『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』

新宿ピカデリー、スクリーン3入口脇の電光掲示板に表示されたポスターヴィジュアル。

原題:“Once Upon a Time in the West” / 監督:セルジオ・レオーネ / 原案:ベルナルド・ベルトルッチダリオ・アルジェントセルジオ・レオーネ / 脚本:セルジオ・ドナーティ、セルジオ・レオーネ / 製作:フルヴィオ・モルセッラ / 製作総指揮:ビーノ・チコーニャ / 撮影監督:トニーノ・デリ・コリ / 美術監督:カルロ・シミ / 編集:ニーノ・バラーリ / 音楽:エンニオ・モリコーネ / 出演:クラウディア・カルディナーレヘンリー・フォンダ、ジェイソン・ロバーズ、チャールズ・ブロンソン、ガブリエル・フルゼッティ、フランク・ウルフ、ウディ・ストロード、ジャック・イーラム、パオロ・ストッパ / 初公開時配給:パラマウント映画 / オリジナル版配給:アーク・フィルム、boid、インターフィルム

1968年イタリア、アメリカ合作 / 上映時間:2時間45分(2本初公開時:2時間4分) / 日本語字幕:?

1969年10月4日日本公開(邦題『ウエスタン』)

2019年9月27日日本公開

2015年7月22日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazonBlu-ray Discamazon]

公式サイト : http://onceinthewest2019.com/

新宿ピカデリーにて初見(2019/10/15)



[粗筋]

 ニューオーリンズで娼婦をしていたジル(クラウディア・カルディナーレ)はブレット・マクベイン(フランク・ウルフ)のもとに嫁ぐことを決めた。家は西部の人里離れた荒野、大きな子供が突然3人も出来てしまうが、平穏な生活には代えられない、と求婚を受け入れた。

 だが、遠路はるばるやって来た新たな我が家で待っていたのは、家族になるはずだったひとびとの屍体だった。弔いに訪れていたひとびとはジルに引き返すよう諭すが、ジルは自分が既にブレットと結婚している、と告げ、ここで暮らす覚悟を決めた。

 現場に残されていたコートの切れ端から、保安官はシャイアン(ジェイソン・ロバーズ)一味の犯行と推測する。シャイアンはコートをトレードマークに、この地域で幅を効かせていた。ほどなくシャイアンは逮捕されるが、隙をついて逃亡してしまった。

 ジルは知るよしもなかったが、マクベイン一家を皆殺しにしたのは、鉄道王モートン(ガブリエル・フルゼッティ)が雇ったフランク(ピーター・フォンダ)だった。結核に冒され余命幾許もないモートンは、自分の目が見えるうちに線路を西海岸まで到達させる野心を抱いており、そのために、土地を売ろうとしないブレットが邪魔だったのだ。だが、一家の死後もジルが未亡人として土地を相続し居座っていることを知ると、ふたたびフランクたちを送り込む。

 だが、ジルのもとには何故か凄腕のガンマンが居座っていた。名前を名乗らず、黙々とハーモニカを吹き、執拗にフランクのあとを追う男を、シャイアンは“ハーモニカ”(チャールズ・ブロンソン)と呼んだ。ふたりはジルを守るように、結託して行動し始める。

 一方、ジルはひょんなことから、亡き“夫”とその家族が何故この僻地に家を構え、倹しい暮らしに耐えていたのか、その理由を知る。そして彼女は、意外な行動に出た――



[感想]

 クリント・イーストウッドを主演に招いた『荒野の用心棒』で、日本において“マカロニ・ウエスタン”の愛称で知られるイタリア産西部劇の潮流を作り出したセルジオ・レオーネが、本国アメリカにて人気を博していた俳優たちを集め撮った、レオーネ版西部劇の集大成ともいえる大作……だが、初公開時の評判はあまり芳しくなかったという。2時間45分という長尺が問題視され、初公開時は大幅なカットを施された結果、監督サイドの意図したものが伝わらなかったせいらしい。のちに公表されたこの完全版はクエンティン・タランティーノはじめ多くの製作者の賞賛とリスペクトを集め、現在では“マカロニ・ウエスタン”ではなく“西部劇”の名作として評価が定着している。当初の日本公開から50年など、様々な節目を迎えた2019年、『ウエスタン』となっていた邦題を原題どおりに改め、リヴァイヴァル公開された次第である。

