『ゴーストランドの惨劇』

新宿武蔵野館のエレベーターホールに展示されたポスター。 新宿武蔵野館ロビーの立体展示。

原題:“Incident in a Ghostland” / 監督&脚本:パスカル・ロジェ / 製作:ジーン=チャールズ・レヴィ、クレマン・ミゼレ、ニコラ・マニュエル、マチュー・ワルテル、イアン・ディマーマン、スコット・ケネディ、サミ・テフファジギ、ブレンドン・サワツキー / 製作総指揮:ステファヌ・セレリエ、フレデリック・フィオーレ、グレゴワール・メラン / 撮影監督:ダニー・ノワク / プロダクション・デザイナー:ゴードン・ワイルディング / 編集:デヴ・シン / 衣装:ブレンダ・シェンハー / キャスティング:カルメン・コティック / 音楽:トッド・ブライアントン / 追加音楽:ジョルジュ・ブーコフ、アンソニー・ダマリオ / 音響監修:スティーヴン・ゴーティ / 音響デザイン:ヴァンサン・モデュイ / 出演:クリスタル・リード、ミレーヌ・ファルメール、アナスタシア・フィリップス、エミリア・ジョーンズ、テイラー・ヒックソン、ケヴィン・パワー、ロブ・アーチャー / 配給:ALBATROS FILM

2018年フランス、カナダ合作 / 上映時間:1時間31分 / 日本語字幕:堀池明 / R15+

2019年8月9日日本公開

公式サイト : http://ghostland-sangeki.com/

新宿武蔵野館にて初見(2019/8/29)



[粗筋]

 人里離れた街に、孤独なフランス人女性の暮らしていた家があった。他人を拒絶し、不気味な人形や玩具を集めていた彼女は、近所の人々から奇異の眼差しを向けられていた。

 女性の死後、空き家となっていたが、親戚にあたるシングルマザーのポリーン(ミレーヌ・ファルメール)が相続、娘達を連れて転居を決意する。化粧にも慣れボーイフレンドもいた姉のヴェラ(テイラー・ヒックソン)は不服だったが、H・P・ラヴクラフトに憧れホラー作家を志している妹のベス(エミリア・ジョーンズ)は、空想を刺激する新居に興奮する。

 だが、悲劇は到着したその晩のうちに家族を襲った。この地方に出没していたという、家族ばかりを狙った連続殺人犯が、ポリーンたち一家に目をつけたのである。犯人のひとり、巨漢(ロブ・アーチャー)はポリーンを昏倒させると、ヴェラとベスを地下室まで引きずり込み、吟味した挙句にヴェラとともに密室に籠もり暴行する。恐怖に駆られ逃げ出したベスを、もうひとりの犯人・魔女(ケヴィン・パワー)が捕らえようとしたとき、昏倒していたポリーンが立ち上がり、ベスを庇った。地下室の階段に潜んだベスは、頭上で展開する争いと、階下から響く絶叫に、激しくおののいた――
 ――時を経て、成長したベス(クリスタル・リード)は念願叶い、シカゴでホラー作家として活躍していた。幼少時の体験をもとにした小説『ゴーストランドの惨劇』がベストセラーとなり、人気作家の地位を確立している。結婚し子供にも恵まれ、幸せな暮らしを送る一方、未だに過去の出来事を夢に魘されることがある。

 だが、ヴェラ(アナスタシア・フィリップス)の心の傷は妹よりも深かった。彼女は今でもあの家に暮らし、暴力の幻影に苛まれ続けている。母もまた、そんな娘を守るために、あの家で生活している。ヴェラとポリーンはいまも、あの夜に囚われているのだ。

 しかし、ベスはやがて悟る――彼女にとっても、あの悪夢の夜はまだ終わっていないことを。



[感想]

マーターズ(2007)』の衝撃は未だに忘れがたい。プロローグで畳みかけるような暴力描写を繰り出したあとで、正体不明の脅威が訪れる。そして、それが過ぎ去ったあとに大きなひねりが挿入され、最後には更なる衝撃が待ち受ける。貪欲なまでに不気味で不快で、同時に一種哲学的とも言える物語は好事家のあいだに議論をも巻き起こし、作品と監督パスカル・ロジェの名を斯界に深く刻みこんだ。

