『殺人の追憶』

殺人の追憶 [Blu-ray]

英題:“Memories of Murder” / 監督:ポン・ジュノ / 脚本:ポン・ジュノ、シム・ソンボ / プロデューサー:チャ・スンジェ、ノ・ジョンユン / 撮影:キム・ヒョング / 照明:イ・ガンサン / 編集:キム・ソンミン / 助監督:ハン・ソングン / 音楽:岩代太郎 / 出演:ソン・ガンホキム・サンギョン、キム・レハ、ソン・ジェホ、ピョン・ヒボン、パク・ノシク、パク・ヘイル、チョン・ミソン、リュ・テホ / 制作:サイダス / 初公開時配給:cinequanon / 映像ソフト発売元:KADOKAWA

2003年韓国作品 / 上映時間:2時間10分 / 日本語字幕:根本理恵

2004年3月27日日本公開

2014年6月27日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazonBlu-ray Discamazon]

公式サイト : http://www.amuse-s-e.co.jp/murder/

DVD Videoにて初見(2019/5/17)



[粗筋]

 軍事政権から民主化へと舵を切りつつあった頃の韓国。

 一面に田畑が広がる農村地帯、華城市の用水路で、女性の他殺体が発見された。手足は縛られ猿ぐつわを噛まされ、性的暴行を受けた痕跡もあった。地元警察の刑事パク・トゥマン(ソン・ガンホ)は直感に頼り、性犯罪の前歴がある者などを中心に容疑者を絞っていく。

 ほどなく、また新たな死者が出た。農道の下で発見された遺体はやはり手足を縛られ、暴行の痕跡もあった。パク刑事は同一犯と確信するが、住民はおろか警察も意識は低く、現場の保存状態は劣悪で、ろくな証拠も発見できない。

 そんなとき、パク刑事は恋人のソリョン(チョン・ミソン)から、第2の被害者を執拗に追い回していた人物がいたことを示唆される。焼肉屋の息子であるというグァンホは知的障害があり、顔の左半分に醜い火傷のアザが残っているため、女性からは避けられている。それ故、衝動的に犯行に及んだもの、とパクは判断、グァンホを拘留すると、部下のチョ・ヨング刑事(キム・レハ)と共に徹底的に痛めつけ自白を引き出そうと試みる。

 だが、ちょうどソウルから転属してきた若い刑事ソ・テユン(キム・サンギョン)は、グァンホが犯人である、という説には懐疑的だった。パク刑事達がグァンホを追いつめるのに気を取られる間に情報の収集を続け、グァンホ意外に犯人がいることを確信する。

 しかしグァンホはパク刑事たちに強要されるがまま、自供してしまった。得意になったパク刑事達は犯行状況の再現をさせようと試みるが、それは却って大勢の記者の前でグァンホが犯人ではないことを印象づけ、自白を強要した事実を晒される結果となる。

 責任を問われた捜査課長が更迭され、新たに就任した課長シン・ドンチョル(ソン・ジェホ)はグァンホを釈放した。ソ刑事はシン課長に、被害者がふたりとも雨の日に、赤い服を着て襲われていることを指摘、同じような条件下で二ヶ月前から行方をくらましている女性もまた犠牲になっている可能性を示唆する。

 果たして、ソ刑事の指摘通りに遺体は発見された――そしてその事実は、同じ条件が揃えば、ふたたび事件が起きる可能性をも示唆していた――



[感想]

 現代の警察、或いはそうした職種にスポットを当てた作品を見慣れていると、本篇序盤の警察の動向や、事件現場に対する人々の認識の甘さは目を覆いたくなるほどだ。ろくに規制も敷かないので子供たちが現場近くに入り込んで証拠物件で遊び、農道に残った足跡を耕耘機が踏み潰してしまう。そうした出来事に苛立ちを隠さない刑事自身が、直感を頼りに捜査し、犯人と思われる男を拷問して自供を引き出そうとする始末だ。現代の人間の目で見れば、事件そのものの凄惨さもさることながら、捜査するひとびとのこうしたリスキーな動きにハラハラさせられてしまう。

 それでも見られてしまうのは、語り口自体は穏やかで理性があり、田舎町ならではのくすみうらぶれた雰囲気はあるが詩情に富んだカメラワークもさることながら、早い段階から捜査に加わる若手刑事ソ・テユンを送りこみ、登場人物のなかにも客観的な視点を置いたことが奏功しているように思う。新参者という立場ゆえ、序盤は決して差し出口をしないが、様子を見ているその態度には批判的な姿勢がありありと窺える。そして、パク刑事らが軽視していた被害者の共通点を掘り下げることで、知られざる犠牲者を発見するくだりには驚きと共に痛快な印象もある。

 だが、このことが契機で、パク刑事たちとソ刑事はともに捜査に赴きながら、随所で不協和音を発する。その緊張感が、なかなか進展を見せない捜査とも相俟って、狂騒劇めいたスピード感で物語を転がしていく。

 パク刑事は焦りもあってか、中盤で現れる不審人物に対して、最初の容疑者で犯した愚を繰り返してしまう。恐らく、あのやり方がずっと罷り通っていたからこそ縋ったのだろう、とも読み取れ、業の深さも匂わせている。

 他方、ソ刑事も思惑通りに行かない捜査に繰り返し辛酸を嘗める羽目になる。パク刑事よりも情報を重んじ、合理的に追求していくソ刑事だが、如何せんこの物語で描かれる時代は、彼が必要とする情報や、それに添った行動がスムーズに出来るわけではない。犯行が起きる、と予測される日に警戒しようにも人員は派遣されず、科学的捜査も浸透していないので決定的な物証は確保出来ない。懸命な捜査にも拘わらず犠牲者が増えていくことで、焦燥を募らせ、まるでパク刑事たちに影響されたかのように暴力的な振る舞いも見せるようになっていく。なまじ、刑事としての真摯さ、ひととしての誠実さが窺えるだけに、終盤の動揺ぶりは痛々しい。

 本篇は登場人物たちを揺さぶるような伏線の仕掛け方が実に巧妙だ。特にこの傾向は終盤において顕著で、衝撃的な事態に際して訪れる発見が、よりパク刑事やソ刑事を揺さぶっていく。

 本篇の終幕はある意味で、観客にとっては期待外れとも言えるものだ。だが、恐らく観ていてそのことに不満を覚えるのは多数派ではあるまい。それほど本篇の描写は濃厚かつ緊密で、重量感がある。こういう結末に及んだことについても、プロローグと響きあう形で情感を滲ませ、余韻も豊かだ。

 彼らのしてきた捜査の誤りを糾弾するわけではない。モデルとなった現実の事件の犯人像を観客に押しつけるわけでもない。この時代ならではの現実を濃密に焼き付けた、重量級の傑作である。



関連作品:

母なる証明

グッド・バッド・ウィアード』/『火山高

タブロイド』/『ゾディアック』/『23年の沈黙』/『ゴーン・ガール』/『ある優しき殺人者の記録