『ヘレディタリー/継承』

TOHOシネマズ西新井が入っているアリオ西新井、駐輪場脇の外壁に掲示されたポスター。

原題:“Hereditary” / 監督&脚本:アリ・アスター / 製作:ケヴィン・フレイクス、ラース・クヌードセン、バディ・パトリック / 製作総指揮:ガブリエル・バーントニ・コレット、ジョナサン・ガードナー、ウィリアム・ケイ、ライアン・クレストン / 撮影監督:パヴェウ・ポゴジェルスキ / 美術:グレイス・ユン / 舞台装飾:ブライアン・ライヴス / ミニチュア模型&特殊メイク:スティーヴ・ニューバーン / 編集:ジェニファー・レイム / 衣装:オルガ・ミル / 音楽:コリン・ステットソン / 出演:トニ・コレットガブリエル・バーン、アレックス・ウォルフ、ミリー・シャピロ、アン・ダウド / 配給:PHANTOM FILM

2018年アメリカ作品 / 上映時間:2時間7分 / 日本語字幕:松浦美奈 / PG12

2018年11月30日日本公開

公式サイト : http://hereditary-movie.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2018/12/1)



[粗筋]

 アニー・グラハム(トニー・スコット)の母エレン・リーが亡くなった。エレンは昔から病的な言動が多く、解離性同一性障害を発症したうえ、晩年は認知症も患っていた。それ故に、アニーや夫のスティーヴン(ガブリエル・バーン)、長男のピーター(アレックス・ウォルフ)はショックこそあれ、哀しみは乏しい。

 エレンに面倒を見てもらうことが多かった末娘のチャーリー(ミリー・シャピロ)も、表面的に感情を見せなかったが、彼女は赤ん坊の頃からどこか風変わりで、泣くこともしなかった。しかし、エレンの葬儀を境に、チャーリーの奇行が増えてるようになる。授業中でも玩具を手から離さず、夢遊病のように裸足で出歩くこともあった。

 娘のことを気遣いつつも、6ヶ月後に迫った自身の個展のためにミニチュア製作にかかりきりだったアニーは、チャーリーに常に目を配っていられない。ある晩、学校の友人たちと開くパーティに出かける、というピーターに、アニーは無理矢理チャーリーを同行させる。

 そのパーティの席上、ピーターが目を離した隙に、チャーリーはアレルギーのあるナッツを含んだケーキをうっかり口にしてしまう。発作を起こした妹を乗せ、病院へと車を走らせたピーターだったが、その途中、悲劇が起きる――



[感想]

 ホラー映画を揶揄するとき、しばしば「登場人物が悲鳴を上げてるだけ」という言葉を目にする。登場人物の恐怖の象徴として、悲鳴を描くのは当然であり、それだけで否定材料にはならないのだが、叫ぶことで“怖そう”に思わせているだけ、というパターンも多く、一理もある。

 だが、本篇に対してこの批判は当て嵌まらない、と断言できる。悲鳴を上げるシーンも確実に存在しているが、多い、という印象はない。恐らく、観客が描写に対して慄然としているとき、劇中では誰も悲鳴など上げていないはずだ。

 劇中で、異様な出来事、恐怖を煽る現象は確かに起きている。それに対して、登場人物たちも反応している。しかし、決して安易に悲鳴を挙げているわけではない。立ち尽くしたり、敢えて距離を取ったり、第三者に相談を試みたり、と多彩だ。まず、その“恐怖”という感情の表現が幅広い、という点からまず、本篇の質は高い。

 だが何よりも素晴らしいのは、クライマックスを除き、ほとんどが“静かな恐怖”で彩られていることだ。

 物語のなかでは、ひと目で怪奇現象、超常現象と呼べるような事柄は(あとになって解るものは多いが)それほど起きていない。単独なら“ちょっと変な出来事”“不思議な奇行”という程度の現象、行為でしかない。だが、そのひとつひとつが観る者に違和感をもたらし、静かに恐怖を蓄積していく。

 序盤において、観客を慄然とさせるのは末娘のチャーリーだ。変わった言動をする子供は何処にでもいるが、彼女はその服装や佇まい、そして人目を盗んでの行動がひとつひとつズレている。彼女の周囲にまとわりつく異物感は、気づけばその些細な言動に不穏なものを観る側に感じさせるようになっていく。

 しかし、観客の関心が彼女に集まったとき、物語は劇的な変化を見せる。唐突な事態に観る側は驚かされるが、しかし本篇の真価はここから発揮される。

 恐怖というのは実のところ、共有しづらい感覚だ。2階程度の高さから見おろして恐怖を感じるひともいれば、地上数百メートルの尖塔の頂点に平然と立てるものもいる。それは、そうした現象や行為に対して起こりうる結果をどこまで想像し、どこまで意識するかの差によるが、こうした物事の捉え方に個人差がある以上、感覚の差を埋めることは難しい。そして、それこそがホラー映画というものの受け止め方、評価の個人差が大きくなる所以でもある。

 本篇はこの個人差を、恐怖を喚起するための要素を序盤から意識的にちりばめることで巧みに埋めていく。物語を構造から解析する癖のあるひとは、中盤以降の表現に慄然としつつも、感嘆するはずだ。それほどに、本篇は計算ずくで描写をちりばめ、中盤以降で巧みに活用している。

 本篇の根幹にある発想は決して突飛なものではなく、特殊なものでもない。ホラー映画としては王道を行っている、とも言える。だが、そこに至るまでに描写を着実に積み上げていきながら、細かにひねりを効かせ観客を翻弄する作品はそんなに多くない。

 観終わったあとで、劇中の幾つかの場面を思い出し、改めてその静かな恐怖に震えることもあれば、あとでその意味に気づいて慄然とすることもある。その名に恥じるところのない、見事なホラー映画である。評価は人それぞれ異なるだろうが、ホラーファンを標榜するなら、いちどは観ておくべき作品である。



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