『野良犬』

TOHOシネマズ新宿、スクリーン12入口に掲示された案内ポスター。(※『午前十時の映画祭9』当時) 野良犬 [Blu-ray]

監督:黒澤明 / 脚本:菊島隆三黒澤明 / 製作:本木荘二郎 / 撮影:中井朝一 / 照明:石井長四郎 / 美術:松山崇 / 編集:後藤敏男 / 振付:縣洋二 / 録音:矢野口文雄 / 音楽:早坂文雄 / 助監督:本多猪四郎 / 出演:三船敏郎志村喬淡路恵子、三好榮子、千石規子本間文子、河村黎吉、飯田蝶子東野英治郎、永田靖、松本克平、木村功岸輝子千秋実、菅井一郎、清水元 / 配給&映像ソフト発売元:東宝

1949年日本作品 / 上映時間:2時間2分

1949年10月17日日本公開

午前十時の映画祭8(2017/04/01~2018/03/23開催)上映作品

2015年2月18日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazonBlu-ray Discamazon]

TOHOシネマズ新宿にて初見(2017/10/30)



[粗筋]

 ある暑い夏の日、刑事の村上(三船敏郎)は射撃訓練の帰り、混雑するバスのなかで、携帯していたコルト式自動拳銃を掏られてしまう。咄嗟に盗んだ相手を見つけて追うが、逃げられてしまった。

 盗まれた拳銃が何らかの犯罪に利用されるのでは、と考えると居ても立ってもいられず、村上は犯人捜しに躍起になる。上司の中島警部(清水元)に指示され、スリ係の市川刑事(河村黎吉)の助言を仰ぐと、スリ係の記録に残された写真に、村上は見覚えのある顔を見つける。それはバスの車内で、彼に密着する場所に立っていた女だった。

 その女、お銀(岸輝子)は何も知らない、と突っぱねるが、彼女が手懸かりを握っている、と確信した村上は、彼女を執拗に尾行し続ける。とうとう音を上げたお銀は、食い詰めた様子で闇市場をうろついていれば、ピストルの闇取引をしている連中に袖を引かれるはずだ、と教えた。

 復員兵の姿で闇市場を放浪すること数日、遂に村上に声をかける男が現れる。そして、男が指示した待ち合わせ場所で、ピストルの闇商人を手伝う女(千石規子)を取り押さえる。生憎と肝心のピストルの商人には逃げられたが、どうやら商人は取引相手の支払能力を確認するために通帳を提示するように要求しており、そこから容疑者を特定できる可能性が出て来た。

 しかしその矢先、淀橋で強盗傷害事件が発生、現場に残されていた銃弾の線条痕と、村上が射撃場で回収した彼自身の銃弾の線条痕が一致した。怖れていた事態の発生に、村上は辞表を出すが、中島警部はそれをあっさりと破いた。

 事件が発生したため、村上は淀橋署の捜査に協力することになった。コンビを組むのは、淀橋署のベテラン捜査官佐藤(志村喬)。ふたりは拘束した女から、容疑者の事情を知る可能性のある銃器の闇ブローカー・本多(山本礼三郎)の情報を引き出すと、本多を捕らえるべく、彼が出没すると考えられる野球場へと向かった――



[感想]

 刑事が事件の背景を追い、ひたすらに自らの足で情報を稼ぎ、犯人に肉迫していく。正統派の刑事ドラマの趣である。地道な調査によって次第に犯人像が紐解かれていくので、謎解きのカタルシスはないが、しかし静かな緊張感が終始漲り、観客の気を逸らさない。黒澤明監督作としては初期にあたるが、既に堂々たる語り口を示している。

 当時としては斬新だったドキュメンタリー的な表現やリアリティのある事件の推移など、映画史において転換点にあたる作りが、午前十時の映画祭に採り上げられた要因だろうが、しかしそれ以上に本篇の価値を高めているのは、終戦間もない当時の日本の風俗を生々しく記録した点だろう。

 空襲によって焦土となった日本の復興は、振り返れば極めて急速に行われた印象だが、本篇の製作された1949年はまだまだ道半ばであったことが、映像からはっきりと窺える。そしてそのなかで、ひとびとがどのように生活していたのか、が巧みに切り取られている。闇市の傍らで怪しげなやり取りをする人々がいれば、自ら建築したあばら屋に暮らす者、炎暑に汗まみれの身体を投げ出して休むキャバレーの女たち。あくまでも事件を追う過程のなかで、1949年の風俗を画面のなかに息づかせている。

 展開としては極めて淡々としているが、そのなかで描かれる人物の心情は真に迫っており、不自然さがない。自分の失態により傷つくひとが出ることを怖れ犯人捜しに執着する村上刑事、事件が起きようが村上に責任はない、と諭しながらも彼に力添えをする上司や佐藤刑事。物語の後半に登場する、犯人の動機となっていると考えられる女の苦悩や、点綴されるこの苦しい時代に生きるひとびとのリアルな生態が、最後に犯人が噴出させる感情に説得力を付与している。

 不可解な謎などは設定せず、足で犯人を追う姿を描いているので、話運びは地味な印象だが、そうして足場を固めたあとで繰り広げられるクライマックスには異様な疾走感がある。当初は佐藤刑事例えるところの“野良犬”に過ぎなかった犯人が、成り行きによって“狂犬”と化し、牙を剥いたが故の緊張感が、クライマックスばかりでなく、作品全体を強く引き締めている。

 全体としては地味な作品ではあるが、リアルな語り口、緻密に練り上げられた構成など、初期作品にして既に黒澤明監督の凄味を見せつける仕上がりとなっている。執念に燃える村上と冷静沈着な先輩・佐藤という構図がバディものとしても完成されており、扱っている風俗は当時の匂いを色濃く反映させながらも、面白さは色褪せていない点もさすが、としか言いようがない。



関連作品:

姿三四郎』/『羅生門』/『生きる』/『七人の侍』/『用心棒』/『椿三十郎(1962)』/『天国と地獄』/『赤ひげ

ゴジラ(1954)』/『濡れ髪三度笠』/『東京物語』/『砂の器』/『黒蜥蜴(1968)』/『日本橋』/『近松物語 4Kデジタル復元版』/『浮かれ三度笠

晩春(1949)』/『仁義なき戦い』/『犬神家の一族(2006)