 この熱狂を受けて、メジャー系ではないがハリウッドに招かれたロジェ監督はジェシカ・ビールを主演に据えた『トールマン』を撮影する。前作のような暴力描写こそ控えめだが、中盤で世界が反転するかのようなプロット、そして善悪の彼我を超越するかのようなメッセージに確かな作家性を示した。

『トールマン』から6年振りに発表された本篇は、ふたたび『マーターズ』の路線に回帰したかのような壮絶な出来事から幕を開ける。そして、そこからの展開にも、監督自身が出世作である『マーターズ』を意識したかのような組み立てになっている。

 だが、決して二番煎じでない。その大きな仕掛け自体も、本質で相通じるものがある一方で、まったく異なるベクトルにあることが、考察すれば解るはずだが、それ以上に、よりホラーの文法を意識し、映画としての洗練度が上がっている。

 序盤の展開はほぼホラーの定石通りと言っていい。郊外にある怪しげな一軒家と、その中を埋めつくす不気味な玩具やギミックの数々。そこに不気味な者たちが現れ、壮絶な暴力が一家を襲う。ホラー映画における2つの傾向をミックスしたような序盤だが、どちらの傾向から眺めてもツボを押さえた作りになっている。人形の薄気味悪さも、襲撃者たちの生理的不快感を招く人物像など、いずれも秀逸だ。

 しかし本篇の勘所が、中盤以降の強烈なツイストにあることは間違いない。ここから、一見分裂していたかに見えたふたつの趣向が絶妙に混ざり合い、観る側をも絶望に陥れるような物語に発展していく。

 実のところ、中盤のひねりそのものを見抜くのは難しくない。あからさまな違和感が随所にちりばめられておりま、正しく読み解けば、なにが起きているかは察しがついてしまう。

 しかし本篇の真価はそこからなのだ。天地がひっくり返るような衝撃を引き延ばし、更なるダメージを加えていくかのような展開の繰り返しに、観ている方も疲労困憊になる。『マーターズ』にも通じる執拗さだが、その中に用意された主題は、『マーターズ』をなぞりながらも深化させたものになっている。

 絶望を絶望で上塗りしていく物語だが、しかしここで中心となる者たちは決して諦めていない。幾度も心をへし折られながら、それでもなお希望に縋ろうとする。その意志が強いがゆえに、絶望がより深まっていく側面もあるのだが、あまりにも切実な生への執着には、絶望に劣らぬ熱量がある。

マーターズ』もそうだったが、絶望の果ての結末は空虚だ。破壊され尽くした世界に、観る者はしばし呆然とする。だが、そこに確かな光をも感じさせるのは、クライマックスを維持し続けた圧倒的な熱量ゆえだ。

 また本篇にはそこに、虚構であることへの矜持と、都合のいい妄想に留まろうとしない強烈な意思も籠められている。文法に則ったジャンル映画でありながら、文法の中に収まらない“リアル”に敢然と抵抗を試みている。これもまた『マーターズ』に相通じる点だが、本篇はそれをさらに貪欲に、かつ洗練された筆致で描ききっている。

 作家性を維持しながら、王道の趣向を採り入れ、映画としてのクオリティも向上した。『マーターズ』で注目を集めたその才能が一度限りのものではないことの、この上ない証明となる1本と言えよう。



関連作品:

MOTHER マザー』/『マーターズ(2007)』/『トールマン』/『マーターズ(2015)

スカイライン-征服-』/『デッドプール』/『ホースメン』/『キック・アス ジャスティス・フォーエバー

悪を呼ぶ少年』/『悪魔のいけにえ(1974)』/『ロード・キラー』/『アザーズ』/『箪笥』/『永遠のこどもたち』/『デッド・サイレンス』/『サプライズ』/『ハウンター』/『インシディアス』/『ドント・ブリーズ』/『マローボーン家の掟