『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ<ディレクターズ・カット>』

TOHOシネマズ錦糸町 楽天地、スクリーン12入口に掲示された作品解説。(※『午前十時の映画祭9』当時) ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ (完全版) [AmazonDVDコレクション] [Blu-ray]

原題:“Once Upon Time in America” / 原作:ハリー・グレイ / 監督:セルジオ・レオーネ / 脚本:レオナルド・ベンヴェヌーチ、ピエロ・デ・ベルナルディ、エンリコ・メディオーリ、フランコ・アルカッリ、セルジオ・レオーネフランコフェリーニ / 製作:アーノン・ミルチャン / 製作総指揮:クラウディオ・マンシーニ / 撮影監督:トニーノ・デリ・コリ / 美術監督:カルロ・シミ / 衣裳デザイン:ガブリエラ・ペスクッチ / 編集:ニーノ・バラーリ / 音楽:エンニオ・モリコーネ / 出演:ロバート・デ・ニーロジェームズ・ウッズエリザベス・マクガヴァントリート・ウィリアムズ、チューズデイ・ウェルド、バート・ヤングジョー・ペシダニー・アイエロウィリアム・フォーサイス、ジェームズ・ヘイデン、ダーラン・フリューゲル、ラリー・ラップ、エイミー・ライダー、リチャード・フォロンジー、リチャード・ブライト、ジェラルド・マーフィ、ジェームズ・ルッソ、スコット・テイラー、ラスティ・ジェイコブス、ジェニファー・コネリー、マイク・モネッティ、ブライアン・ブルーム、エイドリアン・カラン、ジュリー・コーエン / 初公開時配給:東宝東和 / 映像ソフト発売元:20世紀フォックス ホーム エンターテイメント ジャパン

1984アメリカ作品 / 上映時間:4時間11分 / 日本語字幕:今泉恒子 / R15

1983年10月6日日本公開 ※劇場公開版

2019年2月1日ディレクターズ・カット版日本劇場初上映

午前十時の映画祭9(2018/04/13~2019/03/28開催)上映作品

2018年3月16日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazonBlu-ray Discamazon]

TOHOシネマズ錦糸町 楽天地にて初見(2019/2/7)



[粗筋]

 1933年、アメリカの禁酒法が廃止された夜、ニューヨークで3人のギャングが死んだ。

 組織の人間は、死んだ男たちと昔から行動を共にしていたヌードルズ(ロバート・デ・ニーロ)の裏切りが原因と判断し、彼を追った。アパートで待っていた恋人のイヴ(ダーラン・フリューゲル)は射殺され、ヌードルズたちと親しかったバー経営者のファット・モー(ラリー・ラップ)は拷問を受け、ヌードルズの潜伏先を吐いてしまう。

 だが、辛うじて追っ手をかわしたヌードルズは、モーを監視していた男を殺すと、モーに預けていた貸金庫の鍵を引き取り、雲隠れを図る。しかし、ヌードルズたち4人が少年時代から蓄えていた彼らの資金を納めてあるはずだった鞄には、古新聞しか残っていなかった。

 それから30年を経て、ヌードルズはふたたび、ニューヨークのユダヤ人居住区に現れる。かつての賑わいは遠く、すっかり寂れた街で未だ経営しているモーの店に身を寄せると、かつての記憶を偲ぶように、懐かしい場所を訪ねてまわる。

 ヌードルズはこの街で生まれ育った。少年時代のヌードルズ(スコット・テイラー)は3人の仲間たちと小さな犯罪に手を染めていたが、本格的にギャングになっていったのは、ブロンクスから転居してきたマックス(ラスティ・ジェイコブス)との出会いが始まりだった。互いに挑発しあい、共鳴しあったヌードルズとマックスは、街の警察官の弱みを掴んだことがきっかけで、犯罪を稼業とする決意を固める。

