『狼たちの午後』

TOHOシネマズ錦糸町 楽天地、4階ロビーに掲示された案内ポスター。(※『午前十時の映画祭9』、『大統領の陰謀』上映中のもの) 狼たちの午後 [WB COLLECTION][AmazonDVDコレクション] [Blu-ray]

原題:“Dog Day Afternoon” / 原作:P・F・クルーグ、トーマス・ムーア / 監督:シドニー・ルメット / 脚本:フランク・ピアソン / 製作:マーティン・ブレグマン、マーティン・エルファンド / 撮影監督:ヴィクター・J・ケンパー / プロダクション・デザイナー:チャールズ・ベイリー / 編集:デデ・アレン / 衣裳:アンナ・ヒル・ジョンストン / キャスティング:マイケル・チニック、ダン・フィリップス / 出演:アル・パチーノジョン・カザールクリス・サランドンチャールズ・ダーニング、ジェームズ・ブロデリック、ランス・ヘンリクセン、サリー・ボイヤー、ペネロープ・アレン、スーザン・ペレッツ、キャロル・ケイン、ポーラ・ギャリック、サンドラ・カザン、ジュディス・マリナ、ドミニク・チアネーゼ、ゲイリー・スプリンガー / 配給&映像ソフト発売元:Warner Bros.

1975年アメリカ映画 / 上映時間:2時間5分 / 日本語字幕:高瀬鎮夫

1976年3月13日日本公開

午前十時の映画祭9(2018/04/13~2019/03/28開催)上映作品

2018年3月17日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazonBlu-ray Discamazon]

TOHOシネマズ錦糸町 楽天地にて初見(2019/3/21)



[粗筋]

 ある、うだるように暑い夏の午後。閉店間際だったブルックリンの銀行に3人の男たちが踏み込み、客が出払ったのを見計らって行員達を脅迫した。

 かつて銀行で働いた経験のあるソニー(アル・パチーノ)は綿密に計画を立てたつもりでいたが、初手から想定外の事態に陥る。まず、仲間のひとりであるスティーヴィー(ゲイリー・スプリンガー)がこの後に及んで怖じ気づき、現場から逃げ出した。命を惜しむ行員達は協力的だったが、この日、金庫には僅か1100ドルしか現金がなく、ソニーが必要としていた額に遠く及ばない。

 レジの金もかき集め、少しでも収穫を増やして逃走するつもりだったが、襲撃直後から繰り返し鳴り響いていた電話を支店長のマルヴァニー(サリー・ボイヤー)に応対させていると、ソニー宛の電話だ、と言ってきた。

 気づけば銀行は、警察によって包囲されていた。向かいの理容店から電話をかけてきた現地警察の主任モレッティ巡査部長(チャールズ・ダーニング)は、ソニー達に速やかに投降するよう促した。

 共に襲撃したサル(ジョン・カザール)にまで想定外を責められ、窮地に陥ったソニーは、ひとまず人質を盾に逃亡手段の確保を交渉しようと目論む。だが、この頃には既にテレビで事件が報じられ、取材陣と共に大勢の野次馬が集まっていたことが、ソニーに有利に働くのだった――



[感想]

 この物語は1972年、映画と同様にブルックリンで起きた実際の銀行強盗事件をベースにしている。細部は異なるが、概要はほぼ現実をなぞっているようだ。

 計画としては杜撰としかいいようのないこの事件が強烈なインパクトを与えたのは、結果的にではあるが、極めて特異な“劇場型犯罪”の推移を辿ったことによる。早々に襲撃が発覚したことで、現場に野次馬やマスコミが集結、その一部始終がほぼリアルタイムで報じられることとなった。

 そしてもうひとつ、重要なポイントとして、この事件の起こる少し前に発生した、アッティカ刑務所での暴動がある。待遇改善を訴えた囚人による暴動は州警察による強引な鎮圧によって、囚人・看守合わせて40名近くが殺害された。そのせいで警察の対応に市民が極めて敏感になっていたことが、交渉が始まって以降の展開に大きな影響を与えている。

 結果としての事件の推移は実に興味深いものとなった。たとえばマスコミが介入せず速やかに交渉が進んでいれば、もっと呆気なく、映画にしようのない話になっただろう。しかし、警察は自らが市民の監視を受けているような状況で、安易な行動を起こすことで批判を浴びるのを怖れ、大胆な策を打てなくなる。犯人側は野次馬への「アッティカ! アッティカ!」という、のちに盛んに引用されることになる呼びかけで、市民の一部を味方につけることに成功した。

 そうして長時間にわたった駆け引きの中で、行内でも奇妙な状況が発生する。強盗ではあるが、迂闊な行動をしない限り傷つけない、全員が無事に出られる術を探る、と宣言した犯人と人質とのあいだに、いつしか親密感が生まれていくのだ。行員にも刑務所暴動での対応を巡る警察への反感があったのかも知れないが、加えて警察側が事態を長引かせることで、犯人側に肩入れするような空気が生まれていく。中盤あたりになると、終始怯えているサルを辛辣な言い回しで鼓舞するようなひと幕があり、挙句は脅迫するために用いていたはずのライフルを行員に持たせてふざける、なんてひと幕まである。

 こういう心理状態は“ストックホルム症候群”と呼ばれ、他の事件でも見られる。人質からテロ組織の一員にまでなったケースも存在しており、本篇での心理的変遷は決して特殊なものではない。だが、警察への反発や極限的状況など、観ている側が納得しやすい環境が整備されているので、驚きながらも受け入れやすい。そして、切羽詰まった状況にも拘わらず、笑いを誘われてしまう。

 本篇は終始、事件現場の緊迫感を漲らせながらも、それ故の感情的な混乱まで巧みに再現している。恐怖があり動揺があり、出方待ちになるが故の弛緩と、そこから生まれる笑いまでもしっかり盛り込まれている。通常は緻密なリハーサルを行い脚本通りに撮影する監督が、本篇では役者の即興にかなり委ねたというが、それがやり取りの自然さと共に、一歩間違えたらどう転ぶか解らない、という緊張感を高めているようだ。

 空撮まで含めた映像をリズミカルに整理し、輻輳する物事を秩序立てて観客に理解させる手腕も見事だが、本篇に芯を通しているのは間違いなくソニーを演じたアル・パチーノだろう。終始受けに回っているサルに対し、警察との交渉も人質への対処もほぼひとりで考え右往左往する姿は何処か滑稽ながらも惹きつけられずにいられない力強さがある。

 本篇は劇中、教訓じみたものは何も押し出さず、事件のリアルな様相を再現しているに過ぎない。しかしリアルであるからこそ、警察への不信やマイノリティの立ち位置、事件とメディアとの関係性など、付随する出来事や社会的背景を観客に想起させずにおかない。そこから導き出される問題や結論は観客ごとに異なるだろうが、そういう思考の動きを促すだけの説得力を備えた、メッセージ性に富んだ傑作である。エンタテインメントでありつつ、事件そのものの持つメッセージを拡張していることが凄い。



関連作品:

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