郊外にある渓谷で、伝説的な映画の撮影が行われた。

 セルジオ・レオーネ監督、クリント・イーストウッド主演のコンビによる3作目の西部劇、『続・夕陽のガンマン』である。

 スペイン政府の協力のもと、軍をも動員した撮影が終了すると、その広大なセットは放置された。町からも遠く離れた原野を訪れるひとは少なく、クライマックスの決闘シーンの舞台となった“サッドヒル墓地”は砂に覆われ、やがて埋没していった。残された十字架も朽ち果て、或いは近隣の住宅の補修に用いられ、消えていったのである。

 だが、そこでスリリングかつ美しい映画が撮影された、という事実は確かに残っていた。幼い頃にあの作品を観て憧れた現地の少年たちはときおりその地を訪れて忍び、奇特なファンがはるばる旅をして発見する場面もあった。

 その計画が動き出すきっかけは、『続・夕陽のガンマン』のメインである3人の俳優のひとり、イーライ・ウォラックの死だった。“サッドヒル墓地”の跡地で集まり、その魂を弔った人々は、間もなく映画が公開されてから50年を迎えることに気づく。そして、その事実を、蘇った“サッドヒル墓地”で祝うことを夢みた。

 週末の作業を2回ほど繰り返せば充分な作業だ、と思う者もいたが、すぐに己の迂闊さを思い知る。原野に築かれた同心円状の広場、その周囲に放射状に広がる墓碑は1万に近い。それをほんの数人が短い期間で復元するのは気の遠くなる作業だった――



[感想]

 何かに熱中するひとの姿は、切り取りようによってはどうしようもなく醜く映る。だが、共感や理解のもとで捉えていけば、ある意味ではこの上なく美しく、愛おしいものとして描き出せる。本篇は極めていいお手本だろう。

 インタビュー部分を抜きに、“埋もれてしまった映画のロケ地を発掘し再現する”という目的部分に絞って鑑賞すれば、けっこう間抜けで向こう見ずな部分も多々見られる。映像だけ見てもかなり広大な土地だったというのに、少数で週末作業すれば何とかなる、と思いこんでいたり、どんどんやることを増やして経費が必要になっていくあたり、いくらなんでも計画性が乏しい。題材となった『続・夕陽のガンマン』はおろか、映画そのものに何ら愛着のないひとが周囲にいたら、彼らの行動を傍迷惑に思っていても不思議ではない。

 しかし、本篇はそういう見方はせず、あくまでも彼らの熱意にカメラを向けている。発掘に直接参加したひとびとは勿論のこと、『続・夕陽のガンマン』のファンを公言する映画人や著名人にもインタビューを実施し、作品の魅力と価値とを語らせている。彼らがどれほど魅せられているのか、をしっかりと描いた上で、ロケ地の発掘、という“挑戦”を織り込んでいく。

 同時に本篇は、『続・夕陽のガンマン』の制作舞台裏にも言及することで、撮影地における同作の価値や位置づけ、ひいては映画そのものの価値をも描写している。監督や主要俳優、スタッフも多く他界しているなか、音楽のエンニオ・モリコーネや編集助手、スタッフの遺族や、ロケ地での撮影に何らかの形で拘わった現地の人々からも証言を得て再現される撮影の風景は、それ自体が貴重であり興味深い。時の政府とも契約を交わし、軍隊を動員して実現した迅速な建て込みや、そりゃあそんな人たちが関わってれば当然だろ、と納得のいく橋の爆破シーンの裏話など、恐らくは映画ファンであれば旧知の事実であろうが、それを当事者の口から証言として引き出していくあたりは非常に有意義であるし、何よりそうした努力や苦労を経て完成された作品に、否応なく興味をそそられる。

 そして、そうして作品の魅力、現地に暮らす人々の思い入れを描いているから、その想いが報われるクライマックスに共感し、感動を味わえる。そこでやっていることはほとんど“ごっこ遊び”なのだが、そこまでの苦労と努力とを見届けているので、微笑ましく映る。特に、最後に待ち受ける“サプライズ”は――予告篇などから想像するのは難しくないのだが、それでも遭遇した瞬間に、当事者と同じような感動を体感出来るはずだ。

 いわゆるマカロニ・ウエスタンは、紛い物のような印象が強く、低く見積もられがちだ。だが、そんな中にも見過ごすことの出来ない佳作はきちんと存在しており、本篇の題材となった『続・夕陽のガンマン』は確かに特筆すべき傑作に違いない。本篇は、その魅力を改めて知らしめる、という意味でも意義のある作品だと思うが、しかしそれ以上に、この作品を愛するひとの多さとその情熱を、微笑ましくも美しく織り込んでいる。その一途さが、ちょっと羨ましく思えるくらいに、観ていて幸せな気分に浸れる作品である。観ている、観ていないに拘わらず、無性に『続・夕陽のガンマン』に触れたくなるはずだ。



関連作品:

続・夕陽のガンマン

荒野の用心棒』/『夕陽のガンマン』/『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ<ディレクターズ・カット>

許されざる者(1992)』/『グラン・トリノ』/『15時17分、パリ行き』/『メタリカ:真実の瞬間』/『スガラムルディの魔女

グッド・バッド・ウィアード』/『ジャンゴ 繋がれざる者』/『カメラを止めるな!