 取締を逃れるために川に捨てられる船荷を回収するアイディアを考案したことで、初めて大きな稼ぎを得たヌードルズ達は欣喜雀躍する。しかしその直後、商売敵であるバグジー(ジェームズ・ルッソ)の襲撃に遭い、幼い仲間が凶弾に倒れた。ヌードルズはナイフで反逆しバグジーを仕留めるが、制止に入った警官までも刺してしまい、刑務所へと送られることとなった。

 出所したときには、ヌードルズは青年になっていた。折しも施行された禁酒法により、マックス達は葬儀屋を隠れ蓑に、モーの店の裏で闇酒場を営み成功を収めていた。マックス達はヌードルズを幹部として迎え入れると、新たな仕事に臨むのだった――



[感想]

 4時間超え、という尺にまずたじろぐ大作だが、決してダラダラと長いといった印象はない。重量感はあるが、4時間があっという間に思えるほど、語り口が洗練されている。

 その牽引力を生み出しているのは、構成の巧さだ。最初に主人公であるヌードルズが郷里を去るきっかけとなった事件を描き、すぐさま30年後の帰還を見せる。ここで、“何故ヌードルズは裏切り者となったのか?”“逐われた故郷に、何故30年を経て舞い戻ったのか?”という謎を観客に突きつけ、関心を惹きつける。観客のなかにはこのふたつの大きな疑問があり、その手懸かりを求めて鑑賞するので、自然と見入ってしまうのだ。

 長さを差し引いても、本篇の中心となる少年時代から青年時代にかけての物語には、は、印象的な展開、エピソードがふんだんに盛り込まれている。

 スリを妨害されたことをきっかけに親しくなるヌードルズとマックス、思わぬ成り行きで娼婦相手に初体験をする一方で、想いを寄せ合うデボラとはギャングとは思えない純情な関係にある。ただ要領がいいのとは違うやり取りにはいいようのない青臭さが漂い、やけに印象深い。

 行動自体は犯罪だが、子供らしい無邪気さで臨んでいるだけに清々しさや微笑ましさも滲む描写の直後、突如としてこれがギャングの物語であったことを思い出させる衝撃的な展開が待ち構える。その結果、ヌードルズは刑務所に送られるが、このために生じた空白がまた新しいドラマを生み出す。彼らがギャングであればこそ、という青春や生き様を適切な密度で汲み取り、それで観客を最後まで惹きつけてしまう。

 本篇は決して、善人たちの物語ではない。犯罪を重ね殺人すら厭わない彼らは間違いなくギャングだ。しかし、にも拘らず本篇は不思議と清潔で、全篇に言い知れぬ情感を漂わせている。決して表立って自分たちの言動を誇ることも、批判することもないが、彼らの振る舞いには自分たちが悪党であることを自覚しており、それ故の苦悩をも飲みこんでいるように映るからだろう。

 それが如実なのも、やはりヌードルズとデボラの恋物語の顛末だ。詳しくは書かないが、彼らがこういう末路を辿るのも、ヌードルズがギャングだからであり、デボラもそれを理解しているが故なのだ。他に選ぶべき生き方がなかった、そういう人々であり、だからこその哀感、諦念が本篇には溢れており、それが詩情にも似たものを醸しだしている。

 物語のラストは、序盤から仕掛けられた謎に相応しい驚きと衝撃をもたらすが、しかし本篇の締め括りはどこか幻想的な色合いを帯びている。最後に目撃するある人物の末路も一風変わっているが、ラストシーンも意外な場面の、意外な表情を選択しているのだ。考えようによっては、この物語がすべて幻覚であったかのような締め括りだ。

 恐らくはあえて、そういう印象を観客に残そうとしたのだろう。それはラストシーンがどのタイミングの出来事なのか、を考えれば解るはずだ。

 しかし、どちらに解釈するにせよ、本篇は惨たらしくも美しい夢の物語、と言っていいのではなかろうか。外の人間には想像しきれない、禁酒法時代の若きギャングの青春と愛憎を構築し、観客を陶酔の境地へと引きずり込む。映画界には本篇のファンが多いそうだが、それも頷ける、極上の映画体験が堪能出来る傑作である。



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