『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ(字幕・3D・IMAX)』

TOHOシネマズ新宿、入口のエスカレーター手前に掲示されたポスター。

原題:“Godzilla : King of the Monsters” / 監督:マイケル・ドハティ / 脚本:マイケル・ドハティ、ザック・シールズ / 原案:マイケル・ドハティ、マックス・ボレンスタイン、ザック・シールズ / 製作:アレックス・ガルシア、ジョン・ジャシニ、メアリー・ペアレント、ブライアン・ロジャース、トーマス・タル / 製作総指揮:ロイ・リー、ダン・リン、ザック・シールズ、バリー・H・ウォルドマン / 撮影監督:ローレンス・シャー / プロダクション・デザイナー:スコット・チャンブリス / 編集:ロジャー・バートン、ボブ・ダクセイ、リチャード・ピアソン / 衣装:ルイーズ・ミンゲンバック / キャスティング:サラ・ハリー・フィン / 音楽:ベアー・マクレアリー / 出演:カイル・チャンドラーヴェラ・ファーミガ、ミリー・ボビー・ブラウン渡辺謙チャン・ツィイーブラッドリー・ウィットフォードサリー・ホーキンスチャールズ・ダンス、トーマス・ミドルディッチ、アイーシャ・ハインズ / レジェンダリー・ピクチャーズ製作 / 配給:東宝

2019年アメリカ作品 / 上映時間:2時間12分 / 日本語字幕:松崎広

2019年5月31日日本公開

公式サイト : https://godzilla-movie.jp/

TOHOシネマズ新宿にて初見(2019/6/3)



[粗筋]

 未曾有の“巨大生物”災害から5年が経った。あの事件は世界の経済に甚大な影響を及ぼし、各国が新たな“巨大生物”の襲来に怯えると共に、早い段階からその探索・調査を実施していたと見られる謎の組織“モナーク”への不信感を募らせていた。

 ある日、自然写真家として活動するマーク・ラッセル(カイル・チャンドラー)のもとに、芹沢猪四郎博士(渡辺謙)、ヴィヴィアン・グラハム博士(サリー・ホーキンス)ら“モナーク”所属の専門家たちが訪ねてきた。マークの妻エマ(ヴェラ・ファーミガ)と娘のマディ(ミリー・ボビー・ブラウン)が攫われたのだという。

 エマは中国・雲南省の“モナーク”前線基地で、凍結されていた怪獣モスラの幼生の研究調査を実施していたが、かつてマークが開発していた、生物の鳴き声の特性を調べ出力する装置“オルカ”を巨大生物向けに改良、その成果が確認された直後、環境テロリストとして知られるジョナ・アラン(チャールズ・ダンス)らに、装置もろとも攫われたらしい。そして、幼生だったモスラもまた、何処かへと姿を消していた。

モナーク”は各地に巨大生物の存在を確認しており、監視を続けている。恐らくジョナは“オルカ”を用い、眠る巨大生物を覚醒させるつもりなのだ。そのために“モナーク”は“オルカ”の原型を開発したマークに助けを求めたという。

 5年前のゴジラ上陸で息子を失ったマークは、世界に対する脅威である巨大生物を駆除せず監視するだけに留める“モナーク”を批判するが、妻子を取り戻すためには協力せざるを得なかった。

 そんな折、“モナーク”が行方を追い、動向を監視していたゴジラが突如、活動を再開する。ゴジラは、“モナーク”前線基地が監視する、他の巨大生物を目指していた――



[感想]

 ゴジラは最初の映画が登場した1954年から現在まで、長く愛される“怪獣”である。愛されるあまり、作を重ねるごとにゴジラのイメージは変わってきた。デザイン上の変遷もあるが、気づけば“正義の味方”のようなイメージを色濃くしていった。もともとゴジラは、水爆実験によって生まれた、いわば自然から人間に対する警鐘という位置づけだったのだが、それ故に、自然に害を為さない限り人間の脅威とはならない、即ち“正義の味方”という立ち位置で語られるようになっていった。恐らく、日本でゴジラの映画に親しんでいた層の多くにとっては、ゴジラはただの破壊者ではなく、行いの正しい者にとっては恐ろしくも頼もしい存在、という認識だったはずだ。

 ハリウッド版の成功を受けて、庵野秀明監督が手懸けた『シン・ゴジラ』はゴジラを、制圧を要する自然災害、という捉え方で原点に回帰させる趣向を取ったが、5年振りとなるこのハリウッド版第2作は前作を踏襲、更に深めつつ、「何故ゴジラとそのシリーズが人々に親しんでいったのか?」ということに正直に向き合っていった作品と考えられる。

 ――堅苦しい書き方になってしまったが、簡単に言えば、この作品のゴジラはまさに“正義の味方”として戦う、“怪獣大戦争”映画なのである。

 いちおうは人間達の行動によって事態は引き起こされ、そのなかに家族のドラマも展開する構造になっている。きちんと怪獣たちの生態を研究し明白にし、そこから新たなアクションを起こしつつ、家族の心情も描写する。このあたり、もともと脚本を中心に手掛けていた監督らしいそつのなさが窺えるが、しかしそれはあくまで、怪獣たちの対決のお膳立てをしているに過ぎない。

 やはり本篇の主役は“怪獣”たちなのである。

 未曾有の巨大生物たちが、人間の築きあげた建物や兵器をたやすく蹴散らし、街を破壊していく。小規模の銃火器では掠り傷を負わせることも出来ず、翼や尾を振り回されるだけで建物が崩落し、飛行機が落とされる様は、如何ともし難い恐怖をもたらすが、同時に観ているものにカタルシスをももたらす。

 そして、この巨大生物同士が、周囲に甚大な被害をもたらしつつも格闘するその迫力が凄い。並行して転回する人間達のドラマに合わせ、為す術もなく逃げ惑う人々の姿を挿入してその脅威を表現しているから、余計に真に迫っている。

 しかも、怪獣たちのヴィジュアルが美しいのだ。瀑布のなかで羽化し翼を広げるモスラに、雷光と共に三つの首をもたげていくギドラ、空中を回転しながら戦闘機を叩き落としていくラドン。そして何より、ゴジラの描き方が多彩で、ひとつひとつが痺れるほど格好いい。動向を追うために生体反応をトレースしているからこそ解る強い意志、ここぞというタイミングで現れる頼もしさ。強敵ギドラを前に倒れる場面が何度もあるが、それでも立ち上がる姿の雄々しさ。恐らく観終わったひとは、ゴジラ最後の姿が網膜に焼きついて離れないはずだ。

 家や町を破壊され、家族を奪われた多くの人々の心情にすぐ思いを致すようなひとは、たぶんのめり込むことは出来ない。しかし、そうした描写をあくまでフィクションとして割り切ることが出来るひと――或いは、まだまだ童心を捨てきれないひとにとっては、これ以上なく興奮を味わえる快作であるに違いない。なにせ私自身、鑑賞後3日経ったいまも興奮冷めやらず、もういちど観たくて堪らなくなっているのだから。

 ……と、人間ドラマなんかどうでもいい、という書き方をしたが、ひとつだけ、渡辺謙演じる芹沢博士の物語だけは格が違う、とだけ申し上げておく。その見せ場に至る展開はいささかベタではあるが、ベタであるからこそ、ある意味多くの怪獣好き、ゴジラ好きの魂を擽らずにおかない。私はケン・ワタナベが心の底から羨ましい。あれほど役者として幸せな役回りはそうそうないと思う。



関連作品:

GODZILLA ゴジラ(2014)』/『キングコング:髑髏島の巨神

ゴジラ(1954)』/『シン・ゴジラ

X-MEN2』/『スーパーマン・リターンズ』/『ブライアン・シンガーのトリック・オア・トリート

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