 ひとまず鑑賞して感じたのは、「初公開時にハサミを入れたひとの気持ちも解る」という点だ。とにかく、ひとつひとつの描写がじっくりと長い。プロローグ部分にあたる、汽車から降り立つ“ハーモニカ”とフランクの部下たちの対決からして、部下たちが無言で汽車の到来を待つところから、異様にじっくりと間を蓄えて描き出す。これをもう少しキビキビと刻めば尺が締まる、と考えるのも道理だし、或いはシーンを摘んで短くしよう、と試みるのも理解は出来る。

 だが、その実、本篇は無駄がほとんどない。確かにひとつひとつの描写は長いが、そこには異様な緊張感が漲り目が離せない。滲む汗や飛ぶハエ、眼球の動きなど、細かな事象、所作に注目しじっくりと焼き付けた映像は、焼かれ薄汚れた西部の光景から緊張感と美しさとを抽出し濃縮している。根気のないひとには退屈かも知れないが、その映像をじっくりと吟味して鑑賞するようなひとなら、終始痺れるような映画体験が出来るはずだ。

 実に西部劇らしいエッセンスを無数に盛り込みながら、その一方で本篇は愕くほどに先読みが難しい。ほとんどのことが説明なしに進んでいくせいもあるのだが、ここでこういう人物が出てくるならこういう役割だろう、という予測が極めて難しい。最初に曰くありげに登場する“ハーモニカ”からしてそうだが、家族となるはずだった人々を対面する前に奪われながらもその地に根付くことを選択したジルの行動原理も不明で、観客はしばしば彼女の言動や決断に振り回される。感情移入して物語に没頭するのがお好みという方には、困惑や苛立ちを強く感じる作品ではなかろうか。

 だが、そうして説明を排除し、しかしねっとりじっくりと描きこまれた映像の数々には、異様なまでに情念か宿っている。序盤でさえ、目的が解らないなりに、彼らの言動、表情には深いものが滲み、次第にその意志が察せられるにつれて、それらは脳裏でより鮮烈に蘇ってくる。

 中でも特に強いインパクトを残すのはジルだ。この時代は女性にとって決して生きやすくはなかったはずだが、そんな中で彼女はひたすらに己が一分一秒でも永らえる道を選ぼうとする。そのためには、自らを嵌めようとした男に身体を委ねることも厭わず、状況によっては執着した土地をも放棄しようとする。女性であることの“弱さ”を痛いほどに理解しているが故、でもあるが、その変わり身の早さには哀感と同時に強烈なしたたかさをも感じさせる。

 初見では先読みの難しい物語だが、恐らくそれゆえに、二度、三度と観るごとに新たな発見があり、新たな味わいを醸しだすはずだ。じっくり、丹念に描かれた映像のひとつひとつは、そのとき更に強烈な光芒を放つに違いない。

 最後まで予断を許さない語り口は、それ自体極めて娯楽性が高い。しかし、緻密に練りこまれた、深みのある映像は忘れがたく、いつまでも愛でたくなる。本作にリスペクトを捧げる映画監督は多いというが、なるほど、映画に対する愛着が深いほどに何かを感じずにいられない、そんな傑作なのだろう。



関連作品:

荒野の用心棒』/『夕陽のガンマン』/『続・夕陽のガンマン』/『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ<ディレクターズ・カット>

山猫 イタリア語・完全復元版』/『家族の灯り』/『十二人の怒れる男』/『黄昏(1981)』/『砂漠の流れ者/ケーブル・ホーグのバラード』/『ジュリア』/『荒野の七人』/『大脱走』/『キャノンボール

シェーン』/『ワイルドバンチ』/『アウトロー(1976)』/『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART3』/『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』/『サッドヒルを掘り返せ』/『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド