『メリー・ポピンズ リターンズ(字幕・IMAX)』

TOHOシネマズ日比谷の入っている東京ミッドタウン日比谷……の空に何か飛んでる。

原題:“Mary Poppins Returns” / 原作:パメラ・L・トラヴァース / 監督:ロブ・マーシャル / 脚本:デヴィッド・マギー / 原案:デヴィッド・マギー、ロブ・マーシャル、ジョン・デルーカ / 製作:ジョン・デルーカ、マーク・プラット / 製作総指揮:カラム・マクドゥーガル / 撮影監督:ディオン・ビーブ / プロダクション・デザイナー:ジョン・マイヤー / 編集:ワイアット・スミス / 衣装:サンディ・パウエル / キャスティング:ティファニー・リトル・キャンフィールド、フランシーヌ・メイスラー、バーナード・テルシー / 音楽製作総指揮:マイク・ハイアム / 歌曲:マーク・シェイマン、スコット・ウィットマン / 音楽:マーク・シェイマン / 出演:エミリー・ブラント、リン=マニュエル・ミランダ、ベン・ウィショーエミリー・モーティマー、ピクシー・デイヴィス、ナサナエル・サレー、ジョエル・ドーソン、ジュリー・ウォルターズメリル・ストリープコリン・ファース、ジェレミー・スウィフト、コブナ・ホルブルック=スミス、ナヴィキッド・キード(ディック・ヴァン・ダイク) / 配給:Walt Disney Japan

2018年アメリカ作品 / 上映時間:2時間11分 / 日本語字幕:松浦美奈

2019年2月1日日本公開

公式サイト : http://disney.jp/marypoppins-returns

TOHOシネマズ日比谷にて初見(2019/2/2)



[粗筋]

 1930年のイギリス、ロンドン。いまもバンクス家は、チェリー通り17番地にある。両親亡き後は息子のマイケル・バンクス(ベン・ウィショー)が継ぎ、妻と3人の子供たちと暮らしていたが、1年前に妻が早逝して以来、マイケルは苦労が絶えなかった。彼自身は画家として暮らしていたが、金のやりくりに優れた妻の不在によりバンクス家の経済状態は悪化している。父の伝手で銀行の出納係として収入を得るようになったが、それでもこの1年ほどに膨らんだ借金が返せず、とうとう差し押さえの通告を受けてしまう。

 マイケルの3人の子供、双子のジョン(ナサナエル・サレー)とアナベル(ピクシー・デイヴィス)、末っ子のジョージー(ジョエル・ドーソン)の3人は、母が亡くなったあと、なるべく自立しようと努力しているが、それがマイケルを困らせる結果になりがちだった。

 いまは別のところで暮らしている姉ジェーン(エミリー・モーティマー)の助言で、かつて父が持っていた銀行の株式の証書があれば返済に充てられる、と気づいたマイケルは、家中を探し始めた。幼い頃から暮らしていた家にはものが溢れているが、マイケルはいまこそ過去と訣別しなければ、と考え、整理の済んだガラクタを捨てるために屋外に出す。そのなかに、かつて父や母と遊んだ凧が含まれていた。

 凧は舞いあがり、公園を転がり、ちょうどお遣いの途中の子供たちが発見する。凧もろとも空に飛ばされ賭けたジョージーを救ったのは、顔馴染みの点灯人・ジャック(リン=マニュエル・ミランダ)と――飛ばされかけた凧に捕まって舞い降りてきた、ひとりの女性だった。

 3人の子供たちの素性を知っていた女性は、3人を伴ってバンクス家に向かう。彼女に会ったマイケルとジェーンは愕然とした。それは女性が、かつて彼らと父の関係を改善するきっかけを与えてくれた乳母メリー・ポピンズ(エミリー・ブラント)だったからだ。

 彼女は20年前とまったく変わらぬ姿と振る舞いで、3人の子供たちの教育係をするためにやって来た、と言う。マイケルにひとを雇う余裕はなかったが、恐らく職に困っているのだろう、というジェーンの言葉に、しばらく子供たちを委ねる決意をする。

 父の窮状を知っているアナベルは「自分たちに教育係はいらない」とメリー・ポピンズに対して反抗的だったが、その直後、3人は彼女の“力”を目の当たりにして、態度を一変させるのだった――



[感想]

 1964年製作の『メリー・ポピンズ』を観たとき、「これを現代の技術でリメイクすればいいのに」と思った。確かに当時としては先進的な趣向を用いて、当時の観客が接したことのないヴィジュアルを構築しているが、現代であればもっと洗練された映像が作れるはずだ、と。いささか突飛に映る終盤の展開が受け入れられるかどうかは解らないが、今のほうがより製作者の意図を忠実に再現出来るのではないか、と思った。

 だから、リメイクではなく、“リターンズ”と称して後日譚が製作された、と聞いたとき、驚きと共に、納得したのを覚えている。なるほど、脚本や音楽をそのまま踏襲してリメイクするよりは、あの当時の作品はそのままに、描かれている世界観やモチーフを引き継ぎつつ新たな物語を構築する方が、オリジナルへの敬意を残せるし、建設的な発想だ。

 実際に公開された本篇を観ると、想像していた以上に、1964年版へのリスペクトに満ち満ちている。ジュリー・アンドリュース版をこよなく愛するひとでも、本篇に対して不満を持つことはまずないはずだ。

 旧作を知っているひとならまず、物語の主な舞台となるチェリー通り17番地が忠実に再現されていることに驚くはずである。物語は最初、点灯人であるジャックが河岸を皮切りに、朝が来て不要になった街灯をひとつひとつ消灯していく姿から始まるが、最後に辿り着いたチェリー通りのヴィジュアルは、まさに1964年版で描かれているままだ。カラーになり、カメラワークの自由度が増して様々なアングルから捉えられているが、まさに地続きで物語が続いている感覚が冒頭から味わえる。

 これ以外に子供たちが立ち寄る公園の内部やマイケル達の父も勤めていた銀行やその周辺も再現されているが、何よりも感激するのは、旧作で出て来た要素を随所で活かしたストーリーとなっている点だ。それは序盤から明らかで、メリー・ポピンズが携えている傘の柄にあしらわれた喋るオウムや階段の手すりに座って登るシーンなど、旧作で登場したモチーフが異なる切り口で織り込まれている。

 それは物語の構造自体についても同様だ。1965年版は子供たちを喜ばせるファンタジーと見せかけて、自らを追い込む大人の童心を解き放たせる物語だった。それはこの続篇でも踏襲されている。その対象は、いまやバンクス家の家長となったマイケルだ。かつてメリー・ポピンズに教えを受けた子供が大人となり、異なるスタンスで接する、というシチュエーション自体、観る者にも感慨をもたらすものだが、本篇はそれを更に巧みに演出する。終盤で繰り出される仕掛けは、旧作に愛着があればあるほど感動するはずだ。

 他方で、ミュージカルパートはほぼすべて新作となっている。旧作はスタンダード化している楽曲も多く、それらは活用してほしかったようにも思うが、恐らくそう思われることを百も承知で、あえて新たな楽曲とダンスで彩ろうとした心意気は評価出来る。そして、新作を用意するからこそ必然的に高くなるハードルを、本篇はしっかりとクリアしている。

 中でも、陶器の絵柄に入り込んでのくだりや、点灯人達と繰り広げるダンスシーンは秀逸だ。前者は、旧作にあった“絵の世界に入り込む”というアイディアを更に発展させ、陶器の絵に入り込む、というシチュエーションを、現代の技術で再現している。旧作にも登場したペンギンたちなど、手書きによるキャラクターたちを、立体である俳優たちと見事にシンクロさせており、50年前のアイディアと、そのあいだに発展した技術との邂逅に感動すら覚える。対する後者はCGに頼ることなく、丁寧に整えられた舞台上で、数多くのダンサー達が街灯や自転車などを駆使して一斉に踊るその壮大さに、観ていて呼吸を忘れるほどのインパクトがある。

 旧作に比べると楽曲が印象に残りづらいきらいはある――が、それは旧作の楽曲がのちのちスタンダードとなって、繰り返し耳にしているから、ということも大きい。旧作の世界観、物語を尊重しながらも、現代ならではの趣向やアイディアを盛り込んで、その魅力を膨らませ現代へと繋いでいる。

 単純にリメイクするのではなく、続きの出来事として構築したことで、本篇は旧作の価値をも蘇らせている。紛うことなき敬意と情熱に満ちた、感動的な傑作である。恐らく本篇だけでも楽しめるだろうけれど、出来れば1964年版と併せて鑑賞していただきたい。たとえ順番が逆であっても、本篇の誠実さと丁寧さ、そして作品を重ねることで強化されたメッセージが理解できるはずだ。



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